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異次元の強さ


 〈ライトフライヤー〉にぶら下がり、オットーは暗黒の森へ向かう。

 たまに一瞬だけ〈セレスティアルウィング〉で加速しつつ、滑空で距離を稼ぐ。


 そんな彼の元へ、巨大な竜が近づいてきた。


「オットーよ、背に乗れ。共に行くぞ。我が一人で人間たちのところに降りては、怖がられてしまうからな……」


 リントヴルムが、魔法で脳内に直接語りかけてくる。


「リントヴルムなら大丈夫だとは思うけどね。人を食ってるわけでもないし」

「だが、我のような竜は珍しいからな。……妻に”女々しすぎる! このメス竜が! それだけナヨナヨしていれば、卵を育てるぐらい出来るだろうよ!”と逃げられてしまったぐらいだ……他のオスは、みな我よりもっと強くて邪悪なのだよ……」

「た、大変だったんだね」


 空中でリントヴルムの背中に着地したオットーが、背中を撫でた。


(確かに、ドラゴンにしては戦闘力が低いよな……ハーピィ相手のときだって、僕とあんまり戦果が変わらなかったし)


 人間の中にも戦いに向かない性格の人はいるし、竜でもそれは同じなのだろう。

 ドラゴンが仲間になっているからといって、楽な戦いにはならなさそうだ。



 オットーを乗せたリントヴルムが羽ばたき、加速する。

 山脈を超えて、いよいよ前方に暗黒の森が見えてきた。


「うわ……!? 森が枯れてる!?」


 暗黒の森の中心部には、もはや木のあった痕跡すら残っていない。

 その地面を、ただ無数の枯れ葉が埋め尽くしているのみ。

 ……いや。あれは、枯れ葉ではない。枯れ葉は、あんなふうに蠢かない。


 枯れ葉色をした虫の群れが、地面の見えないぐらいに密集し、行進している。


 あの魔物の群れに、全てが食べつくされていく。背後には草の一本も残らない。

 森が削り取られて、不毛の大地へ変わってゆく。目に見えて分かるほどの速度だ。

 そして……あれが進む先には、ロングシュタットがある。

 食い止めることに失敗すれば、街すらも跡形なく食い尽くされてしまうだろう。


「な、なんだあの数!? どうすればいいんだ!?」

「我にもわからん! 燃やせば何とかなるのか!?」

「とりあえず、あそこの人と合流しよう!」


 魔物の行く先を塞ぐように、山の斜面へと集まっている人間がいる。

 リントヴルムとオットーはそこへ着陸した。


「だから! あの魔物は、過去に一国を滅ぼした記録があるんだ! かつて緑豊かだった国が、〈ローカスト〉に全てを食い尽くされて砂漠に変わったんだよ!」

「だとしても、我々ならば対処できる。魔法学園を、貴族をナメないで頂こう」


 S級の冒険者パーティ〈ミノアス〉と、魔法学園の教師たちが対立している。

 竜が降りてきたというのに、そちらに見向きする様子もない。


「えっと。手助けしにきたよ」

「……おお、オットーと……リントヴルムか」

「来たか、弱き竜よ。お前の力など、我々には及ばん。邪魔にならないようにしておけ」


 オットーを見知っている魔法学園の教師は、彼のことを無視した。

 それはともかく、リントヴルムへの反応も悪い。

 一応はドラゴンなのに、まるでどうでもいい扱いだ。


「……な、なに? 我はリントヴルム、ドラゴンだぞ?」


 リントヴルムが戸惑いながら、弱々しい咆哮で語った。

 全員が彼の言葉を聞いている。何らかの魔法で翻訳されているのだろう。


「知っている。お前は脅威にならん。でなければ、とうに我々が討伐している」


 魔法学園の教頭が言った。

 ……するとリントヴルムは、言い返すでもなく黙り込んでしまった。


「まあ……戦闘に向いてないドラゴンだって居るよな。元気出せよ、な?」


 ミノアに励まされて、リントヴルムは逆に凹んだのか、ついに涙目になってしまった。


(こ、こういう扱いだったの? あ、でも、そうでなきゃギルドに卵を盗めなんて依頼を張り出さないか。普通、そんなことしたら街ごと滅ぼされるよな)


