採集依頼:〈ドラゴンの卵を盗み出してほしい〉
追放されたオットーは、グライダーの残骸を抱えて街へ戻った。
彼が知り合いから借りている空き倉庫に戻し、さっそく修復を開始する。
「すぐに治してやるからな……」
壊れることに備えて予備のパーツは用意してある。
折れた木材を取り替え、薄布を張り直し、操縦用のワイヤーを張った。
てきぱきと、熟練した手際での修復だ。
直すことに慣れるぐらい、グライダーはしょっちゅう壊れている。
「おい、オットーくん! 聞いたぞ、家から追放されたんだって?」
心配した様子のおじさんが倉庫に現れた。
彼はベルガー。ロング家に出入りしている商人だ。
「そうだね。これで毎日、飛行の研究に時間を使える」
「い、いやいや。君、まだ十五歳じゃないか。ちゃんと親と和解して、学園に戻りな?」
「学園って言ったって、無理やり魔法を覚えさせるための場所じゃないか。まともに勉強を教えてもらった覚えがないよ」
オットーの通っていた魔法学園は、ひたすら実戦で魔法を鍛えるための場所だった。
歴史や数学なんかの授業もあったが、みんな疲れ切っていて、誰もまともに聞かない。
クラスの半分ぐらいが、体力を回復するために遠慮なく寝ていたぐらいだ。
「あんなところで暮らしても、魔法バカになるだけだし」
「そうは言ってもね、オットーくん。君、一人で生きていけるのかい?」
「前に作った高効率水車、特許は取れたんだよね? 生活費ぐらいにはなるんじゃ」
「……にしたって、特許収入が入るのはまだ先だよ」
ベルガーおじさんは、彼の発明を広めるために協力してくれた人だ。
風洞実験の設備やグライダーの試作にも金を出してくれた。
それでも、彼がロング家と関係なく生きていくのはまだ早いと思っている。
「じゃあ、どうにか仕事を見つけて稼ぐよ」
「君がどうしてもと言うなら、平民として生きるのを止めはしないけど……」
ベルガーおじさんは、オットーの肩を叩いた。
「絶対に、冒険者にだけはなっちゃ駄目だよ。稼げるかもしれないけど、危ないから」
「なるほど」
彼は頷いた。
- - -
「オットー。十五歳。男。人間。才能は〈大空の支配者〉、才能レベルは3。以上の内容で冒険者登録を行いますが、内容に間違いはありませんね?」
冒険者ギルドの受付嬢が、書類の内容を読み上げた。
オットーという男は、何かに縛りつけられるのが嫌いだ。
やるな、といえば、やる。へそ曲がりである。
「いや……一つ、訂正しておこうかな」
彼がペンを握った。
空欄になっている名字の欄へ、新たな名字を記す。
「オットー・ライト。それが僕の名前だ」
”ロング”と正反対の意味になる名字だ。
(思い付いた瞬間、なんとなく縁起がいい気がした)
彼はそういう直感を信じる人間だった。
「分かりました。では、ギルドカードを発行しますので、少々お時間を……」
そして、彼はF級の駆け出し冒険者になった。
さっそく依頼の集まる掲示板を眺める。
だが……最低ランクのF級では、ろくな依頼が受けられない。
「なら」
依頼の掲示板ではなく、討伐や採集の掲示板を眺めた。
こっちにも推奨ランクは記されているが、低ランクの冒険者が挑むのは自由だ。
なぜならば……依頼には依頼者がいて、失敗すれば困る人間がいる。
けれど討伐や採集は、失敗して死んだところで困るのは本人だけ。
だから、冒険者ギルドには最低ランク規制をする理由がない。
むしろ規制してはいけないんだ、と学園の教師が授業の中で言っていた。
A級やS級に相当するような強い冒険者は、無茶をさせなければ生まれないから、と。
オットーは別に、無茶をして強くなることには興味がない。
むしろ逆だ。彼のグライダーが生かせる採集依頼を探している。
山の急斜面を飛んで逃げれる彼にとって美味しい依頼が、きっと存在しているはず。
彼は街から遠くない山岳地帯の採取依頼を探した。
あまり数がない。やっと見つけた山岳地帯の採取依頼は、〈ドラゴンの卵を盗み出してほしい〉というものだった。
……少し、惹かれるものがあった。
(ドラゴンか……!)
