再びの襲撃
オットーはエルヴズ氷山を離れ、球形羅針盤を頼りに東を目指す。
数分後には夏真っ盛りの景色が戻ってきた。
ついさっきまで雪山にいたのが嘘のようだ。
〈セレスティアルウィング〉で一気に高度を上げてから、羅針盤を取り出す。
向きは変わっていない。よほど遠くを指しているのだろう。
「長い旅になりそうだな……」
「きゅい!? きゅ!」
シリンが警告の叫びをあげた。
二頭のワイバーンが、オットーが飛んだこともないような高高度で雲を引きながら回っている。
「まさか、まだ僕たちを探してるのか!?」
だとするなら、異常なしつこさだ。
だが、回っているということはこの場に留まっているということ。
オットーを探している可能性が高い。
「きゅーっ!」
また叫んだシリンの目線を追えば、その先にまた違うワイバーンが居た。
米粒程度にしか見えないほど遠くだ。
「新手まで? いったい何で……?」
動揺しながら、オットーは隠れられそうな雲を探した。
だが、あいにくの快晴だ。今回は、雲に隠れて逃げることは出来そうにない。
上空で回っていた二頭のワイバーンが、かくんと針路を変えた。
翼を畳み、矢のごとき自由落下でオットーに狙いを定める。
以前に襲撃してきた二頭と同じ癖の動きだ。
群青色の軍服の上に金属鎧を身に着けている。
「……くそっ! 事情もなしに戦いたくはないぞ……!」
オットーは〈セレスティアルウィング〉を展開し、一気に速度を上げる。
速度を上げれば上げるほど、勝手に空間から魔力が集まってくる。
集まってくる魔力を更に魔法の翼へ注ぎ込む。
ごうごうと風が唸る中を、オットーは加速して駆け抜けた。
爆発的な出力に耐えきれず、機体がガタつきはじめる。
〈ライトフライヤー〉も滑空能力を重視した軽量なグライダーだ。
(ここまでか)
落下した勢いで追ってくる二頭を振り切るほどの速度は出せない。
機体の限界だ。
機体を分解させないよう、オットーはゆっくりと機体の操縦桿を引く。
大きな力が翼にかかり、機体の軋む音がはっきりと聞こえた。
後方から追ってくる二頭も、同じようにゆるやかな旋回へ入る。
……距離が詰まらない。巨大なワイバーン二頭の速度が落ちている。
これなら振り切れるか、と見て、オットーは旋回をやめて直進した。
すると、また距離が縮まりはじめる。
「……そういうことか」
レファの言葉を思い出す。
”輸送能力に振ってる大型種ならいいけど、私なんか戦闘用のスリムな高速種だから”。
あの巨大なワイバーンは、戦闘用ではない。
積載能力重視の鈍重な種なのだ。巨大さを恐れる必要はない。
オットーは速度を落とし、ゆるやかに旋回する。
その機動に誘われて、二頭が後ろについた。
上に乗った騎士の構える巨大なランスから、火球の魔法が放たれる。
「きゅ!」
「分かってるよ!」
旋回を強めるオットーを、放たれた火球が追った。
追尾能力がある。おそらく空対空戦闘のための魔法だ。
だが、オットーの旋回についてくることができず、火球は速度を失って消えた。
魔法をかわしたオットーは、旋回の勢いを落とさずにワイバーンの後ろを狙う。
鈍重すぎてついてこれていない。このまま行けば後ろを取れる。
二頭が左右にぱっと別れた。ひとまず左のワイバーンを追いかける。
「〈エアブラスター〉!」
後方から〈エアブラスター〉を乱射した。
当たっている様子はない。距離が遠すぎる。
それに、お互い高速移動しているのだ。そうそう魔法は当たらない。
オットーに追われている翼竜騎士が、ワイバーンに拍車をかけた。
激しく羽ばたき加速していく。だが、ついていける範囲内だった。
加速のためにわかりやすい直線飛行をしているので、むしろ良い的だ。
(これなら当てられる……!)
