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好敵手


「そーれェ!」

「きゅーい!」


 ファフニールにぶん投げられたシリンが、空中で旋回して竜の元に戻る。


「うまいぞォーッ!」

「だいぶバランスがよくなってきたね、シリン!」

「きゅ!」


 そんな調子で、微笑ましく訓練を続けていた彼らだったが。

 遠方の空にぽつぽつと黒点が見えて、空気が冷えた。


「きゅい」


 ファフニールの背からオットーの機体へと、シリンが自力で飛び渡った。

 翼の上から下へと潜り込み、うまい具合に座席へ収まる。


「オットーよ、離れろォッ! その仔を守るのはお前の役目だァ!」

「でも翼竜騎士団に戦う理由はなくなったし、説得すれば……」

「奴らの顔が見えんのかァ!?」


 近づいてくる翼竜騎士団の面々は、静かにファフニールを見つめている。

 斜めに連なった隊形には寸分の狂いもない。


「奴らは何も背負っていない! これぞ死兵よ! 天晴ッ!」


 騎士団の放つ異様な迫力は、確かに死を覚悟した人間のものだ。

 だが、そこに”誰かのため”というような高潔さはない。

 栄光や名誉を求める心すらない。戦って死ぬためだけに、彼らはそこにいる。


 ”和平協定”も何もかも意味がなくなり、戦う理由も騎士団が存続する理由すらも消え去った末に、それでもあの騎士たちは戦うことを選んだようだ。

 オットーには、彼らの気持ちが分かってしまう。


(人生の最後に後悔しながら死ぬような、そういう生き方はしたくない……か)


