表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/66

赤雨


 オットー・ライトは羅針盤の指すほうを目指して東へ飛んだ。

 ヴェストエンデ辺境伯領を抜けて、北の海に面した豊かな商業共和国群を飛び越え、更にいくつかの小国を跨ぐ。

 急ぐ旅ではなかった。ギルドで依頼を受けて寄り道したり、シリンを連れて観光に行ったりと、彼はのんびりしたペースでの移動を続けている。


 東へ行くにつれて、だんだんと気候が変わってきた。

 空気は乾き、雨は少なくなり、気温も少しづつ下がってくる。

 地平線まで何もないような草原を見る機会も増えてきた。


 それでも道路はしっかりと続いているし、村が途絶えることもない。

 都市間を結ぶ陸上の交易路が世界を東西に結びつけている。


(間違いない。羅針盤の針が上を向いてきてる。針が下を指してたのは、目的地が地中にあったわけじゃなくて、この世界が丸いからだ……)


 懐から羅針盤を取り出したオットーが、針の方向を確かめた。

 かつて下を向いていた針は、今やはっきりと水平線より上を向いている。

 間違いなく空の上を指しているようだ。


「きゅいっ」


 少しだけ体の大きくなったシリンが、座席から身を乗り出して鳴いた。

 急速に雲が発達している。それも、赤色の雲が。

 明らかに自然現象ではなく、何らかの魔法によるものである。


「げ」


 この世界に生きていれば、赤色の雲が意味することは誰でも知っている。

 禍々しい魔力を含んだ”赤雨”が降るのだ。

 この雨は魔物を凶暴化させる上に、新たな魔物を生み出す効果すらある。

 よほどの命知らずでもなければ、赤雨の降る屋外など移動しない。


 慌ててオットーは近くの村に降りた。

 慣れた様子で説明と交渉をして、ギルドカードを見せて身分を証明する。


「おお、Cランクの冒険者さんか! そんな方が村に泊まってくれるんなら安心だべ!」


 交易路沿いにある村は、基本的に旅人の泊まる宿場町だ。

 よそ者を泊めるぐらいは慣れたもので、めったに問題は起こらない。

 オットーは宿屋に泊めてもらった。


「……雲が分厚いな」


 部屋の窓から外を眺めて、彼が呟く。

 立ち込める赤黒い雲が消える様子はない。


「っと、あれは!」


 棍棒を握りしめたゴブリンの類が外をうろついていた。

 村の自警団らしき人々が家の陰から弓矢を構えている。

 彼らを手助けするべく、オットーは窓から〈エアブラスター〉を放った。

 ゴブリンが猛烈な勢いで吹き飛ばされて即死する。


「はあー、すっげえやあ」

「C級冒険者様ともなると、魔法の威力も段違いだべや」

「どうも」


 貴族社会を基準にすれば、この程度はまだ並の魔法だ。

 だが、”並”の威力が出ていることは異常だった。

 〈エアブラスター〉は威力を犠牲に弾速や精度を高めた魔法であり、そんな魔法の威力が高くなってしまえば、もはや欠点はない。


(なんか、知らない間にずいぶんレベルが上がってるような……?)


 特に激しい戦闘をしたわけではないのに、ヴェストエンデ辺境伯領に居た時よりも魔法の威力が増している。


(魔法を使ってれば魔法の才能(タレント)がレベルアップするみたいに、空を飛んでるだけで〈大空の支配者〉はレベルアップするんだろうか?)


 何にせよ、オットーが強くなっていることは確かだった。


 それからオットーは、村長から依頼されて警備に加わった。

 シリンが「きゅっ」と鳴き、全体に回復魔法を掛けて村人たちの怪我を癒す。


「お、おおっ! ありがてえべ!」

「C級冒険者様ともなると、すげえ生き物を連れてるもんなんだなあ」

「いや、ドラゴンを連れてるのは僕ぐらいだと思うけどね……」


 どこからともなく湧いてくる魔物を、オットーが一撃で吹き飛ばし続けた。

 今の彼はそれなりに地上戦をこなせるようだ。


「おうい! 〈レッドオーガ〉が湧いたべ! ありゃ危険度A級だ!」


 見張りが走ってくる。その場に緊張が走った。

 村が全滅してもおかしくないほどの脅威だ。

 筋肉隆々の巨大な鬼が、村の外から迫ってきた。


「オットーさん……その、無理にとは言わねえから……せめて時間を稼ぐのを手伝ってくだせえ! 赤い雨が上がるまでだけでええんで!」

「いや。僕が倒す。みんなは屋内に隠れていて。シリン、護衛よろしく」

「きゅ」

「えっ!? C級一人でA級の魔物に当たるなんて、無茶だべや!」

「大丈夫。ほら、僕は空を飛べるしさ」


 オットーは〈ライトフライヤー〉の元に走った。

 村人たちが屋内に隠れ、一人で外にいるオットーを赤い鬼が追ってくる。


(や、やっぱ時間稼ぎを頼めばよかったかな。風で飛ばされないように固定しちゃってるし、離陸準備が間に合わない……あ!)


