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鉱山都市ダウヴィナ


 田舎の村を発ち、更に東へ。

 乾いた草原を進んでいくうちに雨量が増えて、道沿いに森林が増えてくる。

 森を切り開いて作られた農地が多い。豊かな土地なのだろう。


 交易路の先に大きな禿げ山が見えてくる。

 鉄や魔法金属の採掘で有名な〈鉱山都市ダウヴィナ〉だ。

 東の大国〈ヴァーリャギア共和公国〉の西端に位置する街であり、この街で産出された高品質な金属は世界中へと輸出されている。


(羅針盤の指す先は近い。多分、ヴァーリャギアのどこかだ……)


 もしも本当に空島があるなら、周辺で噂が広まっていてもおかしくない。

 そろそろ聞き込みで情報を集められるはずだ。


(この街に一時拠点を構えてもいいかもしれないな。鉱山都市なら、機体の材料も入手しやすいだろうし)


 オットーは高度を落とし、街の入口へと降り立った。


「すいません、僕はこういう冒険者なのですが……」

「あっ! あんた、オットー・ライトって人かい!?」


 機体の置き場所を交渉しようとした彼を、衛兵が指差した。


「冒険者ギルドが呼んでるぞ! なんか話があるんだってよ!」

「話が?」

「ああ! 機体の置き場所はそこでいいぞ! 俺たちが見張っといてやる!」

「いいんですか? どうも」

「きゅーい」


 小さな鞄を背負ったシリンが、機体から外した荷物入れを転がしてきた。

 この荷物入れには車輪がついていて、たやすく持ち運べる設計だ。


「ありがと。ここで待っててね、機体を固定してくるから」

「……きゅっ!」


 言われた通り待っていたシリンが、思いついたように背中の小さな鞄を開いた。

 中から紙を取り出して、前足でペンを掴み、ぐらぐらした文字を書いていく。

 ”ぎるどはどこですか”という文章を書き終えて、シリンが誇らしげに鳴いた。


「きゅ?」


 シリンが紙をくわえて衛兵に見せる。


「す、すごいね。文字が書けるのか……えっと、ギルドは……」


 思わず優しい口調になった衛兵が簡単な地図を紙に書いた。


「文字の書き方は、彼に教えてもらったのかい?」

「きゅ!」

「すごいねえー」

「きゅーい」


 シリンが小走りでオットーの元に走り、紙を見せた。


「おお、教えた通りにちゃんと書けてるな! えらいぞ、シリン!」

「きゅきゅきゅー」


 褒めて褒めて、と言わんばかりに尻尾をぱたぱたさせている。

 固定作業を中断し、オットーは存分にシリンのことを撫でてやった。


「さて、ギルドに行こうか。呼ばれてるみたいだし」

「きゅ」


 荷物入れの車輪が転がるごろごろ音を響かせながら、彼らはギルドへ向かう。

 

(坂だらけだ。さすが鉱山都市。でも、街並みはキレイだな……)


 民家も鉱業系の建物も、汚れのない白亜の壁で統一されている。

 だが白一色というわけではなく、碧色の塗料で細かい模様が塗られている。

 何となく魔法陣を思わせるような模様だ。

 もしかすると、本当に建物を魔法で守るための仕掛けなのかもしれない。


(お? 風もないのに、精錬場の煙が斜めに流れてる)


 鉱山都市だけあり、精錬場や鍛冶場の煙突から煙がもくもくと上がっている。

 だが、その煙は風と無関係に街の外側へと流れていた。


(煙の下にある建物ほど青い模様が多い。煤汚れを防ぐために、あの魔法陣で煙を外に流してるのか? 細かい工夫だなあ、そういう職人気質の街なんだな)


 オットーは感心しながら急な坂を登り、ギルドへとたどり着いた。

 外観は白亜に青模様だが、内装は他の街と同じいつものギルドだ。

 ちらちらと冒険者たちがオットーに視線を送る。


 ……鉱山都市という土地柄か、マッチョが多い。

 気後れしながら、オットーは受付に向かう。


「すいません、僕がオットー・ライトですが。呼び出しの用件は何でしょう」

「あ、はい! 少々お待ち下さいね」


 見慣れた制服の受付嬢が、棚から一枚の手紙を取り出した。


「危険度A級の〈レッドオーガ〉を倒し、村を救ったそうですね。冒険者ギルドのヴァーリャギア地方本部が、あなたの手柄に感謝を述べていますよ」

「ああ。どうも」


 オットーは背後に無数の視線を感じた。

 ギルドにたむろするマッチョたちにガン見されている。


「きゅー!」


 シリンが威嚇するように鳴いた。

 ……威厳がなさすぎて、逆にかわいい。マッチョたちの顔が緩んでいる。


「功績を認めて、あなたにはB級昇級試験への参加資格が与えられています。おめでとうございます。詳細は、その手紙の中をご覧になってください」

「あの……昇級試験って、参加しないといけないんですかね?」

「いえ。参加を見送ることも可能ですが。でも、昇級しない理由はありませんよ? 高ランク冒険者へ向けた報酬の高い依頼も受けられるようになりますし、功労者年金の受給資格も貰えますし……」


