表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/66

邪竜? ファフニール


「ファフニール!」


 大きな通りに立って、オットーが叫ぶ。

 ドンッ、と石畳を砕きながら黒い竜が着地した。


「僕たちを探してるのか?」

「思い上がるな、人間! 貴様などはどうでもいい……重要なのはァ!」


 邪竜が吠える。


「我が仔だァッ! あァ忌々しいぞ、リントヴルムの面影が見えるわァ!」

「えっ」

「きゅい」

「うおおおおォオ! 忌々しい女々しさだ……忌々しい! 強く格好良くなければならん我が仔だというのに! かわいいではないかァ!」


 竜の咆哮が街中に反響し、風圧でいくつもの窓を吹き飛ばした。


「あの……もしかして、リントヴルムのお嫁さんって」

「言うな! あれは気の迷いだ……あんなやつなど好きではないッ!」

「きゅいー?」


 特に怖がっている様子もなく、「ほんと?」とばかりにシリンが鳴いた。


「好きではないったら好きではない! あの人間にゲロ甘い夢見がちな優男の甘い眼差しなど好きでは絶対にないッ!」

「そ、そんなに夫婦仲が悪かったのか……!」

「……きゅい?」


 マジかよこいつ、と言わんばかりの半目でシリンが鳴いた。


「我は邪竜であるぞ! 人は栄誉を求めて我を狩り、我は思い上がった人間を叩き伏せる! それが人と竜の関係だァ! 古来から続く絆であろうがァ!」


 邪竜が荒々しく尻尾を地面に叩きつけて、石畳が吹き飛んだ。


「リントヴルムと暮らしている程度で、誰も我を殺しに来ないのはどういうことだ!? どいつもこいつも竜殺しの名誉を忘れたかァ! 腑抜け共が!」

「え、えっと……」

「弱きものが! 強きものに挑むとき! そこには命の輝きがある! 巨悪を打倒せんとする魂の輝きがなァ! それが人間の真価であろうよ!」


 ファフニールの口からは、ちろちろと炎が吐かれている。


「リントヴルムと暮らしているのが悪いのかと思い、引っ越してみたが! 誰も来ないではないか! やはり人間どもは、身近に脅威がなくばすぐ腑抜けるのだ! ならばァ! 我は再び、邪悪な巨竜として降臨せねば!」

「ずいぶん好き勝手なことを言っているような気がするんだけど……」

「手始めに! この街を! 破壊するッ!」

「ちょ!? 待て、ファフニール! 戦いたいのなら、この僕が……!」

「フハハハ、守るものがなければ戦えん腑抜けが! 遅いわァ!」

「きゅ」


 事態の深刻さとは裏腹に、シリンはのほほんとしている。


「見よ! 我が! 邪悪な! 破壊の限りを……」


 ファフニールが爪を振り上げた。

 吹き飛んだ窓の奥で震えている家族が、ファフニールの目に入る。


「破壊の限りを! 尽くすぞォ! 邪竜だからなァ!」


 振り上げた爪がぷるぷる震えている。

 ……建物の誰もいない部分だけが、ファフニールの攻撃でえぐられた。


 それを見て、ようやくオットーはシリンの態度の理由に気付いた。


「人間を殺したくないのか、ファフニール」

「ッ!?」


 ファフニールは大きく顎を開き、オットーを威嚇する。


「ま、まさか! 我は邪竜であるぞ!」

「もしかしてさ……人間に構ってもらえないのが寂しいのか?」

「は、はああああアアアアアァァァァッ!?!?!?」


 竜が激しく尻尾を振り回した。


「そんなことないもんッッッ!!!」


 そんなことあるようだった。

 要するに、竜殺しになろうと彼女を殺しに来る人間がいないのが不満らしい。


「あのさ、ファフニール。人間と和平協定を結んだことってある?」

「何だそれはァ! 我がそんな腑抜けた真似をするとでも!?」

「……なるほど」


 ファフニールがそういう動機で動いているなら、和平協定を結ぶ意味はない。

 だが、騎士団は和平を結んだつもりでいる。


 人が翼竜を育てるのはいいが、竜を育てるのは駄目、という和平の条件。

 これはつまり、卵を盗むな、ということだ。


「ファフニール。人間がお前を狙わなかったのは、たぶん、リントヴルムが勝手に和平協定を結んだからだ。産んだ卵を人間に盗まれるような心配をせず、夫婦水入らずで生活したかったんじゃないかな」


 ドラゴンの中には人間に化けられる者もいるという。

 人間形態で条約を結べば、リントヴルムとファフニールの区別はできない。


(……リントヴルムのせいで状況がややこしくなってるなあ。僕が襲われたのも、間接的にはリントヴルムのせいなんじゃないか?)