オットーはじっくりと狙いを定める。
「きゅ!」
そこでシリンに警告されて振り返った。後方に迫ったもう一頭が魔法を放つ。
さっきと同じ火球の魔法だ。だが、至近距離。
「っ!」
失速寸前の急旋回で、辛うじて火球を振り切る。
そして、オットーは狙いをもう一頭の翼竜に切り替えた。
やはり動きは鈍重で、すぐに後ろへ回ることができる。
……すると、狙われた翼竜騎士はワイバーンをまっすぐ飛ばした。
(そういうことか……)
囮と攻撃役に分かれた戦術をやっている。
本気だ。本気で殺しにかかってきている。
「そこまでやるなら、殺されても恨むなよ……!」
オットーは狙いを変えた。すると、攻撃役と囮が切り替わる。
その瞬間の隙をついて、オットーはふたたび狙いを切り替える。
連携が乱れた。一対一で翼竜騎士と正対する形が作られる。
まるで馬上槍試合のごとく、二人が距離を詰める。
翼竜騎士が放つ火球を、オットーが〈デフレクト〉で逸らす。
「っ!?」
翼竜騎士が目に見えて動揺する。
精鋭である翼竜騎士は、当然ほとんどが魔法系の才能を持ち、そのレベルは極めて高い。
ゆえに威力も高く、生半可な使い手では受け流すことすら不可能な威力なのだ。
オットー・ライトの才能は長時間の飛行で急速にレベルアップしつつあり、既に一流の魔法使いに匹敵する領域へ足を踏み入れている。
だが、彼にその自覚はない。
動揺しながらも、翼竜騎士が巨大なランスで突撃をかけた。
オットーが鋭く下へ潜って回避する。
そして九十度ロールして、〈セレスティアルウィング〉を真上へと立てた。
(……やっぱり、殺す気にはなれない……!)
ワイバーンと騎士を両断する寸前で、オットーは狙いをずらした。
翼の先端だけを切り落とす。
「……まだやるのか」
オットーは翼竜騎士たちを睨みつけた。
二人は顔を見合わせ、針路を変えて逃げていく。
「きゅうー……」
「何だったんだ?」
オットーはため息をついて、水平の滑空に戻る。
人間相手に戦うのは、魔物相手とは違う疲労があった。
だが少なくとも、飛行技術では翼竜騎士に負けていないことは分かった。
ヴェスタリア王国内の最精鋭クラスが相手でも、空の上ならば勝てる。
彼は拳を握りしめ、技量への自信を深めた。
「ねー」
「……うわっ!?」
真紅のワイバーンに乗った翼竜騎士が、オットーの横にぴたりと付けている。
気配すらなかった。練度がまるで違う。
「レ、レファか。良かった」
「さっきのアレなんなの?」
「分からない。いきなり襲われた」
「ほんとに? んー?」
レファが首を傾げる。
「ま、いっか! それよりオットー、やるじゃん! 意外と速いんだね!」
「そうかな」
「またまた思ってもない謙遜しちゃってえー。自信あるでしょ?」
「……わかる?」
「あったりまえだし。空なんか飛ぶような人間が、自分に自信を持ってないわけがないもん。まして自信がなきゃ、そんなポンコツで飛ばないでしょ?」
「ポンコツじゃないけど」
「ほんとー?」
レファが手綱をわずかに操作した。
真紅のワイバーンが翼を動かし、〈ライトフライヤー〉を小突く。
「ちょっ」
「ほんとだ。意外と頑丈。えいっ」
レファは手綱を離し、〈ライトフライヤー〉の右翼に飛び乗った。
「え!? いや何してるの!?」
「ふーん? こういう感じかー」
レファが翼の上からさかさまに身を乗り出す。
オットーの目前で、にこりとレファが笑った。
「ね、さっきの人たちに事情を聞いてきてあげよっか?」
「……あ、ああ。お願いするよ」
「ん、まかせてー」
さかさまに身を乗り出したレファが、するりと機体から落ちた。
「ちょっ!?」
「平気平気」
レファが口笛で真紅のワイバーンを呼び、その背に着地する。
ぐんっ、と手綱を引いた。
羽ばたきの一回で、異常なほどに速度が上がる。
「やっぱり、私のほうが速いぞー! ははーっ!」
瞬く間にレファたちは米粒ほどの大きさになる。
……更に気疲れしたオットーは大きくため息をついた。
シリンもやや引いている様子で、言葉もなく彼女を見つめている。
(僕だって、少しぐらいは空に狂ってる自覚はあるけれど……)
あいつは空に狂ってるというか、狂ったやつが空にいるだけだな、と彼は思う。
少なくとも、死に際に後悔はしない人種だろう。
そのかわり、長生きはしなさそうだが……。
(長生きできない、なんて、僕が言えた言葉じゃないか)




