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ダンジョンへ


 風に乗ったざわめきを感じ取り、オットーはふいに目を覚ました。

 血の臭いがする。洞窟の外形で切り取られた夕焼け時の空は、不吉なほど赤い。

 銀色の子竜シリンが、崖際から遠くを眺めている。


「何かあったのか……?」

「きゅ」


 シリンが伸ばした前足の方向に、逃げてくる冒険者たちが見える。

 迷宮から街の方向への敗走。何かに追われているのか。


「……まさか、また〈ローカスト〉が?」


 既にダンジョンから魔物が溢れたのだとしたら、とんでもなく危険な場所だ。

 封印されていたのも頷ける。


 オットーはすぐさま〈ライトフライヤー〉を点検した。

 前日の戦いで負った傷の応急処置はしてあるが、だいぶボロボロだ。

 ……それに、ここで助けに入れば、かなり目立つ。

 フランツに居場所を知られることになるだろう。


(構わない。もう一度殺しに来るようなら、今度こそ迎え撃ってやる)


 オットーは決意して、〈ライトフライヤー〉の主翼下から垂れるベルトを体に通し、三角形の持ち手を掴む。


「きゅ!」

「駄目だ。危ないから連れていけない。これから僕は戦うんだよ」

「……きゅっ!」


 シリンがオットーへと回復魔法を放った。極めて強力だ。

 必死に翼を広げて魔法をアピールしたあと、子竜は勝手に機体の主翼上に掴まった。


「……そんなとこに掴まってたら、落ちるよ。仕方ないな……」


 オットーはシリンを腹に抱えるような形で固定する。

 大型犬を腹に抱えているようなもので、だいぶ動きにくい。

 だが、無理やり翼に掴まられるよりはマシだ。


「行くよ、シリン!」

「きゅい!」


 助走をつけて崖から飛び降り、〈セレスティアルウィング〉で急上昇する。

 三十度近い急角度でも、まだ機体が加速していく。

 〈大空の支配者〉の覚醒と魔力の出力増大が合わさり、今のオットーは無茶に思える機動ですら実行可能だった。


「おい皆、見ろ! 空にオットーが居るぞ!」

「助けてくれーっ! ダンジョンから魔物が溢れてるーっ!」


 冒険者たちからの叫びに応え、オットーはダンジョンの方へと向かう。

 逃げる冒険者たちの最後尾で、〈ミノアス〉が敵を食い止めていた。

 昨日ほどの数ではないが、〈ローカスト〉の群れが地面を行進している。


「オレたちはいい!」


 大斧を振るって次々と〈ローカスト〉を討ち取っているミノアが、空へ叫ぶ。


「今がチャンスだ! 魔物が外に出てる! ダンジョン内部の敵が少ない!」

「……え?」

「ダンジョンコアをやってくれッ!」

「無茶言わないでよ!? ダンジョンの中じゃ飛べないから、僕そんな強くないって!」

「安心しろ! 行けばわかる、ミーシャに聞け!」


 〈ミノアス〉の面々は、数十倍近い数を見事に捌いている。

 後衛の魔法使いや弓士との位置関係も完璧だし、前衛のミノアとリアンは華麗に位置を入れ替えながら熟練の連携を見せている。

 全体の統率に集中していた昨日よりも、はるかに攻撃が鋭い。


(……これがS級冒険者の本領か。崩れる心配はないな)


 ならば、とオットーはダンジョンの方へ向かう。

 毎日のようにこれが起きるというのならば、一刻も早くダンジョンコアを破壊し、ダンジョンを無力化しなければいけない。

 〈ローカスト〉の群れを通り過ぎ、枯野に空いた大穴のそばで着地した。


「ミーシャ。ミノアに言われて来たんだけど」

「来てくれたんだ、オットーくん! これを見て!」


 彼女は一枚の紙を手渡した。


「ダンジョン内部の地図だよ。このダンジョンはすごく広いんだ。きっと、キミなら最奥まで飛んでいけると思う。遠距離攻撃してくる魔物はいなかったから」


 よくできた三次元的な地図が描かれている。

 開口部の広い大穴から入り、狭くなった通路を飛ぶ。

 そこから巨大な地下湖を渡り、地下河川の急流を下り、その先にボスがいる。


 確かに、広い空間が多い。

 一度も接地せず、飛んだまま最奥まで向かうことは可能だろう。

 道中の敵を倒しながら進むよりもかえって安全かもしれない。


「どうやって調べたの、これ?」

「兄さんと……〈ミノアス〉の皆と一緒にね。途中からは、敵から逃げ隠れしながら私が一人で調べたんだけど」

「一人で? ……ミーシャって、D級冒険者じゃなかった?」

「まあね」


 ミーシャが自嘲するような笑みを浮かべた。


「私、すごい怖がりなんだよ。逃げることばっかり上手くなってさ。……本当に、逃げるのだけは上手いから……危険なところを調査するのは向いてるんだよ」

「昨日も一人で調査に出てたっけ。生まれついての斥候なんだね」

「そんなことない。ただ臆病なだけ。……キミから勇気を貰ってなければ、こんなこと出来てないよ」


 彼女はわずかに頬を染めた。


「キミが空を飛んだとき、なんだか……私も少しは夢見ていいのかなっていうか……なんでもない! 忘れてね!」


 ちょっと恥ずかしそうな様子で、ミーシャは言った。


「きゅきゅきゅー」


 何故かシリンがオットーへと生暖かい視線を向けている。


「……ところでそのドラゴン、リントヴルムの子供なの?」

「ああ、うん」

「きゅ……」


 オットーの子供です、とばかりにシリンが袖を引っ張った。


「竜に子供を託されるなんて、昔の英雄みたいだね。やっぱり、キミはすごいな」


 ミーシャがオットーに熱い視線を向けた。

 ……が、彼女は自ら首を振り、一歩下がった。


「ボスの空間も広かったから、十分に飛べると思う。正攻法だとかなりの高難度ダンジョンだけど、空を飛んでる魔物はどこにも居なかったから、キミなら……」

「分かった。頑張ってみるよ」


 オットーは助走をつけて、大穴へと飛び込んだ。


「キミなら絶対に勝てるよ! 信じてる!」


 その声に答えるようにオットーは翼を振って、鋭く大穴へと潜っていく。


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