 受付嬢が、ちらりと手元の紙を見た。


「あと、オットーさんは……ここだけの話、”空島”を目指してますよね?」

「え。分かるんですか」

「ええ。各地のギルドから報告された飛行経路は、空島を指してますから」


 各地の冒険者ギルドは魔法で繋がっている。

 ゆえに情報収集能力は桁外れだ。


(頭では分かってたけど、こうもバシッと言い当てられると怖いな)


「空島のような未調査の遺跡を発見した際はですね、B級以上の高ランク冒険者であれば調査の権利をしばらく自分で独占することができるんですよ。もちろん発掘品も独占できますよ? 報告の義務はありますけどね」

「なるほど」

「なので、空島を目指す前にランクを上げておいて損は無いですよ?」


 受付嬢の言う通りだ。

 ならB級に上がっておくか、とオットーは決めた。


「昇給試験の場所と日程って、どんな感じですか?」

「今回の試験は、ここ鉱山都市ダウヴィナで行われますよ。開催は二週間ほど後でして、試験は長くても数日未満で終わります」

「二週間後。なるほど」


 ちょうどいい機会だな、とオットーは思った。

 いったん腰を落ち着けて研究開発に集中できる。


「ちなみに試験内容は」

「非公開です」

「……ですよね。では、参加することにします」


 彼は書類にサインして、昇級試験へと申込む。

 今まで特例で昇格してきた彼にとっては初めての昇級試験だ。


「なあ、あんた。そのなりでC級ってことは、魔法使いか?」


 マッチョな冒険者の一人がオットーに話しかけてくる。


「一応はそうなるのかな」

「レベルは?」

「どうだろう。最近測ってないから」

「なんだそりゃ。マジメに冒険者やってねえ坊ちゃんがC級かよ……」


 マッチョは恨めしげだ。


「ちぇっ。俺も魔法使いに生まれて、かわいいドラゴンを連れて歩きたかったぜ」


 彼はオットーに背を向けて、依頼漁りに戻っていった。


「僕だって努力してるんだけど……」


 冒険者たちがチラチラとオットーに向ける視線は冷たい。


(ま、このぐらいのほうが目立たなくっていいか)


 オットーはそう考えることにした。


「あ、そうだ。受付嬢さーん。レベルを測りたいんですが」

「はい。そちらの水晶に触ってくださいねー」


 言われた通りに、彼が手を当てる。

 と、水晶が七色に輝き、だんだん色が減っていって黄色だけが残った。


「この色と輝きは……!」


 受付嬢が魔法書を開き、水晶の光を中の魔法陣に当てる。

 やがて三桁の数字が浮かび上がってきた。


「レベル490! S級にも引けを取らない数字ですよ……!?」


 ギルドがざわつく。オットーの心もざわつく。

 彼に目立つ気は無かったのだが。いや、それ以上に数字がおかしい。

 旅立つ前に測った時は130だったはずだ。

 才能(タレント)のレベルというのはそうポンポン上がるものではない。

 明らかに、何かがおかしい。


(何なんだ、この〈大空の支配者〉って才能(タレント)は……?)


 このままいけば、飛んでいるだけで世界最強になってしまう目算だ。

 実際、旅をしているだけでオットーは日に日に強くなっていた。

 かつては〈セレスティアルウィング〉を数分使えば魔力が空になったが、今なら空間からの魔力補給がなくとも十分以上は保つはずだ。


(試してないけど、身体能力も上がってるんだろうか)


 レベルが数百という値になってくると、戦闘能力は人外の領域に差し掛かる。

 たった一人で魔物の大群を捌くS級冒険者や、魔法の一発で戦争相手の陣地を壊滅させる高位貴族の領域だ。


 オットーの父フランツ・ロングも、地形をえぐるほどの威力を持った不可視の巨大風刃という凶悪な魔法を扱える人間だった。地味だがレベルに見合った実力だ。

 仮にフランツが広範囲攻撃魔法や誘導攻撃魔法の使い手であったなら、オットーが父との決闘に勝利する目は無かっただろう。


(今の僕は、もうあんなレベルなのか? おかしくないか? 思い返せば、〈セレスティアルウィング〉の魔法結晶がベッドに転がってたのだっておかしいし)


 話がうますぎる、ようにも感じられる。

 だが同時に、〈大空の支配者〉はずっとゴミ才能(タレント)として扱われていた。

 過去に一人としてこの才能(タレント)を開花させた人間はいない。


(でも、僕じゃなければこの才能(タレント)を使いこなせなかったのは確かだ。そう考えると、おかしいのは才能(タレント)じゃなくて僕の側……?)