 今更ながらに納得できてしまい、オットーは何とも言い難い気分になった。


「リントヴルムも空中戦なら強いのに……」

「オットーよ……我の味方はお前だけだ……ぐすっ」


 巨大な竜が泣きそうになっているのを、オットーがぽんぽん慰める。


「それで、状況は?」

「今すぐに全員をまとめて、途切れなく交代しながら一斉攻撃を続ける準備をしなきゃオレたちゃ全滅だ! 〈ローカスト〉はマジでヤバい!」

「だから! それでは個々の戦果が確認できない! 普段どおりに戦わせてもらう!」


 二人の喧嘩は平行線だ。

 ……この調子だと、まとまった指揮は期待できない。


「ミノア。僕に出来ることは?」

「今、有志が森を焼く準備をしてる。空から油でも撒いて、炎を延焼させる手伝いをやってくれよ」

「……我は何をせずとも構わんのか? 炎ぐらいは吐けるぞ」

「吐けんの?」

「さ、さすがに酷いぞっ!? 炎ぐらい吐けるに決まっているであろう!」

「おお、そうか。じゃ、森を焼くのを手伝ってくれ。うまくいけば時間を稼げる」


 方針が決まったので、オットーたちは空に飛び立った。

 〈ローカスト〉の行く手を炎で塞ぐ手助けをする。

 煮えた油を撒いてもあまり役に立っている様子はない。

 一方、リントヴルムが吐く炎のブレスは一気に森を燃やしたが……。


「我はもう吐けん!」


 数回で息が尽きてしまい、そこで打ち止めになった。

 だが、既に炎は十分広がっている。


「少し偵察してみようか」


 オットーがそう提案し、〈ローカスト〉の群れに近づいた。

 無数の蟲が地表を埋め尽くしている。気持ち悪い光景だ。


「あれ? あそこ、囲まれてる人がいる!」


 ……森の中央のあたりで、〈ローカスト〉に囲まれている人間がいた。

 必死に魔法で防御しているが、いつ防御が崩れてもおかしくない。


「行こう!」


 迷わずに急降下したオットーが、〈セレスティアルウィング〉で蟲を薙ぎ払う。

 飛びながら広範囲を攻撃できるこの大魔法は、固まった群への対処能力が抜群に高い。

 最大出力が上がったことで切れ味も増している。

 瞬く間に死体の山が出来た。


「……も、ものすごいな。さすがの我もちょっと引くぞ」

「引いてないで戦いを手伝ってよ!?」

「そんなこと言われても、我、もうブレス吐けないのだが!?」

「足の爪があるでしょ!」

「う……さ、触りたくないが……致し方ない!」


 リントヴルムも低空飛行で爪を振るい、ちょびちょび蟲を倒していった。

 蟲の本隊がロングシュタットへ向かっているおかげで、ここの蟲は比較的少ない。

 低空飛行を何度か繰り返したところで、あらかた囲んでいた魔物は全滅した。


「ん? あいつら」


 〈ローカスト〉に囲まれていたのは、オットーにも見覚えのある生徒たちだった。

 フランツ・ロングと同じように、あの貴族の子供たちもかつて彼を見下していた。

 魔法もろくにやらず遊んでばかりのクズ才能(タレント)のゴミ貴族、と。

 その貴族たちが、今は口を開けてオットーを見上げている。


(そうだ)


 オットーは悪いことを思いつき、わざと貴族たちのすれすれ上空を飛んだ。

 復讐されるかと勘違いして、彼らが一斉に腰を抜かす。


「あっはっは! ちょっとスカッとした!」

「そういうのは良くないぞ……! やたら怖がらせたりするのは……!」

「分かってるよ、これ一回きりだ」



- 貴族視点 -



 囲まれていた貴族たちは、大空を飛ぶ影を見たとき、まずは困惑した。

 竜が飛んでくるのは、まだいい。近辺に脅威度の低い竜がいたはずだ。

 だが、あの竜と共に飛んでくる奇妙な人間はなんだ?


 その人間が半透明の翼を生やし、加速しながら超低空飛行に移る。


「あいつは……」

「オットー、なのか?」


 魔法の成績でいつも落ちこぼれていたクズ才能(タレント)の男が、空を飛んでいる。

 そして……びりびりと凄まじい圧を放つ魔法の翼で、魔物の群れを薙いだ。

 大切断。〈ローカスト〉の群れが瞬く間に数を減らす。

 彼らが力を合わせて放った魔法にも負けない殲滅力を、たった一人で発揮している。


「嘘だろ?」


 冗談みたいな強さだ。

 それも、根本から種類の違う強さだ。

 彼らが知っていた”魔法の撃ち合い”という戦闘ではない。

 むしろ前衛職の斬りあいに近い戦い方を、空を飛びながらやっている。


 魔法学園で教えられたことのない、まったく新しい強さの形だ。

 しかも……魔法だけに頼っているわけではない。

 飛行のコントロールは、魔法に頼らず機械の翼を動かして行っている。


「あ、あいつのくだらない趣味が……」


 今や貴族たちの目前で、確かな強さの形として結実している。

 荒れ狂う暴風のような勢いで魔物を薙ぎ払っていく彼を、貴族たちは畏怖した。

 魔法に打ち込み、レベルを上げて強くなる……そういう既存の常識を打ち砕いて、貴族たちが拠って立つ足場を崩してしまうような、まったくもって理解不能な強さだ。

 異次元。彼らの脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。


「う、うわっ!?」

「こっちに来るぞっ!?」


 貴族たちには、オットーに恨まれている自覚があった。

 もはや防御魔法を張る力も気力も残っていない。

 彼らはただ腰を抜かして、彼が悠々と見せつける低空飛行を眺めるしかない。


 ……もはや、オットーのことを見下すことはできない。

 立場は逆転してしまったのだ。魔法の面でも、それ以外の面でも。

 高度を上げていく彼のことを見上げながら、極限状態にあった貴族たちは、ただ命を助けてもらったことに感謝した。

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