翼竜騎士の少女
オットーの母国であるヴェスタリア王国は、内部にいくつもの公爵・伯爵ほか小領主たちの私領を抱えた封建制の王国である。
徐々に国王へ権力と領土が集中しつつあるものの、まだ貴族たちの権力は強い。
その中でも、王国東方に位置するヴェストエンデ辺境伯は独立独歩の気風だ。
ワイバーンを駆る〈翼竜騎士団〉の所在地でもあった。
この騎士団もまた独立勢力であり、ヴェスタリア王国では唯一の常備空軍だ。
そして今、オットーはヴェストエンデ辺境伯領の間近まで来ていた。
〈翼竜騎士団〉を一目見るため、彼は最初の目的地をここに定めていたのだ。
街道沿いの宿場街から、朝日へと向けてオットーが飛び立つ。
農地が延々と続く辺境の地を、彼はゆるやかに滑空した。
長距離飛行もすっかり慣れたもので、〈大空の支配者〉が持つ魔力吸収能力を使いながら、体に無理をかけず進んでいける。
「きゅい?」
「どうした、シリン?」
銀色の子竜シリンが、〈ライトフライヤー〉の機上から遠くを指差す。
そこに真紅の毛並みを持つワイバーンが飛んでいた。
上にはバイザーつきの兜じみた革帽を被った軍服姿の人間が乗っかっている。
「おお! ワイバーンか!」
翼竜騎士になる気はなかったオットーだが、翼竜そのものは大好きだ。
ずんぐりむっくりしたドラゴンとは違い、すらりと美しい流線型を持つワイバーンは空を飛ぶために特化した生物である。
その機能美は好きだったし、設計の参考にもしていた。
「……こっちに来てないか?」
ぐいぐいと真紅のワイバーンが距離を詰めてくる。
速度差がありすぎて、そのまま彼を追い越していった。
ぐるりと一周し、失速寸前のところまで速度を落として、ようやくオットーのグライダーと並走する。
真紅のワイバーンの上に、赤髪の少女が乗っていた。
群青色の軍服姿だ。
若くして軍人になるだけはあり、気が強そうな顔つきをしている。
彼女はオットーやシリンを一瞥したあと、じっとオットーの機体を見つめた。
(もしかして、同好の士なのか?)
オットーが軽く挨拶したが、赤髪の少女はぷいっとそっぽを向いてしまった。
そのままワイバーンを羽ばたかせ、矢のように加速して飛び去っていく。
「おおっ、速いな……!」
「きゅい!」
全力を出したリントヴルムよりも、加速・最高速ともに上だ。
飛行能力だけならワイバーンはドラゴンに勝つという。
実際に見た限り、その話は正しいようだった。
「良いものが見れたな……目的地をヴェストエンデに定めて正解だった」
ほくほく顔のオットーは、なだらかに高度を落としながら滑空を続ける。
今日はあいにくの曇り空で、見渡すかぎり平地が続いている。
あまり上昇気流に期待できる天候ではない。
「〈セレスティアルウィング〉っと」
高度が落ちてきたところで、彼は魔法を使い加速する。
雲のすれすれにまで上がったところで魔法の翼を消した。
こうやって急上昇と滑空を繰り返すのが、最も効率的な方法だ。
道路を追っているうちに、蛇のようにうねる〈エールヴ川〉が目に入った。
あれを越えればヴェストエンデ領だ。
「きゅ!」
シリンが道路にかかる橋を見つめている。
かなり大きな船でもくぐれるようになった巨大な橋だ。
その橋を囲むようにして、大きな都市が形成されている。
ここは東西を横切る道路と南北を流れる川の交点であり、物流の結節点だ。
「シリン、あれは〈貿易都市フライエラント〉だ。……今日はもう少し遠くにまで飛ぼうと思ってたけど、気になるなら降りてみようか?」
「きゅい? きゅー!」
シリンが喜んでいるのを見て、オットーは着陸を決断した。
街の外にはワイバーン用の”空港”がある。
川沿いに作られていて、滑走路の横に倉庫が並んでいるところを見ると、おそらく民間の航空交易商人向けだ。
軍用ではないことを確認して、オットーは滑走路へと着地した。
「え、ええと。フライエラントへようこそ……?」
空港の職員が、困惑しながらもオットーを出迎えた。
「その……この空港の利用は初めてですよね? まず説明を……」
空港職員が手早く説明をする。
着陸一回につき金貨一枚の利用代金が掛かることに加え、一泊あたり金貨ニ枚という値段でワイバーン向けの餌や厩舎を提供しているのだという。
(し、失敗した……)
速度や積載量重視で品種改良がされた結果、柔らかい滑走路でなければ足を痛める可能性のあるワイバーンと違い、彼はそのへんにでも降りることができる。
完全に無駄な利用代金だ。
「何とか安くなりませんかね? 利用料金って、たぶん、ワイバーンの着地ごとに滑走路を均す必要があるからだと思うんですけど……僕の場合、ほとんど土も荒れてないですし」
彼は空港と交渉し、利用代金を少しだけ割引いてもらうことに成功した。
空き地へ〈ライトフライヤー〉を置く許可もついでに貰う。
軽い機体が風で飛ばされないよう、地面にペグを打ち込み固定しておいた。
(割引してもらっても、だいぶ高いなあ……そろそろギルドで一働きするか?)