「ねえ! オットー! 何とかしてよ!」


 レファの駆る真紅のワイバーンが、オットーのそばにつけた。


「どうにもならない」

「何で!?」

「……そのうち分かるよ、レファ」

「何その年上みたいな! あんたなんて私と歳変わんないじゃん! バカッ!」

「いいから。静かに見守ってあげなよ。本人たちが選んだ生き様なんだから」

「生き様って、死ぬじゃん! ただの自殺じゃん!」


 レファは顔を真っ赤にして、先頭の騎士を睨んでいる。

 身につけた十字剣の紋章は、騎士団長コンラートのものだ。


 斜めに並んだワイバーンが、上空から一騎づつファフニールへと降下していく。

 騎士団による魔法の一斉射撃を、ファフニールが炎のブレスでかき消した。

 視界が効かなくなった瞬間を狙い、騎士団長が死角から突撃する。

 長大なランスが竜の鱗に弾かれる。火花が散った。

 尻尾による反撃を華麗にかわし、騎士団長コンラートが上空へ離脱する。


 入れ替わるようにして、後続の騎士たちが次々と攻撃をかける。

 だが、乗っているワイバーンの敏捷性も騎士の腕も足りていないようだ。

 ある者は炎のブレスに焼かれ、ある者はファフニールに爪で斬り裂かれる。


 それでも騎士団は止まらない。

 自らの存在の意味を刻みつけようとするように、勇敢に竜へ向かっていく。


「オットーはさ、あの中にいる騎士に襲われたんでしょ!? 復讐したいとかそういうのはないの……!? だから……なんでもいいから、止めようとしてよ!」

「腹は立つけど、理解はできるよ。僕を殺さないとヴェストエンデが焦土になるって思ってたんだから」

「あーもー! 爺さんと話してる気分! なんで分かってくれないかな!」


 レファが頭を抱えた。


「こうなったら、いっそ……! 私がファフニールを殺せば……!」

「きゅ!?」

「やめろ、レファ。そんなことをしても、多分、無駄だ」

「……わかってるよ! 私じゃ敵わないよ!」


 騎士団は既に半壊している。ファフニールに傷はない。

 ドラゴンという種族の持つ圧倒的な暴力の前に、騎士団は刃が立っていない。


「でも、何もできないままなんて……せめて、何か」


 レファがシリンを見た。

 はっ、と彼女が息を飲んだ。


「……〈エアブラスター〉」 


 レファが近距離から放った圧縮空気塊が、シリンの座席に直撃した。

 固定具が折れて、座席とシリンが吹き飛ばされていく。


「なっ!?」

「きゅいっ!?」


 オットーが伸ばした手をすり抜けて、シリンが空へ飛ばされる。

 レファが真紅のワイバーンを操り、そこへ狙いを定めた。


「お、お前っ! 子供を使ってファフニールを脅す気か!?」

「ごめん……でも、私にはこれしか思いつけなくて……!」


 急加速してシリンを攫おうとするレファへ、オットーが反撃を決意した。


「〈デフレクト〉! 〈エアブラスター〉!」


 風を捻じ曲げ、レファの軌道をずらす。

 追撃で放った圧縮空気塊を、真紅のワイバーンが最小限の動きで回避した。


「……やるんだね」

「ああ」


 オットーを倒さない限り、シリンを捕まえることはできない。

 逆も然り。レファを倒さなければ、シリンを確保するのは難しい。

 二人とも譲れない理由を持っている。

 残された道は一つ。戦うことだけだ。

 レファが翼竜に据え付けた長大なランスを掴み、革兜のバイザーを降ろした。


「行くよ、カルマジニ! 〈スピードスター〉!」

「〈セレスティアルウィング〉!」


 全く別の手段で急加速した二人が、シリンを中心に複雑な円を描く。

 速度ではレファだが、小回りではオットーが勝っていた。

 シリンの確保を狙って、二人の軌道が幾度も交錯する。

 〈セレスティアルウィング〉を当てに行くオットーを、レファがその寸前で急回転して避けた。


「くっ……!」

「やるねえ……! その魔法、なんかすごいなっ……!」


 感覚で最適な機動を選び取るレファへ、理屈から導き出した機動でオットーが応じる。全くタイプの違う二人だが、その実力は伯仲していた。


(向こうは急旋回しながら羽ばたけない。こっちは魔法の翼が常に推進力を生み出す。このまま近距離での格闘戦(ドッグファイト)を続けていれば、僕が有利!)


 どちらかといえばオットーに有利な状況だ。

 だが、レファは巧みに上下動を交えて加速する機会を作っている。

 速度を活かすのが上手い。思わずオットーは関心した。

 彼女もまた、形は違えど訓練や研究を重ねてこの空を飛んでいるのだ。


 むしろ、単純な飛行時間の比較で言えばレファが遥かに上だ。

 彼女は騎士団から空戦術を叩き込まれている。

 そこまで経験のないオットーが互角に戦えるのは異常な事態であった。

 レファは天才だが、オットーもまた天才である。


 近距離で格闘戦(ドッグファイト)を繰り広げる二人の間を〈エアブラスター〉が飛び交う。

 だが、どちらも雑に放たれた魔法に当たるほど甘い機動ではない。

 完全に後ろを取らない限り魔力の無駄だ。


「邪魔っ!」


 レファが長大なランスを投げ捨てた。

 そんなものを抱えている余裕はない。


「……!」


 オットーは手を伸ばし、荷物入れの固定を外した。

 流線型の容器が切り離されて、広大な農地へ落ちていく。

 そんなものを抱えている余裕はない。


「このっ! いい加減に! 諦めろ!」

「そっちこそ! 諦めてよっ!」


 限界ギリギリの攻防が続く。

 〈セレスティアルウィング〉を含めて三枚の翼がもたらす低速性能を活かし、オットーはレファを前に押し出そうとする。

 だがレファは逆に加速し、自ら前に出て上昇した。


(チャンスッ!)


 真紅のワイバーンの背中へと、〈エアブラスター〉の数発を命中させる。

 致命傷ではない。やがて上昇についていけなくなり、オットーは失速した。

 失った速度を取り戻している間に、レファが完全にオットーの頭を押さえる。


(やられた……ッ!)


 撃たれるリスクを取ってでも上を取る。そういうギャンブルにレファは出た。

 そして、賽の目はレファに微笑んでいる。

 運命の女神は勇者に味方するものだ。


 完全に優位を固めた彼女が、上空から一方的な攻撃を繰り返した。

 反撃しようとしても、速度差のせいで攻撃位置につけない。

 しかも、絶妙に〈セレスティアルウィング〉の当たらない位置を飛んでいる。


(なんだこれ……!? 後ろを取られるより、上を取られるほうが辛いのか!?)