 彼は〈ライトフライヤー〉の翼に吊った荷物入れを開いた。

 中に折りたたまれた小型グライダーの〈リリエンタールⅡ〉を背負う。

 しばらく使っていなかったが、整備は欠かしていない。愛着のある機体だ。


「〈セレスティアルウィング〉」


 くんっ、とオットーは鋭く加速した。

 〈リリエンタールⅡ〉は小型軽量だ。その利点は大きい。


「〈デフレクト〉」


 風を捻じ曲げ、無理やりグライダーを機動させる。

 昔のオットーでは不可能だった芸当だ。


(……さて。水平飛行で〈セレスティアルウィング〉を当てにいくと、近くの民家までまとめて切っちゃうな……)


 この大魔法で生み出された翼は異常な切れ味を誇っている。

 速度比例で切れ味が増す性質があり、静止状態ではなまくら未満だが……。

 グライダーで飛んでいれば、魔物を両断するぐらいの威力は十分にある。


(”ナイフエッジ”で行くか)


 オットーは九十度ロールを打ち、地面に対して魔法の翼を垂直に立てる。

 ……低空でこの姿勢を長く保つのは一流の翼竜騎士でも不可能だ。

 高難度の曲芸飛行であり、グライダーで可能なはずがない。

 だが、今の彼は繊細かつ強引な制御で無理を通すことができた。

 背負ったグライダーが小型なことも、無理の効きやすさにプラスだった。


(大魔法へと持てる限りの魔力を注いで……超高速で!)


 切れ味の増した〈セレスティアルウィング〉が地面に触れた。

 熱したナイフでバターを切るがごとく、魔法の翼が土を切り裂いている。


「グオッ!?」


 そのままの勢いでするりと〈レッドオーガ〉を両断した。

 あの程度の魔物は、空さえ飛んでいれば敵ではない。

 オットーは魔法の翼を消し、急旋回で減速して滑らかに着地する。


「ふう。雨も弱くなってきたし、これで終わりかな……」


 オットーは〈リリエンタールⅡ〉を畳んだ。

 しばらく使っていなかった小型グライダーだが、これにはこれの利点がある。


(……小さい方が強度を上げやすい。レファの最高速についていこうと思ったら、ベースは〈リリエンタールⅡ〉の方がいいかもしれないな……)


 羅針盤の先を確認した後で、彼は研究開発に集中するつもりだ。

 拠点を作り、冒険者として自ら素材を集め、新しい機体を作る。

 レファに負けないぐらい速くなる、というのが当面の目標だ。


「え、えらいこっちゃ! 危険度A級の魔物が、あんなにあっさり!」


 隠れていた村人たちが出てきて、オットーを囲んだ。


「何じゃあこりゃ! 強すぎるべ、実はS級なんでねえか!?」

「いやあ、別に。僕はただのC級ですから。……ええと、村長さん? 危険な魔物を倒したことですし、多少の報酬を頂けるとありがたいのですが」

「もちろん! あんたは命の恩人だべ!」


 赤雨が消えたあとで、彼は村人たちの歓待を受けた。

 いくらかの報酬に加え、たらふく村の名物を食わせてもらう。

 断りきれずに酒も飲まされてしまい、彼は赤ら顔で宴会の場を後にした。


「うー、シリンー……回復魔法かけてー……」

「きゅいー」


 優しい白光に包まれて、酔いが一気に冷めていく。 


「ふう。ありがと。何で田舎の人ってあんなに飲ませようとしてくるんだろ」

「きゅー、きゅ」

「好意だって言いたいの? 分かってるけどさ。苦手なんだよ、ああいうの」


 酔い覚ましに少しだけ歩く。


「ま、たまにはこういうのも悪くないか……」


 旅の思い出が増えたのは確かだよな、と彼は思った。


「きゅんきゅん」


 うんうん、と言いたいのか、シリンが頷いている。

 ……ドラゴンという種族は、喋るのが苦手なのだろう。リントヴルムたちも、みな咆哮に魔力を込めてテレパシーじみた手段で言葉を伝達していた。


(喋るための喉じゃないんだろうな。炎の息を吐けるぐらいだし。あ、そうだ)


「シリンってみんなの言葉は分かってるんだよね?」

「きゅ」

「文字の練習とか、してみる?」

「きゅい!? きゅーっ!」


 オットーの足元をくるくる回って、シリンが喜びを表現した。

 その動きをぐるぐる目で追っているうちに、また気持ちが悪くなってくる。


「うっぷ。か、帰ろうか……」

「……きゅう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