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エピローグ(上)


「ハッ!」


 後ろ手に縛られたフランツ・ロングは目を覚まし、憎悪の籠もった視線をぎょろぎょろと彷徨わせる。

 彼は馬の背に固定されていて、街に運ばれている最中だ。


「やつはどこだ」

「もう帰ったよ」


 ミーシャが言った。

 彼女のほかに人間はいない。

 フランツは何とかして縄を抜け、魔法を放とうともがいた。


「無駄だよ。二重に縛ってあるから」

「く……」


 まったく為す術なく、フランツは街へと運ばれていく。

 途中、〈ローカスト〉の卵を焼いている〈ミノアス〉の面々とすれ違った。


「おい! 君たち! 助けてくれ! この女が、身代金目当てに私を……」

「へっ、バッカバカしい。そんなもん誰が信じるってんだ」


 ミノアが鼻で笑った。


「もう広まってるぜ。お前がオットーとベルガーをぶっ殺そうとして失敗したこと。クソ野郎はクソ野郎らしく牢屋にでもブチ込まれとけや」

「な……」


 屈辱で顔を真っ赤にしたフランツは、陸に上がった魚のごとく震えた。

 歪んだプライドを打ち砕かれて、彼はもう壊れる一歩手前だ。


「どうしてオットーを追放したの?」


 街に近づいたころ、ミーシャが尋ねた。


「……私がやつを追放したのは、正しい選択だった」

「でも。フランツ・ロングといえば、なんか地味な統治者でさ……良くもないけど悪くもないっていうか。息子を追放するようなタイプじゃなかったのに」

「ハ。地味か。この私ほど優秀な魔法使いを捕まえて、地味呼ばわりか」


 完全に打ちひしがれた様子のフランツが、かすれた声で言う。


「何故だ? 私は……優秀な魔法使いなのに……何故評価されないのだ?」

「……あなたも、他人の目とかが気になるタイプなんだね」


 ミーシャは馬を止めて、フランツと向き直った。


「わかるよ。自分に自信がないから、他人に評価されてないと満足できないんだ。それで不満が溜まって、ストレスが息子に向いたんだね……」


 フランツは絶句した。

 貴族で、魔法使いで、高貴な存在である自分が、たかだかD級の取るにたらない冒険者に心情を言い当てられて、しかもそれは正しい。


 ……つまり、そういうことなのだ。

 ああ、なんと自分はどうしようもない人間なのだろう?

 フランツは自問した。彼のプライドは完全に砕け、狂気の熱はどこかに消えた。


 いっそのこと殺されてしまいたかったが、無理だろう、とフランツは思った。

 腐っても、彼は貴族だ。当時のオットーは既に追放後で、平民だ。

 貴族が平民を殺した程度では、そうそう処刑などされない。


 無力感を抱えたまま、監禁されて苦しく生き続けるしか道はないのだ。

 フランツは、じわじわと真綿で首を絞められるような報いを受けることになる。



- - -

 


