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一時の休息


 オットーたちは街を出て、リントヴルムのいる山へと向かった。

 ひとまず隠れ場所として彼の洞窟を目指すことにしたのだ。


 途中、オットーは倉庫に寄り、グライダー二機と工具や予備部品類を運び出している。

 古い方の〈リリエンタールⅡ〉を背中に背負いつつ、〈ライトフライヤー〉の方はベルガーの手を借りて運んだ。

 かなり目立ってしまったが、どうせ生きていることはバレるのだ。


「これからどうする?」

「私は……ひとまず山で夜を明かして、王都へ向かおうと思う。知り合いを通じて、今回の件を国王に報告する。誰かが罪を暴かなければ」


 その通りだ、とオットーは思った。

 ……復讐に興味はない彼とはいえ、さすがに腸が煮えくり返っている。

 せめて最低でも何かしらの報いを受けさせなければ、気持ちが晴れない。


「でも、危険すぎるよ。待ち伏せされるんじゃないかな」

「だが、君を行かせるわけにはいかないだろう?」


 ベルガーはオットーのことを見た。


「君なら一人で国王の元に向かえるが、もう君の噂は王都にも届いているはずだ。国王が君のことを放っておかないはずだよ」

「……確かに」

「名誉公爵あたりの高位宮廷貴族にされて、翼竜(ワイバーン)騎士団の騎士に任命されるとか……普通なら嬉しい話だけど、君は嫌だよね」

「絶対に嫌だ。僕は自由に飛びたい」

「なら、私が行くしかない。大丈夫だよ、手はあるから」

 

 その時、上空を巨大な影が横切った。


「きゅー!」

「んんっ!?」


 シリンの鳴き声に反応して、リントヴルムが短く咆哮する。


「産まれたか! ついに産まれたか! よし!」


 どがんと地面に突っ込んできたリントヴルムが、オットーの片腕に抱かれたシリンに顔を近づけた。


「おお! おおおおおっ! ……我が仔でないのが惜しい! 今からでも、お前に卵をあげたのが無かったことにならないだろうか!?」

「今更!? ……シリンがいいなら、リントヴルムが育ててもいいと思うけど」

「きゅっ!? きゅきゅー!」


 シリンが首を激しく振りながらオットーにしがみついた。


「あらら」

「そ、そんなに嫌か……」


 リントヴルムが思いっきり凹んでいる。

 そんな彼の前にベルガーが歩み出て、咳払いをした。


「ゴホン。竜よ! 提案がある! 私を王都の付近まで運んでくれないだろうか!?」


 彼の考えていた手とは、リントヴルムの協力を得ることだったらしい。


「む。……断る。無償で乗せてもよいのは、オットーだけだ」

「無償とは言わない。貴公の洞窟にはまだ卵が残っているはずだ。私を王都に運んでくれたなら、その卵を孵化させる手伝いをしよう。どうだ?」


 少し考えたあと、リントヴルムが首を縦に振った。


「いいだろう。取引成立だ、人間よ」


 ベルガーが拳を握りしめた。

 これで、フランツが何かをするより先に彼は王都へ向かうことができる。

 あとは然るべき場所に報告をすれば、フランツ・ロングは処罰されるだろう。


「今すぐに向かうのか?」

「そうしてほしい」

「了解した。ならば、乗るがよい」


 早速、リントヴルムがベルガーを乗せて飛び立った。


「きゅー!」


 シリンが腕から飛び降りて、前足を振って彼らを見送る。

 それから子竜はオットーの腕に戻ろうとしたが、ベルガーが居なくなったことでオットーの両手がグライダーの運搬のために塞がっているのを見ると、不満げにオットーの足にしがみついた。


「我慢してよ。洞窟までグライダーを運んだら、また抱いてあげるから」

「きゅ……」


 ……重いんだけどなあ、と彼はぼやいた。

 大型犬サイズのドラゴンは、そうやすやすと運べる相手ではない。


 オットーは、洞窟の真下に〈ライトフライヤー〉を置いたあと、背中に〈リリエンタールⅡ〉を背負ったまま崖を登って中に置いた。

 それから崖下に戻る。


 さすがに、〈ライトフライヤー〉を崖の上に運ぶのは無理だ。

 だが、いったん空を飛んだ後、洞窟の中に着陸することはできる。


「シリン。空を飛んでみる?」

「きゅーっ!」


 じたばた地面を跳ねながら、子竜が鳴いた。

 オットーはベルトを使い、自分の腹にシリンを固定する。


「きゅう」


 その固定が気に入らなかったのか、シリンは少しむすっとした調子で鳴いた。


「我慢してよ。落っこちたら大怪我なんだから」


 オットーは〈ライトフライヤー〉を背負い、助走をつけて飛んだ。

 いくらか重いが、〈セレスティアルウィング〉の加速があれば問題はない。


「……きゅっ!? きゅー、きゅー!」


 嫌がっていたシリンも、空に上った瞬間に機嫌を直した。

 両手足をばたつかせ、未完成な翼をばたばたさせている。


 オットーは風を読み、上昇気流に乗ってくるくる回った。

 彼は崖の中にある洞窟へと〈ライトフライヤー〉を運ぶためだけに飛び立ったはずなのだが、つい楽しくなって無駄に飛び回ってしまったのだ。


「きゅいー!」


 たっぷりとシリンを喜ばせたあとで、彼は洞窟へと着陸した。

 中には焚き火があり、卵が炎で熱されていた。

 だが、鍛冶屋の炉に比べて炎が弱く、温度が足りていないようだ。


 焚き火を囲み、街から持ってきた保存食を取り出す。


「……そういえば、生まれたばっかりの竜って、乳とかを飲むんだろうか? それとも離乳食みたいな……?」

「きゅ」


 心配と裏腹に、シリンは保存食のビーフジャーキーを噛み砕いて食べた。


「さすがドラゴンだな」

「きゅいー」


 シリンは自慢げに鳴き、洞窟の中を走り回った。

 とても生まれたばかりとは思えない敏捷性だ。

 ……元気に走り回っていたシリンの動きがいきなり鈍くなった。

 大きく欠伸をして、オットーの足元で丸くなって眠る。


(かわいいな……)


 一息ついて、オットーは〈ライトフライヤー〉の設計図を広げた。

 旅の荷物を翼に吊るための容器をデザインしておく必要がある。

 それさえできれば、旅立つ準備は完了である。


(やっぱり、流線型の容器がよさそうだな。前後にすごい細長くなった卵みたいな設計でいいか。魔法金属で作った翼の(スパー)に固定具を作るとして……)


 シリンの柔らかい羽毛を撫でつつ、設計を進める。


(こんなとこか。材料さえあれば、半日かからず作れるな)


 この荷物入れさえ作ってしまえば、旅立つ準備は完了だ。


(……でも、このまま旅立ってもいいんだろうか?)


 洞窟で焚き火の炎を眺めていると、オットーの内から怒りが湧き上がってきた。

 フランツ・ロングは、自らの利益のために彼とベルガーを殺そうとした。

 いや、殺した、と言っても間違いのない状況だった。


(……わざわざ関わることなんてないか。復讐したくないといえば嘘になるけど、自分からあんなやつの前に出ていって僕まで同レベルに落ちる必要はない……)


 だが、もしも直接対決の機会があれば、躊躇なく殺す気で攻撃できる。

 それだけは間違いがない。


(ベルガーおじさんが王に報告したら、すぐに処罰が下るはずだ。旅立つのは、その様子を見届けてからにしようか)


 オットーはそう決めて、洞窟の壁に背中を預け、シリンと共に仮眠を取った。


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