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大空への助走


 ドラゴンの卵を盗む依頼は、街の東側にある山岳地帯が舞台だ。

 そして、グライダーを飛ばす上では山岳地帯よりも適した場所はない。

 何故かといえば、風が山を乗り越える時に強い”上昇気流”を作るからだ。

 そういう上昇気流があれば、動力がなくても高度を上げることができる。


 鳥が羽ばたかないままぐるぐる回っているのを見たことがあるだろうか?

 あれが上昇気流(サーマル)に乗っているときの動きだ。

 もし意識したことがないなら、見てみるといい。

 羽ばたかず高度を上げていくところが確認できるはずだ。


 もちろん、強い上昇気流があるということは強い下降気流もあるのだが。


(経験でなんとかできる)


 最初に作った試作グライダー〈リリエンタールⅠ〉を、オットーは何回も山岳地帯で飛ばしているので、山の気流についてはいくらか経験がある。

 ちょっと風が強すぎて空中分解したりした経験もあるが。

 今の〈リリエンタールⅡ〉は強度を改善してある。

 大丈夫だろう、と彼は思っている。


「塔でのお披露目はクソオヤジに邪魔されたけど、今度こそ飛ぼうな、〈リリエンタールⅡ〉。お前が本当はいくらでも飛べるってことを、僕はちゃんと知ってる」


 彼は〈リリエンタールⅡ〉を折りたたみ、ベルトで背中に背負った。

 折りたたみ機構ですこし重量は増しているが、歩いて持ち運ぶときに便利だ。


「さて、ドラゴンの巣がある場所は……」



- - -



 オットー・ライトは、無事に竜の巣のある崖下までたどり着いた。

 竜がいるおかげで付近には魔物がいないので、ここまでは安全だった。

 あとは竜の居ないタイミングを狙い、卵を盗んで飛び立つだけだ。


 キャンプを張ったオットーが、近くでガサガサという物音を聞いた。

 彼は護身用の剣を抜く。


「ま、待って。敵じゃない。私だよ、ミーシャだよ」


 乗っていた馬から降りて、ミーシャが言った。


「……こんなところで、何してるの?」

「だって、新人が死ぬのを見逃したら目覚めが悪いでしょ?」


 呆れたようなオットーの様子にもめげず、ミーシャは説得をしようとした。


「その背中に背負ったやつで飛べるって? 私にはそうは思えないけど」

「折りたたんでるからね。……点検も兼ねて、一度広げて見せてあげるよ」

「いや、そういうのじゃなくて……あれ? なんか意外と凄いねそれ」


 オットーは軽量な魔法金属で作られた翼の蝶番(ヒンジ)を広げ、翼を展開した。

 鳥の翼にも似た、一枚の巨大な主翼が出来上がる。


「でしょ? 精魂込めて作ったからね。材料も選び抜いて、良いやつを使ってるし」


 冷遇されていたとはいえ、そこそこ名門なロング家の跡取り息子オットーには資金力があった。商人のベルガーおじさんからもかなりの融資を受けている。

 ……彼の研究に将来性を感じていない父フランツがオットーを追放するのは、ある意味で当然ではあった。


「ここまで来るのは大変だったんだ。聞いてほしい」


 オットーは早口で語った。

 ものすごい早口で語り続けた。

 もはや聞き取れないぐらいの速度で彼は一方的に語った。


「まず風洞で翼型の研究をするところから初めたんだけど、上手く揚力を生むような翼が出来たと思っても大きさを変えると上手く行かなかったりして、どうやら大きさによって実質的な空気の粘性が……」


 狂気的な情熱の産物である。


「う、うん……よくわからないけど、すごいんだね……」


 当然、まったく理解できなかったミーシャが、ドン引きしながら言った。


「でも、常識的に考えて、人間が飛べるわけ無いし……」

「……なら、僕が常識を変えてみせる。人間は空を飛べるんだ」

「ねえ。キミ、何でそんなに空を飛びたがるの?」

「逆に、何で空を飛びたがらないわけ? 僕はその方が不思議だけど」


 でも、そうだな、とオットーは考えて答えを出した。


「……たぶん、貴族の世界が窮屈だったんだ。魔法の強さが全て、地位が全て、みたいな世界がさ。そんな狭い世界を抜け出して、広い空へ自由に飛んで行きたかったんだ」


 オットーが青い大空を眺めた。白い雲がぽつぽつと湧き上がっている。


「参ったな。キミを止めなきゃいけないのに、なんだか応援したくなってきた」


 そのとき、竜の巣から巨大な影が飛び出した。

 全身を鱗に覆われた竜が、急降下しながら速度をつける。

 オットーたちのすぐ頭上で上昇に転じ、余波で巨大な突風が巻き起こる。


「……あっ!?」


 その風で、軽量なグライダーが吹き飛ばされた。

 宙を舞い、地面へまっさかさまに落ちる……寸前で、ミーシャが飛び込んでいく。

 彼女は地面を滑りながら、何とかグライダーに傷が付かないように受け止めた。


「気をつけなよ。大事な物なんでしょ?」

「う、うん。ありがとう。傷はない?」

「大丈夫。きっちり受け止めたよ」

「そうじゃなくて。ミーシャ、怪我してない? 血が出てるよ」

「……ははっ。この程度、傷のうちに入らないよ。冒険者だよ、私。D級だけど」


 ミーシャは静かにグライダーを地面に置いて、オットーの肩を叩いた。


「行ってきなよ。私の常識を変えてほしい。……いい趣味してるよ、キミ」


 あっけに取られた様子で、オットーがミーシャのことを見た。


(魔法学園の同級生にどれだけ話しても、くだらない趣味としか思われなかったのに)


 もとが根無し草の冒険者のほうが、こういうところでは発想が自由なのだろう。


(……冒険者か)


 もしかしたら、自分は居るべき場所を見つけたのかもしれない、とオットーは思った。

 どんな鳥も、永遠に飛び続けることはできない。降り立つべき場所が必要だ。

 彼にとってのその場所は、冒険者ギルドなのかもしれない。


(悪くない。もし、僕がもっと空を自由に飛べるようになったなら。冒険者として、世界を回ろう)


 オットーは決意して、グライダーを再び点検し、畳んだ。


「行ってくるよ、ミーシャ」

「うん。頑張りなよ」


 彼は崖を登り、竜の巣へ向かう。


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