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邪竜ファフニール


 騎士団長コンラートは質素な執務机に座り、じっとレファを見据えている。


「えーと……好き勝手してごめんなさい?」

「分かっているのなら、やるな。翼竜騎士は王国民の模範たらねばならん」

「はーい」

「これで何回目だ? お前の実家に素行を報告する私の身にもなれ。立派な騎士として通用する才能を、考えなしの無謀な遊びで無駄にするな」

「えっと、ところで、オットーっていう人のことなんだけど」

「……」


 コンラートは深くため息をついた。


「知り合ったのか?」

「そうだよ。殺す命令を出したんだって? でも、横暴じゃない?」

「そう思うか、レファ」

「うん。だって、オットーはリントヴルムっていう竜から許可をもらって育ててるって言ってたし。話し合いの余地はあると思うんだけど」

「浅い。少しは頭を使え」


 コンラートは椅子から立ち上がった。


「ヴェストエンデ辺境伯の存在意義は覚えているな?」

「えっと。邪竜ファフニールから人間を守るため」

「そうだ。騎士団が作られるまで、ヴェストエンデは奴の狩場だった。翼竜騎士団は、かの邪竜から人を守るためにある。……だが、ワイバーンの維持費用を賄うために交易へうつつを抜かしている今の騎士団では、ファフニールと戦うことはできん。和平協定は維持せねばならん。まず、それが一つ」


