超高速ダンジョン踏破
「うわ、狭すぎる……」
「きゅー……」
大穴を降下しきって、いくらか狭まった通路を飛んでいるオットーが、思わず言った。
しかも、通路を魔物が埋め尽くしている。虫みたいな気味の悪い造形の魔物が多い。
当然、オットーは魔物たちのぎりぎり上を飛ぶ羽目になった。
すぐ下で魔物が四肢や触手を振り回している。捕まれば即死だ。
きゅう、とシリンが不安げな声を絞り出す。
しかも、狭い通路の中を飛んでいることで”地面効果”が強まり、揚力の増した機体が勝手に持ち上がり天井へぶつかろうとするのを、オットーはなんとか押さえた。
〈大空の支配者〉を覚醒させていなければ、あるいは風を読みきれず、ぶつかって死んでいたかもしれない。
(〈セレスティアルウィング〉で速度を上げたいけど)
それは不可能だ。狭すぎて、〈セレスティアルウィング〉は収まらない。
あの魔法の翼は、〈ライトフライヤー〉と比べても数倍以上の大きさだ。
この通路で展開すれば、壁につかえてしまう。
オットーは我慢して、狭い通路の中央を飛ぶことに集中する。
ぐんっ、と景色が開ける。澄んだ色の巨大な地底湖があった。
「よし!」
「きゅー!」
狭所を抜けた開放感を感じながら、高度を上げる。
水中を、いかにも人を食いそうな凶悪な魔物が泳いでいた。
湖の周囲の陸地は狭く、そこにも魔物が蠢いている。
まっとうに攻略しようと思えば、きっとものすごい労力が必要なはずだ。
が、オットーは湖の上空を悠々と飛び、一切の攻撃を受けず突っ切った。
ほとんど反則な速度での攻略だ。
もしもまっとうにダンジョンを攻略している冒険者がこれを見れば卒倒しかねない。
進んでいくと、激しい水音が聞こえてくる。
急流だ。その風への影響を補正しつつ、オットーは川を下る。
数匹の〈ローカスト〉が川を登っていた。瞬く間に背後へ消える。
下っていくにつれて測度が増して、風切り音が甲高くなっていく。
風で勝手に閉じようとするまぶたに力を込めて、オットーは前方を睨んだ。
地中に消えていく川の横に、びっしりと卵の生えたドーム状の空間がある。
そこに肥え太った巨大な蝗のような魔物が鎮座していた。
〈ローカスト〉の親玉だ。リントヴルムよりもさらに大きい。
「〈セレスティアルウィング〉……うわっ!?」
ボスを両断しようとした彼の目前で、壁面の卵が一斉に孵化した。
〈ローカスト〉だ。地上にいたものと比べて小さい。生まれたてだ。
しかも、その全てが空を飛んでいる。
小さな〈ローカスト〉を、オットーは魔法の翼で切ろうとする。
だが、その一撃は上下にかわされた。
……小さく軽いせいで、むしろ飛行能力は増している。
「まずいな、相性が悪いぞ……!」
「きゅう……」
それからしばらく、戦いは硬直した。
小型の〈ローカスト〉が道を遮っているせいで、巨大〈ローカスト〉を攻撃できない。
だが小型〈ローカスト〉を攻撃しようと思っても、魔法の翼はかわされる。
〈エアブラスター〉が当たれば撃墜できるが、これで撃墜していくには数が多すぎた。
「くそっ、キリがないな」
延々と回避され続けているうちに、オットーに疲労が蓄積した。
空を飛んでいれば勝手に魔力が補充されるとはいえ、〈セレスティアルウィング〉の消費はそれよりも遥かに激しい。
このままいけば、帰るための魔力がなくなる。
洞窟の中には、当然だが、上昇気流がない。
〈セレスティアルウィング〉でなければ高度は上げられないのだ。
オットーは〈デフレクト〉で小型ローカストを無理やり集めて攻撃できないか試したが、効果はいまいちだった。
操る風の範囲が狭く、せいぜい数匹を倒せる程度だ。
相手は文字通り無数にいる。
「ぐ……魔力がない……」
戦況は険しい。
いったん距離を取ろうとしたオットーを、無数の小型〈ローカスト〉が追ってくる。
「……こいつらの知能なら、このまま引きはがせるか?」
オットーは川を引き返した。まだまだ小型の〈ローカスト〉が追ってくる。
遠くで巨大〈ローカスト〉が孤立しているのを、オットーは確認した。
この魔物は強いが、所詮は虫だ。頭のいい相手ではない。
十分に引き剥がしたところで、彼は鋭くUターンした。
「〈セレスティアルウィング〉!」
蚊柱のように密集している小型〈ローカスト〉の間を突き抜ける。
そして、全速力でボスを一閃。
前から後ろまで、きっちりと両断する。
「……やった!」
「きゅいっ!」
ごうん、と凄まじい地響きを立てながらボスが倒れていく。
両断されたボスの断面に、魔石のような巨大な核が見えた。
これを〈セレスティアルウィング〉で両断する。
ダンジョンのコアが砕け散り、周囲の魔物が目に見えて動きを鈍らせる。
ダンジョンの魔物は、ダンジョンのコアと繋がっている。
コアを壊せば、魔物の活動も停止するのだ。
(あっさり終わったなあ。飛べる空間さえあれば、ダンジョンでもこんなものか)
いや、僕だけの力じゃないな、とオットーは思い直した。
これが上手くいったのは偵察のおかげだ。
あらかじめ道を知っていなければ、流石にダンジョンへは飛び込めない。
魔物を無視して進めたのも、遠距離攻撃してくる敵がいないと知っていたからだ。
「じゃ、帰ろうか」
「きゅ!」




