依頼:〈魔法鍵の運搬〉
翼竜騎士の少女レファを連れて、オットーは街の飯屋に入った。
「ほれむはむはうまー!」
「食べながら話さないでよ汚いなっ!?」
……彼女は物凄い勢いで飯をかきこんでいる。
「げぷー。久しぶりにお腹いっぱい食べれたよ! ありがと!」
「どういたしまして。……普段は腹いっぱい食べれてないの……?」
「まーね、あんまお金がなくてさー」
「……翼竜騎士なのに?」
「翼竜騎士だからだよ! ワイバーンの飯代捻出するの大変なんだよ!?」
レファは木のスプーンを振り回しながら叫んだ。
「輸送能力に振ってる大型種ならいいけど、私なんか戦闘用のスリムな高速種だから、どこに貿易しても餌代でトントンなんだもん!」
「へえー……」
翼竜騎士がけっこう独立性の高い存在だと、オットーは知っている。
だが、ワイバーンに食わせる飯すら自前だとは流石に知らなかった。
「香辛料とか宝石の貿易をやってもダメなの?」
「ダメだよー。同じ翼竜騎士が商売敵になるし、他の国にもワイバーンとか乗ってる航空商人はいるしさ。うちのカルマジニちゃんも重いの嫌いだしー」
レファは大きくため息をついた。
……精鋭集団である翼竜騎士にも、それなりの苦労があるらしい。
「てかさ、私のことなんかどうでもいいよね。そんなことより、君のことだよ! あの機体もそうだけどさ……ドラゴンだよ、ドラゴン!」
「きゅい?」
椅子にちょこんと座ってパンをかじっているシリンが首を傾げる。
「あの、あれ……協定? ってやつ、破ってるじゃん! いいの!?」
「協定? 何それ」
「知らないの!? えっと……アレだよ、アレ!」
「……君もよく知らないの?」
「し、知ってるしー。言えないだけだしー」
知らないんだな、とオットーは判断した。
もしも何か問題があるようなら、国王からそう言われたはずだ。
何も言われなかったということは、問題はない。気にしなくても大丈夫だ。
「知ってるけど、まあほら、ドラゴンよりアレだね! あの機体のこと話して!」
待ってました、とばかりにオットーは語りだした。
「……でさ、つまり、揚力と抗力の比を高めて滑空能力を……」
「ふーん?」
レファは興味なさそうに相槌を打つ。
オットーと違って、まったく理屈には興味がないようだ。
「じゃ、あれ、羽ばたいて飛んだりすることはできないんだ?」
「ま、まあ。そうだね。推進力はないから」
羽ばたき機……オーニソプターと呼ばれる機体も、オットーは研究していた。
だが、そういう機体は大型化すると飛ばなくなってしまう。
自前の推進力で飛ぶのは無理だ、というのが、彼の判断だった。
「なーんだ。羽ばたけないんなら全然まだまだじゃん!」
レファは頭の後ろで両腕を組み、背を伸ばした。
「ワイバーンより速いヤツがいたらどうしよーって思っちゃったけど、まだまだ大丈夫かー! いやー、焦った焦ったー」
「……今はまだ、だよ。いつか、ワイバーンより速い機体を作ってみせる」
「まっさかー。私とカルマジニちゃんが速さで負けるはずないもん」
彼女は不敵に笑った。
「君が何を作ったって、〈最速〉の称号は私達のものだもん」
「最速?」
「そだよ。翼竜騎士団の皆ね、金儲けがしたいからって積載量重視のワイバーンばっかり育ててるから、もう速度重視のワイバーンに乗ってる人ってほとんど居ないの。だから、私たちが最速ってわけ。一番速いやつが一番えらい!」
「なるほど。君を負かせば、世界最速の称号は僕のものになるのか。覚えておく」
「おっ! 大きく出るじゃん! いつだって相手になるぞー!」
レファの表情は、溢れる自信で裏打ちされている。
あまり威厳のない喋り方だが、翼竜騎士に選ばれるほどの人間だ。
自分の実力には絶対の自信があるのだろう。
「……ま、さっき一緒に飛んだ感じじゃ、今は相手にもならないかな!」
レファの言う通りだ。ワイバーンはドラゴンよりも速い。