 レファは頷いた。それぐらいは彼女にも分かっている。

 ちなみに、騎士団がファフニールと和平協定を結んでいるのは内密事項だ。

 多くの人間を殺してきた邪竜と条約などを結んでは、市民は納得しない。

 翼竜騎士団は邪竜から市民を守る勇敢な騎士団。そういうことになっている。


「もう一つ。それを知っていて、国王はあの少年に一切の警告を出さなかった」

「えっと?」

「分からないか? 国王は、オットーがヴェストエンデ辺境伯を飛ぶことを期待したのだよ。それをファフニールが知れば、和平協定は破れ、辺境伯は焼け落ちる」

「王様がなんで自分の国を焼きたがるの……?」

「中央集権化のためだ。国王に絶対の権限を集中させるうえで独立勢力は邪魔になる。翼竜騎士団もヴェストエンデ辺境伯も、王からすれば邪魔な存在だ」


 コンラートの言葉に迫力があったので、とりあえずレファは納得した。


「オットーという少年の性格を考えれば、目的地を翼竜騎士団の所在地に定める可能性は高い。加えて、王国東方に飛べば必然的にここを通る。王の狙い通りだ」

「な、なるほどお」

「それに、彼が無実だとは限らないのだ。国王のスパイである可能性は十分以上にある。だとするなら、自由に活動させるよりも、即座に撃ち落とす方が良い」

「そんな感じはしなかったけど」

「レファ。あの国王は相当な食わせ者だ。やつの手駒を信じるな」


 コンラートの表情は暗い。


「……悪人ではないのだがな。あの国王が国のために働いていることは確かだ」


 分権といえば聞こえはいいが、地方貴族が割拠して好き放題に振る舞っているような現状の政治では、臣民が犠牲になるばかりだ。

 中央集権化と法の整備を進めることで、間違いなくこの王国は良い方向に進む。

 それが分かっているからこそ、彼は辛い立場に置かれていた。


「……だが我々も、辺境伯に従う騎士団として郷里のために働く必要がある」

「でも、殺すのはちょっと。説明して追い返せば十分じゃない?」

「スパイの可能性がある相手に和平協定のことを説明できるとでも? お前……」


 レファは思わず瞳を逸らした。


「……漏らしたか。愚か者。この話が広まれば、騎士団は人心を掌握できんぞ」


 コンラートは腹の底からため息を吐いた。


「だが……国王も既に和平協定の存在を把握しているはずだ。何も状況は変わらない。私自ら、やつがスパイであるか否かを見極める必要はあるが」


 壮年の騎士は心を決めて、壁にかけた剣を帯びた。


「オットーはどこにいる?」

「ヴィアドに」

「ヴィアド? ヴィアドだと!?」


 コンラートは取り乱し、執務机に置かれた報告書を読み直した。


「……監視班からの報告だ。今、ファフニールはヴィアド近辺にいる」

「えっ」


 レファの顔から血の気が引いた。

 もしもシリンの姿をファフニールが見てしまえば、その瞬間にあの邪竜は怒り狂い、協定を破った人間を焼き殺すだろう。


「お前の責任ではない。報告は今来たばかりだ」


 既にコンラートは落ち着きを取り戻している。


「行くぞ。お前は私の二番騎を務めろ。有事でぐらい、役に立って貰わねばな」


 本拠地に残っているワイバーンと騎士をかき集め、翼竜騎士団は出撃した。



- オットー視点 -



「のどかな街だなあ」


 ヴィアドの街に着陸したオットーは、機体の置き場所や宿の交渉を終えて、シリンと共に通りを歩いている最中だった。

 村がそのまま大きくなったような街で、なんだかゆっくりと時間が流れている。


「あの、すいません。この街に観光名所とかってあります?」

「観光? うーん? ないねえ、あはは!」


 野菜を売っているおばちゃんが、笑いながら言った。

 本当に、何の変哲もない地方都市のようだ。


「にしても、ドラゴンなんか連れて大丈夫なのかい? そいつ、人を食ったりしないだろうね?」

「まさか。シリンはいい仔ですよ。撫でてみます?」

「やめておくよ。竜なんて、あんまりいい気がしないからねえ」

「……きゅう……」


 竜に対する恨みでもあるのか、態度は冷ややかだ。

 悪意を浴びて落ち込んでいるシリンのことを、オットーが慰めた。


「ああいう人もいる。でも、きっとごく一部だよ」


 やることもないので、オットーは街を一回りした。

 主要な道には石畳が敷かれている。ロングシュタットと僅かに作りが違った。

 故郷の街道は大きな自然の岩を生かした作りで石の一つ一つが大きかったが、ヴィアドの石畳は規格化された細かい石が並んでいる。


「ああ……そうか。ロングシュタットには、近場に山岳地帯があるもんな。ごろごろしてる岩を転がして、そのまま道の材料にしてたのか」


 一方のヴィアドは遠方から石材を運んできているようだ。

 立地の差異が、わずかな街並みの違いとなって現れている。


「故郷を離れて、はじめて故郷の特色を知る……ちょっと面白いな」

「……きゅ」


 シリンは見るからに退屈していた。

 まだそういう地味なことを楽しめる歳ではない。


「ん? なんだ、あれ?」


 民家の屋上に、木彫りの騎士像が据え付けられている。

 よく見れば、どの家の屋上にも騎士の像があった。

 どれも天へと剣を突きつけているデザインで、目線は空を向いている。


(ああ……そういうことか)


 空の脅威へ対するお守りだろう。

 ”邪竜”とかいう存在は、この地域にずいぶんと爪痕を刻んだらしい。

 シリンが歓迎されないのも当然だ。


 宿へと帰ろうとした瞬間、けたたましい鐘の音が聞こえてきた。

 見張り台に立って空を見上げている男が、激しく鐘を鳴らしている。

 通りから人の気配がさっと消えて、どこの民家も窓を固く閉じた。


「おい! 何ぼやっと……うわ!? ドラゴン!?」


 近くの民家から飛び出してきた若い男が、シリンを見てびっくりしている。


「……きゅう……」


 気を落としているシリンのことを、彼はじっと見つめた。


「……なんだ、よく見ればドラゴンもかわいいもんだな! 入れ!」


 彼はオットーたちを招き入れて、ドアをしっかり閉じた。


「よそ者か?」

「まあね」

「……あんた、どこの人だよ? 人間がドラゴン連れてるような遠くの国か?」

「いや、ロングシュタットの出身だけど」

「意外と近いな!?」


 民家の主は、窓から外をちらりと見上げたあと、隙間のないように閉じる。


「あの鐘の音、ドラゴンが来てるって合図なのかな」

「ああ。ファフニールっていう黒い邪竜がいてな。人を取って食うんだ」

「へえ……」

「でも、心配するなよ! もう何十年も表立った被害はないんだ。なにせ、俺達には翼竜騎士団がついてるからな! 奴もビビってるのさ!」


 ……邪竜と和平協定を結んでいるというからには、確かに竜としても翼竜騎士団は嫌な相手なのだろう。


(でも、僕が相手した大型ワイバーンはすごい動きが鈍かったよな……)


 あんな鈍い翼竜で、ドラゴン相手の空中戦が出来るのだろうか?

 苦肉の策で生み出したのだろう囮戦術だって、戦闘能力の高い邪竜が相手では一瞬で囮を殺されて終わりになるんじゃないか、とオットーは思う。


「グゴオオオォォォッ!」


 家をびりびりと揺らす、ものすごい唸り声が聞こえてきた。

 ……咆哮に乗った魔力が、人間へと通じる言葉となって届く。

 邪竜ファフニールはこう言っていた。


「リントヴルムの臭いがするぞォ! 女々しい臭いがなァ!」

「リ、リントヴルム? もしかして……」


 民家の男が、震えながらシリンのことを見た。


「シリンの親がリントヴルムだ。どうも、完全にバレてるみたいだね」


 オットーはため息をついた。

 これはもう、隠れても無駄だ。

 無関係な住民に被害が出る前に、竜の前へ出ていって話すべきだろう。


「行ってくるよ」

「……ま、待て! 自殺するようなもんだぞ! か……匿ってやる!」


 勇気を振り絞って男が叫ぶ。


「俺たちには、翼竜騎士団がついてるんだ! きっと助けに来てくれる!」

「間に合わないよ。竜が街中で暴れた末に僕たちを見つけるより、何も起こらないうちに僕たちを見つける方が、きっとマシだ」


 落ち着いている間ならば交渉できる可能性がある。

 だが、いったん暴れるモードに入ってしまえば無理だ。


(……僕は空を飛びたいだけなのにな)


 どうしてこう命の危険があるシチュエーションばかりが続くのか?

 思わず彼は苦笑いした。いつも振り回されてばかりだ。

 もし生き残れたら、いっそ少しぐらい振り回す側に回ってみようか。

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