 いやいやそんなはずが、と彼は頭を振った。


「なあ」


 さっきのマッチョがまた話しかけてくる。


「……すまんかった。努力してんだな。マジメにやってねえ奴が、B級昇格試験を受けられるわけがねえよな。すまねえ、嫉妬しちまったわ」

「気にしなくていいよ」

「ありがとよ。俺もさ、実はB級昇格試験を受けにきてるんだ。……お前が敵になるって考えたら、少しヒリヒリしちまってな」

「敵?」

「は? 知らないのか? C級だって昇格試験は対人戦が入ってるだろ?」

「そ、そうなんだ? 僕、特例で上がったから」

「特例でC級!? なんだそりゃ!? 滅茶苦茶だなお前!」


 マッチョが後ずさった。


「レベル490は伊達じゃねえか。……ド天才が相手でも、俺は負けねえからな」


 彼は拳を打ち合わせている。

 見るからに戦士タイプだ。


(対人戦かあ……ん、対人戦!? 地上で戦わなきゃいけないのか!?)


 オットーは改めてマッチョの体を眺めた。

 見せるための筋肉ではなく、実戦で鍛えられた戦士の体つきだ。

 〈エアブラスター〉を当てた程度では倒せないだろう。

 それに、〈セレスティアルウィング〉も速度がなければ切れ味が出ない。


(まずいな。何とかしないと)


「俺はイーゴリ、見ての通りの戦士だ。お前は?」

「オットー。えっと……なんて言えばいいんだろ? 飛行士?」

「何だそれ? 空でも飛ぶのか?」

「飛べると良いんだけど……」

「どうした? 急に自信がなくなってるじゃねえか。まさかビビッてるのか?」


 オットーの肩を、イーゴリがバシッと叩いた。


「心配すんなよ。バカみたいにレベルも高えし、どうせ合格すんだろ。……ま、俺はトップ合格を狙うけどな! お前さえ倒せばトップは決まったようなもんだろ、まさか二人も特例でC級に上がってくるようなヤツは居ないだろうしな!」


 その瞬間、ギルドの前の通りから、どんっ、という音が聞こえてきた。

 扉が勢いよく開く。真紅のワイバーンを背にして、赤髪の少女が入ってきた。

 ……街中に無理やり着地したらしい。ちょっとイカれている。


「B級の昇格試験ってここだっけー?」

「レファ? まさか、君も冒険者になったの?」

「あ! オットーじゃん! おひさ!」


 レファが笑顔で彼に駆け寄った。 


「聞いてよ! 冒険者ライフってさ、もう翼竜騎士より全っ然刺激的でさー! こむずかしい交易なんかよりぜんぜんお金も稼げるし! サイコーだよ!」

「確かに、レファって冒険者のほうが向いてそうだね」

「でしょでしょー。特例ですぐC級にしてもらっちゃったよー」

「……うっそだろ」


 筋肉を縮こまらせたイーゴリが、心底から信じられなさそうに呟いた。


「今回の試験、参加者のレベル高すぎんだろ……合格の枠、そんな多くないぞ」

「そーなんだ? ま、私は絶対合格するけどね! そんでさ、空に浮かんでるとかいう噂の未踏破遺跡に行ってがっぽがっぽ稼いじゃうもんねー!」

「げ」


 オットーの顔が引きつった。


(僕と狙いは同じか! この試験は落とせない……!)


 空島は未探索の遺跡だ。そこから得られる利益は莫大だろう。

 だが、その利益を独占するためにはB級以上の冒険者である必要がある。

 C級だと発見に対する報酬や発掘利益の一部を貰って終わりだ。

 実力不足の冒険者が金に目がくらんで無茶な探索をしないように、という理由があるとはいえ、この差は大きい。


(僕が落ちてレファが受かったあと、利益を分けるから島に案内する、なんてダサい交渉を持ちかけるようなのは絶対に嫌だしな。あいつと僕は好敵手なんだし!)


 軽い気持ちで受けたB級への昇級試験は、絶対に落とせない試験へと変わった。


「悪いけど、僕はもう行くよ。準備しなきゃ」


 シリンを連れて、オットーがギルドの外へ向かう。


「ん。じゃーね!」

「……俺も、鍛え直してくるか」


 今回の昇級試験は、間違いなくレベルの高いものになるだろう。

 準備が必要だった。

 だが、オットーには何をどう準備するべきか見当もつかない。



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