 単純な格闘戦の性能ならば、オットーの方が強いはずだ。

 だが、優速を生かした一撃離脱に徹されると手も足も出ない。

 〈デフレクト〉の魔法も、この状況を打開するには射程が短すぎた。


(く、苦しい……苦しいけど、向こうだって……)


 オットーの機動は鋭く、一撃離脱では致命傷が入らない。

 わずかでもミスがあれば攻守は逆転する。


(ワイバーンが疲れれば動きは鈍くなる……近いうちに、決めにくるはずだ!)


 二人の軌道はシリンから外れていった。

 限界ぎりぎりで三次元の攻防を繰り広げる彼らには、もうシリンを気にする余裕がない。何故戦っているのか、その目的すらも吹き飛んでいた。

 互いの瞳には、もはやこの強大な好敵手しか映っていない。


 その瞬間、影が二人の間を通り抜ける。

 バンッ! という衝撃波の轟音が空気を揺らした。 


「……っ!?」

「えっ、なに!? わ、私より速い……!?」


 目視で捉えることすら難しい速度だ。

 影がその全身から雲を引きながら旋回し、空に軌跡を刻み込む。


 それは緑色のワイバーンだ。

 騎士団長コンラートの構えたランスの後端が盛大な煙を吹いている。

 すさまじい爆音が空に響いていた。


(何だあれ!? 音の速度よりも速く飛んでる!? 可能なのか!?)


 既知の推進手段ではない。おそらく、魔法。

 ごく一部に秘された奥義に違いない。あるいは大魔法の可能性すらある。

 ……あれほどの速度を出せば、それだけでワイバーンも人間も体はズタボロだ。

 ただでは発動できないだろう魔法と合わせ、彼は二重に命を削って飛んでいる。


 オットーとレファは互いに目を見合わせて、無言で休戦協定を結んだ。

 二人が戦っている間に、騎士団長の一騎を除いて姿は消えている。

 もはや戦う意味はないに等しい。


(……でも、戦いはこれからだった)


 別に戦うことは好きでもないオットーだが、今の一戦だけは別だった。

 戦いのきっかけは最悪だったのに、後味はなぜだか爽やかだ。

 何かが噛み合って、互いに実力以上のものを出しきれた。


「……私なんて、まだまだ、か……もっと速くならなくちゃ」


 レファの呟きは、当然オットーの耳には届かない。

 だが、考えていることは手に取るようにわかった。


「次は、勝つから」

「……次があるなら、勝つのは僕だ」


 こいつには負けたくない。

 オットーもレファも、相手の姿を”好敵手”として心に刻んだ。


(あ。シリンは……よかった、大丈夫そうだ)


