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通路の決闘


 大穴の出口への通路に飛び込む寸前、オットーは僅かな違和感を感じた。

 風が波打っている。なにか風の流れを遮る障害物がなければ、そうはならない。

 不思議に思いながら、彼は高度を下げて狭い通路へ入る。


「……っ!」


 〈大空の支配者〉という才能(タレント)には、風を読む力がある。

 通路を飛んでくる真空の刃があれば、例え目に見えなくとも、彼は気付く。

 ゆえに、逆光を受けて通路の先に立つ人影が魔法を放ったことは分かった。


「きゅいっ!?」


 だが、もう通路に入ってしまった。わずかな上下動でしか回避できない。

 そして、飛んでくる真空の刃は縦向きで、まったく回避の余地がない。


 あまりの事態に、オットーの思考は追いつかなかった。

 ……だが、真空の刃はわずかに下へと狙いが外れている。

 天井ぎりぎりまで張り付くように飛ぶと、なんとか回避することができた。


(……フランツッ! あのクソオヤジッ!)


 オットーの思考が追いつく。命の危機を受けて脳内物質が激しく放出される。

 彼の感覚は研ぎ澄まされ、色が失われた世界でゆっくりと時が流れる。


 フランツの持つ杖には矢が突き刺さっていた。

 ミーシャだ。ミーシャからの援護が、反応できない必殺の一撃目を逸らした。


(……臆病な人間が、貴族に弓を引けるはずがない。勇敢じゃないか、ミーシャ)


 逆光の中に立つフランツが、二発目の真空刃を放つ。

 〈ヴァキュイティブレード〉。不可視の高威力かつ高速な魔法。

 その欠点は誘導が効かないことだ。


「〈デフレクト〉!」


 全力で風を操り、軌道を曲げる。

 真空刃が壁にぶつかり、激しい土埃を巻き上げる。

 視界が塞がれた。だが、風は読める。


「〈エアブラスター〉!」

「〈ヴァキュイティブレード〉!」


 二つの風魔法が交錯する。

 風を頼りに正確な攻撃を放ったオットーと違い、フランツは煙で狙いが乱れた。

 圧縮空気の塊がフランツへ命中する一方、真空刃は地面にぶつかる。

 その衝撃で、地面を埋め尽くす魔物の死体が跳ね上がった。


(あ)


 オットーの進路を塞ぐように、至近距離で虫の死骸が跳ね上がる。

 それは通路を全く埋め尽くした。

 今回こそ本当に、どうやっても回避は不可能だ。


「……きゅうっ!」


 かわりに、シリンが本能で動いた。

 彼が激しく魔力を放つ。

 それは衝撃波となって魔物を吹き飛ばし、オットーの通れる道を開けた。


「助かった!」

「きゅい!」


 オットーとフランツの距離が、急速に縮まっていく。

 〈エアブラスター〉を受けてよろめいたフランツの背中に弓矢が刺さった。

 にも関わらず、ミーシャの方を振り向くこともせず、フランツは杖を掲げる。

 その瞳がぎらついた。確かな狂気があった。


(……哀れな人だ)


 オットーは、直感で父の使う魔法を悟った。

 〈ダウンバースト〉。それで、彼を地面に叩き落とすつもりでいる。

 〈リリエンタールⅡ〉のデモフライトを行っていたオットーを叩き落とした、激しい下降気流を生み出す魔法だ。


 〈大空の支配者〉であるオットーは、脳内で瞬時に風の動きを読めた。

 下降気流を生み出しても、この通路という狭い密閉空間では、下へ行きようがない。

 空気が通路から両方の出口へ向かって押し出されるような形になる。

 ほんの一瞬だけ下降気流で揚力を失うが、そのあとには激しい追い風が来る。


「……地に落ちろ、オットー! お前は、いつでも目障りだった……!」

「引きずり落とそうとしても無駄だ! 空こそが、僕の生きる場所なんだ!」

「黙れッ! 〈ダウンバースト〉!」


 オットーは”フレア”をかけた。

 本来ならば、着陸寸前に翼を上に向け、落下の勢いを和らげつつ速度を下げる動きだ。

 だが、〈ダウンバースト〉の地面へ叩きつける力に逆らうこともできる。


 すさまじい風が吹き、オットーを地面に引きずり込む。

 まるで突然に重力が増したかのような調子だ。

 だが、それほどの風を受けても、オットーはなお落ちずに空を飛んでいた。


 通路の下へ押し付けられて潰された風が、必然的に通路の中から押し出される。

 激しい風が、出口へと向けてオットーを吹き飛ばす。


「〈デフレクト〉」


 操縦と体重移動と魔法による風の操作。

 身につけた全ての技術を総動員して、オットーは風を受けた。

 急速に速度を増して、無防備なフランツへと襲いかかる。


「馬鹿な……何故! 何故ッ……!」

「……よりにもよって僕を相手に、風の勝負を挑むからだよ!」


 オットーはすれ違いざまに蹴りを放った。

 フランツの頭につま先が命中し、その意識を刈り取る。

 地面に倒れたフランツを越えて、彼は大穴に出た。


「……抜けたっ!」

「きゅいーっ!」


 オットーは夏の明るい日差しを受けた。

 押し出された風が大穴の中を駆け上がる勢いに乗り、一気に空高く舞い上がる。


(フランツの捕縛は……ミーシャに任せても大丈夫かな)


 彼はゆるやかに空を渡り、眼下の景色を眺めた。

 大穴のある枯野を囲むような盆地。リントヴルムのいた山脈。

 オットーの瞳が大地を辿り、ロングシュタットを通り過ぎた。

 その先にある王都も越えて、水蒸気で霞む農地の彼方へと、彼の視線は向かう。


 心残りはもうない。

 どこへだって飛んでいける。


 真の意味で、オットーは自由だ。


「追放万歳」


 彼は小さく呟いて、魔法の翼を生やし、空を飛んだ。



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