オットーはドラゴンに興味があった。
あの重そうな体を飛ばすには、どう考えても翼の大きさが足りていない。
魔法にしたって、ドラゴンの体を浮かすぐらいの力を得るのは大変だろう。
じゃあ、ドラゴンはどうやって飛んでいるのか?
それが分かれば、飛行についての研究が一気に進む。
彼はそう思っているのだ。
「ちょ、ちょっと。やめときなよ」
明らかに心配している女冒険者が、オットーに話しかけてきた。
まだ若い。オットーよりは少し上、ぐらいの年だ。
「キミ新人でしょ? いくらランク制限がないからって、それは無茶だって。せめてほら、山岳地帯なら、そこの薬草洞窟での採集依頼とかさ。川が流れてる洞窟で、初心者でも川沿いを行けば迷子にならずたどり着けるからさ……」
「具体的に、どこが無茶なのか教えてほしい」
「何もかもが無茶だよ!? でっかいドラゴンの卵を抱えて、断崖絶壁にある巣から逃げなきゃ行けないんだからね!?」
「断崖絶壁? むしろ好条件だね」
「何言ってるの!? キミ頭は大丈夫!?」
女冒険者が彼の肩を掴んで揺すった。
「報酬の大金に釣られて、その依頼を受けた新人が出たばっかりなんだよ! 留守をついて卵を盗んだまではいいけど、崖を降りてる最中に見つかって丸焦げになった! ドラゴン相手だよ、せめて最低でも才能レベル50ぐらい、C級ぐらいの冒険者じゃなきゃ!」
「新人でも、卵を盗むところまでは行けたの?」
「そりゃ、あの巣のドラゴンはお嫁さんに逃げられてて、子育ての本能がないオス一匹だけになっちゃったから隙だらけで……って、いや変な気は起こさないでよ!?」
「行ける気がしてきた」
「ちょっとっ!?」
崖を降りるところまでは行けたんなら、卵のサイズや重さも大丈夫だろう。
(僕にうってつけの依頼だ)
改めて、じっくりと依頼を読む。
……妻が巣を去り、卵を育てる術を知らないオスのドラゴン一匹だけが残った巣から卵を盗み、かわりに孵化させてあげよう、という計画らしい。
竜が居なくなれば、魔物が大発生する可能性がある。それを防ぐためらしい。
(依頼者は……おっと。これはベルガーおじさんの依頼か)
直接会って詳しい事情を聞くのは、やめておいたほうが良さそうだ。
「よし。やるか」
「あっ、ちょっと!?」
彼は依頼を剥がして、受付に持っていった。
「すいません。この依頼を受けたいんですが」
「……それは採集の掲示板に貼られていたものですよね。討伐や採集の依頼は剥がさないでくださいね? 皆が見るためのものですから」
「あ、はい」
オットーは受付嬢に怒られてしまった。
「やめときなってば! そんなことも知らない新人がやるには無茶だって!」
「大丈夫。なんとかなる」
依頼を元の場所に戻しにいく。
「……ん? キミ、まさか」
相変わらず彼を説得していた冒険者が、いきなり黙った。
「オットーって人? あの、空が飛べるとかいう、ちょっと頭のおかしい……」
「その通り。頭のおかしい、は余計だけど」
「いやいや。常識的に考えて、人間が空を飛べるわけないでしょ?」
「まあ、見ててよ」
オットーは自信満々に笑い、ギルドを後にした。
「いや、辞めときなって!」
ギルドの外まで、お節介な冒険者がついてきた。
(どこまで来るんだろう? いっそこのまま竜の巣まで一緒に来てもらおうか?)
なんて思いながら、オットーが冒険者の名前とランクを尋ねた。
「私? 私はミーシャ。冴えないD級冒険者だよ」
彼女は自嘲気味に言った。あまり自信がないらしい。
「じゃ、ミーシャさん。一緒に竜の卵を奪おうか。よろしく」
「どうしてそうなったの!? ちゅ、忠告はしたからね! 骨ぐらいは拾って、ちゃんと名前入りの墓を立ててやるからね!?」
ミーシャは冒険者ギルドへと逃げていった。
(……冒険者か。ああいう人が居るなら、きっと悪い連中じゃないんだろう)