 それから。

 迷宮を単身で攻略したことで、オットーはギルドから更なる賞金を手に入れた。

 といっても、さほど大きな額ではない。公式に危険度が設定されていない迷宮を攻略した場合、ギルドからの報奨金は金貨の百枚を限度とする規則があったのだ。


 ギルドマスターは特例で白金貨を払おうとしたが、オットーは断った。

 賞金が大きすぎて、既にロングシュタットのギルドは資金不足に陥っている。

 これ以上の賞金を貰えばギルドの運営に支障が出る、と彼は考えたのだ。


 オットーが周囲の人間を助けて評判を上げる一方で、父親は真逆の道を辿る。

 フランツはミーシャによって捕縛され、冒険者ギルドへと引き渡されていた。

 貴族とはいえ、ギルドに所属する冒険者を二度も殺そうとした犯人である。

 容赦なくギルドの牢屋に捕らわれて、フランツはついに身の破滅を確定させた。


 はじめは怒り狂っていたフランツも、今はすっかり意気消沈しているという。

 自業自得だと気づいたのだろうか。

 だが、今になって反省したところで、もう遅すぎる。


 ベルガーの報告を受けて、もうすぐ国王自らフランツの身柄を引き取りにくるという。

 ロング家は取り潰され、領土は国王の直轄地として編入されるのだろう。

 貴族であるフランツが処刑される可能性は低いが、少なくとも一生を監禁されて過ごすことになるのは間違いない。


 そんな噂を耳に挟みながらも、オットーは機体の修繕、それと翼に固定する荷物入れやシリンのための座席などの製造を行っていた。

 目的地のない旅に出るのだから、準備は十分にしなければいけない。


 そんな彼の元には、たびたび来客が訪れた。


「うちに来ないか? お前なら、間違いなくS級冒険者になれるぜ」

「ありがたいけど、興味ないからさ」

「そうか。そうだろうな。残念だぜ、あんたぐらいの化け物がいりゃ仕事が楽になったんだがな」


 〈ミノアス〉の面々が勧誘に来て、あっさりと引き下がる。


「俺たちは、明日でこの街を発つ。次の依頼があるんだ。……ま、最弱のS級パーティなんて言われてはいるけどよ、オレたちゃS級だからな。引っ張りだこだぜ」

「だろうね。じゃあ、また」

「ああ。またな」


 あっさりとした別れの挨拶を交わし、彼らは別れた。

 その翌日には、ミーシャがオットーの元へ来た。


「えっと……オットーくん。怪我とかはない? 大丈夫?」

「ピンピンしてるよ。そういうミーシャは、どう?」

「元気だよ」


 そこで会話はすぐに途切れてしまった。

 オットーが作業に戻る。その様子を、ミーシャがじっと見守っていた。


「私も、旅に出ようと思うんだ」

「そうなんだ?」

「うん。……〈ミノアス〉にも誘われたんだけど、断った。なんていうか……勇気を出して、自分の足で踏み出したかったから。じゃないと、変われない気がして」

「今のままでも悪くないと思うけどね。近所の優しいお姉さんとして過ごすのも」

「そうだね。でも、キミを見てたら、なんだかじっとしていられなくて」


 そこでまた会話は途切れた。

 オットーは軽量な木材を加工して、シリンのための座席を作っている。

 柔らかな羽毛を敷き詰めた鳥の巣に、安全のためのベルトを追加したような外見だ。


「――」


 彼の後ろ姿をじっと見つめて、ミーシャが何かをささやいた。


「え? 何か言った?」

「なんでもない」


 ミーシャは微笑んだ。


「ただ、自分のために言っておきたかったんだ。それだけだから」

「……? なら、いいけど」

「キミ、これからはさ、いろんな街に滞在しながらずっと飛び回るんだよね?」

「たぶんね」

「いろんな人間が、後ろに置いてかれるんだろうな。罪な人だね、キミは……」

「何の話……?」

「なんでもないよ。じゃあ、私は帰るね。……旅の途上でまた会えたら、いいね」

「そうだね」


 ミーシャは倉庫を後にする。

 オットーは特に彼女のことを気にするでもなく、自らの作業に没頭し続けた。


「きゅきゅきゅー」


 生暖かい目で、シリンがオットーを見守っている。

 この仔竜のほうが、よほどオットーよりも恋愛の機敏に敏いようであった。


 数日後、〈ライトフライヤー〉の修繕と改造は終わった。

 傷だらけになっていた部分は新品に張替えられて、両翼には荷物入れがしっかりと固定され、シリンのための座席も追加されている。

 少し重くなってしまったが、必要な犠牲だ。


 生活用品や工具類を、左右のバランスを整えながら荷物入れに詰め込む。

 あとはテスト飛行をすれば、旅立つ準備は完了だ。


「シリン、ちょっと飛ぼうか」

「きゅいっ!」


 彼は大通りへと機体を引っ張り出した。

 ロングシュタットの住民たちが、オットーが飛ぶ様子をひと目見ようと押し寄せる。

 住民たちにとってみれば、彼の人気が高いのは当然だ。

 街を守ったのみならず、嫌われている統治者にトドメを刺したのだから。


 ……フランツ・ロングの統治は悪くないが、良くもない。

 一方で、今代の国王は聡明で素晴らしい統治を敷いているという噂だ。

 ロングシュタットが国王の直轄領になることを、住民は諸手を挙げて歓迎した。


 なんとか住民を下がらせ、スペースを作ってオットーが離陸する。

 自由に空を飛び回る彼のことを、大勢の人間が目で追っている。

 子供も大人も、みな笑顔だ。


 空を飛べると主張したオットーが小馬鹿にされていたのは、そう昔でもない。

 短時間のうちに、彼はこれほどまでに周囲の評価を変えてみせた。


 オットーはテストを終えて、街の大通りに着陸した。

 それを住民たちが歓声と共に迎え入れる。

 ……人間の偉業は、ときに他人へ夢を与えることができる。

 そうしたことを成し遂げた人間を”英雄(ヒーロー)”と呼ぶのだ。


 そしてオットーは、間違いなく英雄であった。

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