追い詰められた男(フランツ視点)
「どういうことだ!?」
報告を聞いて、フランツ・ロングは声を荒げた。
ベルガーの死体も、オットーの死体もなく、卵の殻が割れていた。
混乱したフランツは自ら現場に戻ったが、確かに報告の通りだ。
生きているはずがない。確かに殺した。
だが、仮に生きていたとしたら……極めて優秀な実の子供を追放した末に自ら殺そうとした、という事実が国王にでもバレてしまったら。
フランツ・ロングの人生は終わりだ。
「探せ! 今すぐだ!」
部下に命令を出し、フランツはベルガーの倉庫に向かった。
扉を魔法で切り刻み、蹴り倒して侵入した先には、あるはずの機体がない。
高確率でオットーも生きていて、既に持ち出した後だということになる。
「……どうしてだ! どうしてオットーまで生きている!?」
フランツは頭を抱えて、次善の策を必死に考える。
だが、選択肢は一つだ。もう一度、殺す。それでも死ななければ、死ぬまで殺す。
フランツは異様な眼光をぎらつかせ、街中を徘徊して住民を尋問した。
殺気に震え上がった人々が、オットーたちは機体を持って街から出たと証言する。
「山か……なっ! あれは!」
王都へと向けて、一匹の竜が飛び去っていく姿が見えた。
上にベルガーが乗っている。
ギリッ、とフランツは歯を噛み締めた。
長い付き合いの友人であったベルガーに裏切られた、と彼は思っているのだ。
「……まだだ。王都へ話が行ったとしても……オットーが自然な要因で死んでいたという証拠を捏造すれば……」
今すぐにオットーを捕まえて、事故か何かで死んだように見せかければいい。
それが唯一の手段だ。
フランツは部下に馬を持ってこさせて、門から山の方へと向かった。
竜が飛んでいったことで、オットーの居場所は洞窟だろうと推測がつく。
踏み均された獣道を彼は進む。
前日に馬を酷使したせいで、彼の乗る馬は既に疲れ切っていて、速度が遅い。
それでも徒歩よりマシだともたもた進む。
……そうしてまごついている間にオットーは仮眠から目を覚まし飛び立ったのだが、もちろんそれをフランツが知るはずもない。
進んでいるうちに、フランツは逃げてくる冒険者に道を塞がれた。
「なんだ! 何があった! 説明しろ!」
フランツに怒鳴りつけられた冒険者たちが、ダンジョンから魔物が溢れた、と言った。
「……ぐ、こんな時に限って……いや、利用できる、か?」
気味の悪い笑みを浮かべたフランツが、冒険者たちを押しのけて進む。
やがて、彼は〈ローカスト〉の群れを相手に時間を稼ぐ〈ミノアス〉を見つけた。
「な、なんだ!? 領主様の援軍ってか!? 手を貸してくれ!」
「ハッ、断る! 冒険者風情と共闘などご免だ!」
「……じゃあ何しにきたんだよ!」
「オットーはどこだ!」
問われたミノアは、やや上ずった声色で「知らねえ」と答えた。
あからさまな嘘だ。ミノアはオットーの姿を見た、ということだ。
「……なるほど」
おそらく既に飛び立っている。
もしも別の街へと逃げていたならば、捕まえるのは不可能だ。
だが、オットーはミノアと会っている。
ダンジョンから魔物が溢れているのを知っているならば……。
(いつだって、お前は現実が見えていないのだ、オットー。お前ならば、単身でダンジョンに向かってもおかしくない)
フランツは馬を走らせ、〈ローカスト〉を迂回した。
「あ、おい、この野郎! どこ行きやがる!」
「黙れ! それが貴族に対する口の聞き方か!?」
フランツは大きく回り込み、ダンジョンへと向かう。
(だが、単身でダンジョンを攻略できるはずがない。……才能のレベルを530まで上げた私ですら不可能なのだ。どうせ、中で死んでいるに違いない)
体力の限界を迎えて潰れた馬を放置して、フランツは大穴へと歩いた。
入り口の手前に立つ冒険者の女性を無視して、螺旋状になった道で大穴へと降りる。
「〈ヴァキュイティブレード〉」
道中にいた不気味な虫の魔物を、彼は真空の刃で吹き飛ばした。
貴族の中でも、威力だけならば上位に位置する魔法だ。
(私はもっと評価されるべきだった。……ロングシュタットだけに留まらず、周辺の領地も私に与えられるべきだった。私は優秀な魔法使いだ! なのに!)
だが、フランツの魔法には、貴族として決定的な欠陥があった。
どれも不可視の魔法で、目立たないのだ。ゆえに、他人から評価されにくい。
(分かっている。地に足を着けて生きるべきだ。父からも父の父からも、そう口を酸っぱくして聞かされてきた。だが……だが、私は優秀な魔法使いのはずなんだ……!)
その欠陥は、フランツの人格を歪めた。
若いうちならば、カールのように修正することも可能だったろう。
だが、彼は歪んだ人格に入った無数のヒビへとマグマのような渇望を溜め込んだまま、長い時を過ごしてきた。
もはや、フランツという男は歪んだ姿のまま冷えて固まっている。
修正は不可能だ。
(……数が多すぎる。ここから先に進むのは無理だ。魔物の死体もない……まさか、オットーはダンジョンに来ていないのか?)
彼は足を止めた。
……その瞬間、不思議なことが起きた。
ダンジョンにうごめく魔物が一斉に弱り、動きを止めていく。
ダンジョンコアが壊され、ダンジョンが踏破された証だ。
「は?」
フランツは呆然と呟いた。
そんなはずがない。
単身でダンジョンを踏破するなど、よほどの英雄か化け物でなければ不可能なのだ。
ありえない事柄のはずなのだ。しかし、確かにそれは起きてしまった。
「この私でも……この私でも出来ないことだ。何故、お前が……」
まさか、空を飛んで道中の敵を全て無視したとでもいうのか?
フランツが怒りに身を任せ、大穴を底へと下った。
ダンジョンを攻略できるほど、オットーは強いのか?
そんな疑問が、彼の頭を埋めつくす。
だとしたら、オットーは彼よりもよほど……。
「そんなはずがない! 私よりもお前のほうが、優秀な魔法使いであるはずがない!」
フランツ・ロングは杖を構え、狭い通路の中央で仁王立ちした。
ダンジョンの奥から帰ってくる時に、オットーは必ずこの通路を通る。
「……勝つのは私だ。お前を殺し、何とか私の身だけは守ってみせる……」
狂気に染まった瞳で、フランツ・ロングが虚空を睨む。
どこにも逃げ場所はない。オットーがここへ入ったあと引き返すのは不可能だ。
だが同時に、二十秒もあればオットーはこの通路を通り過ぎる。
……勝負は一瞬。予め構えているフランツが圧倒的優位。
しかもフランツの操る魔法は不可視の真空刃だ。
(負けるはずがない……私が負けるはずは、無いのだ……!)
そして、翼が風を切る音が聞こえてきた。