〈セレスティアルウィング〉込みでようやくリントヴルムと互角に戦える今の〈ライトフライヤー〉では、まだまだ差が大きい。
(もっと速く、もっと高く、もっと遠くへ。まだまだ改良の余地だらけだ)
自由に空を飛べるようになったとはいえ、彼はまだ満足していない。
そのことを再確認して、オットーはやる気を再燃させた。
- - -
レファと別れたあと、オットーは冒険者ギルドに向かった。
路銀を稼いでおく必要がある。
……レファが予想以上に食べたせいで、貯金はさらに目減りしてしまった。
ギルドに入った瞬間、彼は周囲から視線を向けられた。
ドラゴンを連れている彼は、当然だが、目立つ。
それを無視して、掲示板に張られた依頼を選ぶ。
(何か、軽くてかさばらない物を運ぶような依頼があれば……)
だが、そう都合よく完璧な依頼が見つかることはない。
ほどほどの依頼をいくつか見つけて、どれで妥協するか彼は悩んだ。
「あの。もしかして、オットー・ライトさんですか?」
ギルドの受付嬢が、彼を呼び止める。
「そうですけど」
「活躍は聞いてます! あなたを指名して、依頼が入ってるんですよ!」
「僕に指名が?」
S級とかの冒険者ならば指名も珍しくないが、オットーはC級だ。
もっとも、彼の才能レベルは旅立つ前の諸々を経て130まで上昇しているので、指名依頼が入るのはおかしいことでもない。
それに、あれだけ活躍すれば噂が広まらないはずがないのだ。
「はい。これです、どうぞ」
快活な受付嬢が、オットーに張り紙を手渡した。
〈魔法鍵の運搬〉という名前の依頼だ。依頼者はグレイという老人男性らしい。
「きゅい?」
立ち上がって張り紙を覗き込んでいるシリンと共に、オットーは説明文を読む。
『エールヴ川の上流には巨大な氷山があり、その中心には氷に閉ざされた宮殿がある。宮殿の扉には強固な魔法の鍵穴があり、誰一人として侵入者を許してこなかった。だが、ついに……ついに! 私はこの宮殿の魔法鍵を手に入れたのだ!』
(こういうの、依頼の説明文じゃなくて日記にでも書けば……?)
脳内でツッコミを入れつつ、オットーは続きを読む。
『しかし問題がある。私はもう足腰が弱く、この危険な氷山を降りるのは困難なのだ。私に伝書鳩で鍵を売りこんできた冒険者ギルドの連中も、氷山まで運んでくるところまでは面倒を見ないという。ならば、鍵を運ぶのに冒険者を雇うほかない。だが、並の冒険者ではこの山へ登ってくるのは難しい。どうしたものかと思っていた私だが、空飛ぶ冒険者が大活躍したという噂を聞いて心を決めた。というわけでオットーくん、君に指名依頼だ』
「ようやく本題に入ってくれた……」
「きゅいー……」
思わず声に出してツッコミを入れてから、更に続きを読む。
『貿易都市フライエラントのギルドで魔法鍵を受け取り、エールヴ川をさかのぼってエルヴズ氷山まで来て欲しい。私の家は氷宮のすぐそばにある』
「最初っからそれだけ書いといてよ」
「きゅ」
そのあとにも無駄な日記がダラダラ書かれていたが、読む価値はなさそうだ。
「受付嬢さん、この依頼の報酬は?」
「銀貨が八十枚。それと、宮殿の中で宝が手に入った場合、その中の一つを現物報酬として渡すそうですよ」
金貨一枚にも満たない報酬だ。
とはいえ路銀の足しにはなるし、宝が手に入る可能性もある。
(宝のほうは期待しないほうがよさそうだけど)
鍵を持って移動するだけで銀貨八十枚なら、悪くない報酬だ。
……それに、エルヴズ氷山といえば有名な観光名所でもある。
大規模な魔法がかかっていて、真夏だろうが常に冬山なのだ。
マイナス点があるとすれば、依頼者が話の長い爺さんであることぐらいか。
「受けることにするよ。真夏の冬山ってのも見てみたいしね」
「分かりました。では、窓口までどうぞ」
事務手続きを終えたオットーは、しっかり封のされた便箋を受け取った。
ずしりと重く、なぜだか冷気を放っている。
中に入っているのは、間違いなく氷の宮殿の鍵だ。