路銀にあまり余裕はない。
ダンジョン攻略の報酬として貰った金貨百枚は、機体の荷物入れやシリンの座席を作るためにほとんど使ってしまっているのだ。
彼は冒険者ギルドへ向かうべく、シリンを抱えて厩舎の横を通り抜けた。
「きゅ?」
シリンの視線の先にある厩舎に、真紅のワイバーンが収まっている。
生肉の詰まった餌箱へと首を突っ込み、夢中になって貪っていた。
そんなワイバーンの様子を、隣に立つ少女が羨ましそうに見ている。
少女がオットーに気付き、そっぽを向く。
「きゅい?」
が、鳴き声でシリンの存在に気付くと、ハッと目を見開いた。
一歩だけオットーに近づいたあと、歯を食いしばって彼女が留まる。
「きゅー?」
シリンがオットーの腕の中から抜け出して、少女に近づいた。
パッ、と明るい笑顔を咲かせた彼女が、しゃがみこんでシリンを撫でる。
「あっ」
が、思い出したように立ち上がり、ワイバーンのそばで腕を後ろに組んだ。
威圧感のある、軍人らしい立ち方だ。
のだが、彼女の足元にまとわりついているシリンのせいで頬が緩んでいる。
無理して興味なさそうな態度を取っているのが丸見えだ。逆にかわいい。
「きゅいー」
「えっと……さっきも会ったよね? 僕はオットー。あの機体で旅をしてる」
話しかけたが、少女はちらりと彼に視線を向けるだけで、無視した。
「君は翼竜騎士団の人?」
「そだよ。私はレファ……あっ」
返事したあと、やばっ、とばかりに彼女が口を塞いだ。
「えっと、外の人とは話すなって言われてて。あーもっと話しちゃった!」
「……あの騎士団って、話すのもダメなぐらい排他的なの?」
「そじゃなくてね、なんかね、お前は口を閉じとけば美少女だから的な? 黙って人と関わりさえしなければ二人前の騎士なんだって……だから、黙るね!」
彼女は口を完全に閉じて、ワイバーンの生肉をじっと見つめている。
……ぐう、という腹の音が聞こえてきた。
「えっと……よければ、飯を奢ろうか?」
翼竜騎士団に興味があるオットーは、積極的なアプローチをかけた。
「いいの!?」
食欲を前にして、外の人とは話すな、とかいう指示は吹き飛んだらしい。
彼女はシリンを抱き上げて、るんるん笑顔でステップを踏んだ。
「ところで、その帽子かわいいね! どこで買ったの!?」
「貰い物だよ。……確かに、ちょっとかわいいデザインだよね。耳あてが垂れた獣耳みたいな感じで」
「いいなー」
一方で、彼女の被る革帽は、バイザーつきの騎士兜じみた無骨なデザインだ。
少年のセンスに直撃する格好良さである。
むしろその帽子の方が羨ましいんだけどな、と思いながら、彼は街へ向かった。