 ちょっと間の抜けたところがある竜だよなあ、と彼は思った。


「あ……あの馬鹿ッ!」


 黒い竜の頬がちょっぴり赤く染まっている。


「リントヴルムの性格を考えれば、人間が竜殺しに挑んで返り討ちにあう場面すら見たくないだろうしさ」

「うがァ! ゲロ甘い! ゲロ甘いぞリントヴルムゥッ! それでは、人間と竜の間にあった僅かな絆すら断ち切れてしまうではないかッ!」

「……殺し合うばかりが絆じゃないと思うけど」

「人と竜の間には、あまりに多くの血が流れてきたのだッ! 数千年前の大戦で、竜がどれほど人を殺したか……人がどれほど竜を殺したか! これほど血塗られた歴史があるというのに、和解など成るものか!」

「数千年前のことなんて、誰も気にしてないと思うけど」


 ファフニールがピタッと動きを止めた。


「そうなのか?」

「だって、人間なんて百年も生きないし」

「……む。言われてみれば」


 ハッ、とファフニールが我に返り、再び大声で叫びだした。


「だが! 人と竜が和解できた試しなどない!」

「シリンを孵化させたのは人間だよ?」

「む」

「でなきゃ卵を孵化させられないと思うんだけど……」

「なに? ついにリントヴルムがメス化したわけではないのか」

「いや……しないでしょ」

「しないかァ……」


 またファフニールハッとして、周囲を見回した。


「フ、フハハハハ! 邪竜にも、情けというものはある! 今日のところは、ここまでにしておいてやろう!」


 そう叫んだあと、オットーに「話があるから街の外で会おう」と囁き、ファフニールはヴィアドの街を飛び立っていった。


「何だったんだろう」


 また命の危機かと身構えていたのがバカみたいだ、と彼は思った。

 ……とはいえ、彼がいなければファフニールが一線を越えていた可能性はある。

 リントヴルムの影響で丸くなったが、過去には邪竜として暴れていたのだ。


「きゅっきゅっきゅ」


 シリンが愉快そうに笑った。

 完全に、こういうオチがつくことを分かっていたようだ。


「ファフニールの性格を知ってるんなら、僕に教えてくれればいいのに。あの、額にこつんとやるやつでさ……」

「きゅっ!? きゅう……」


 バツの悪そうな顔で、シリンが頭をこつんと当ててきた。

 ”完全に忘れてた”という罪悪感が伝わってくる。


「許した。大事にはならなかったし」


 誰も死なずにハッピーなオチがついたのだし、それが一番だ。

 邪竜ファフニールが去り、固く閉じられた窓が次々と開いていった。


「おーい!」


 さっきオットーたちを匿っていた民家の男が走ってくる。


「なんつーか、色々と驚きだったが……とにかく、丸く収まってよかったな!」

「そうだね。ファフニールの性格も分かったし、少しは安心できるんじゃない」


 オットーを囲む人の輪が作られていく。

 慌てて彼は人混みを脱した。

 ファフニールはまだ話があるそうだし、速く追いかける必要がある。


「いやあ、これで翼竜騎士団に寄付する必要もなくなったわね! 邪竜が脅威じゃなくなったんなら、あいつらに高い金を払う理由もなくなるもの!」


 そんな声が背後から聞こえてきた。


(……手のひら返しが早いにもほどがあるよ……)


 そんな本音を漏らした人間は、さすがに冷ややかな目で見られているようだ。

 だが、時間が経てば民衆の気持ちが翼竜騎士団から離れるのは避けられない。


 物事は色々な形で繋がっている。

 ファフニールが”邪竜”じゃなくなったのは良いことだ。

 だが、そういう良い出来事からマイナスの影響を受ける人間はいる。


(翼竜騎士団って、ドラゴンに立ち向かうため数百年前に設立された騎士団だったっけ。立ち向かうべき敵が居なくなったら、あの騎士団はどうなるんだろう)


 〈ライトフライヤー〉へと向かいながら、彼は騎士団の未来に思いを馳せた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