 銀色の小さな竜は、ちょっとづつ高度を落としながらも飛び続けている。

 オットーはそこへ向かい、シリンを回収した。


「きゅいー……」


 ほっとした様子で、仔竜が〈ライトフライヤー〉に乗った。

 座席がないので、翼の上に掴まっている形になる。


 そんな彼らの横を、騎士団長コンラートが超絶の速度で飛んでいった。

 衝撃波と爆音を響かせ、ランスをファフニールに突きつける。


 いまだ黒い竜の鱗に傷はない。

 だが、あの速度で飛ぶコンラートからの突撃ならば十分に貫通する。


 向かい合う騎士と竜。幕切れは近い。

 炎の息に包まれ、コンラートの姿は消える。

 瞬間、ファフニールがわずかに頭を下げた。

 それが勝敗を分けた。


 炎の息から飛び出したコンラートが、ランス突撃をかける。

 それは邪竜ファフニールの頭をわずかに外し、背中を大きく抉った。

 黒い鱗がいくつも弾け飛び、太陽をきらきら反射させながら落ちていく。


 異常な高速突撃の代償で、ワイバーンが姿勢を大きく崩した。

 致命的だった。

 ファフニールが大きく羽ばたき、顎を開き、噛み付く。


「あっ」

「きゅう」


 レファが短く悲鳴を漏らす。

 一方、シリンが安堵のため息を吐く。

 逆の結末でもおかしくはなかった。


「見事な戦いぶりであったッ!」


 ファフニールが、地上の農民にすら聞こえるほどの声量で、叫ぶ。


「翼竜騎士団長コンラートよ、偉大な戦士よッ! 例え人が貴様の名を忘れようと、我だけは決して忘れんッ! 永代の果てまで語り継ごうぞッ!」


 ファフニールは高く長い咆哮を世界に響かせ、遠くの空に去っていった。


 その様子を見届けたレファが、顔を伏して愛騎を抱きしめた。


「……レファ、大丈夫?」

「大丈夫なわけない」


 溢れた涙の水滴が、風に煽られて流れていった。


「どうして? あんな死に方に、何の意味があるの……?」

「それは本人が決めることだよ。きっと後悔してないと思う」

「……そんなこと言われたって、わかんないよ」


 黙り込んだレファの隣で、オットーがじっと飛んだ。


「きゅ」


 シリンが翼の上を渡り、レファのところへ跳んでいく。

 一瞬だけレファが敵意を向けたが、すぐにそれは消散した。


「君は悪くないよね。……別に、誰も悪くない。恨める悪者がいたらいいのに」

「きゅう……」

「気を落とすな、って言いたいの? 無理だよ。でも、ありがと」


 レファが涙を吹き、体を起こした。


「さっきはごめんね、シリン。悪気があったわけじゃないんだ」

「きゅい」

「ね、私はこれからどうすればいいんだろう。……ねえ、オットー」

「うん」

「君って、世界を回ってるんだよね?」

「そうだね」

「いろんな人と話したりする?」

「それなりには」

「そっか……知見も広げてそうだし……遺言の条件には合ってるけど……」


 レファはしばらく考え込んだ。


「いや。私達って、好敵手だよね? そう思ったのは、私だけじゃないよね?」

「間違いなく好敵手だ。いつか、君に勝ちたい」

「なら、もっと強くなって迎え撃たなきゃ」


 彼女は大きく深呼吸して、前を見据えた。


「もっと速く、もっと高く……」


 覚えのあるフレーズだ。オットーが驚愕してレファを見た。


「なに?」

「別に。……正反対だけど、似た者同士かもね、僕たちは」

「そだね。似た者同士のライバルかあ。悪くないね、ぜんぜん悪くない!」


 レファは笑って、シリンを〈ライトフライヤー〉に戻し、手綱を傾けた。

 真紅のワイバーンがゆっくりと離れていく。


「また会おうねー! 次は殺し合いじゃなくて、模擬戦で勝負しよっ!」

「ああ! 僕が勝つから、負けを認める心の準備をしておきなよ!」

「あはは! そんなの私のセリフだよー! ……ありがとね」


 レファは最後にそう言い残し、急加速して深い青空へと登っていく。

 まだオットーが飛べない領域だ。


「待ってろよ。僕もすぐに、そこまで行ってやる」


 ……レファの飛行も、ファフニールの飛行も、コンラートの飛行も、そのどれもが彼に新たなアイデアを与えている。

 受けた刺激は技術的なものだけではない。

 その生き様を目の当たりにしたことが、彼の魂へとさらなる炎をくべている。


(もっと速く、もっと高く、もっと遠くへ……あいつよりも、もっと!)


 何よりも。

 目標とすべき好敵手を得たことで、彼は激しく燃えていた。


(もっと強くなる! そのためには、材料と資金だ!)


 彼は懐から球形の羅針盤を取り出した。

 古代遺跡から出土した、立派な遺物である。

 ……”S.R”なる人物の残した羅針盤を追っていけば、何かが手に入るだろうか?


(ん? S.R? ……大空(スカイ)支配者(ルーラー)……?)


 彼の脳裏を、どういうわけか”空島”という単語がよぎった。

 実在するかも怪しい、空に浮かんでいるという島だ。

 最後に目撃報告があったのは、はるかに東。羅針盤の指す方向と一致している。


(偶然の一致なのか? それとも? 何にしても、好都合だな!)


 特に具体的な目的地がある旅ではない。

 羅針盤の先に空島があるかもしれないなら、行ってみるか、と彼は思った。

 機体の改良や新機体の研究開発を進めるためにも、拠点は必要だ。



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