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模擬戦と実技試験


 翌朝。

 太陽が登った瞬間、待ちきれない様子のオットーが倉庫に向かった。

 〈ライトフライヤー〉を引っ張り出して、誰も居ない道から飛び立つ。

 今日はあいにくの曇り空だ。厚い雲が空に蓋をしている。


(さ、寒い。ちゃんと着込んでるのに)


 地上ならば朝の爽やかな風なのだろうが、飛んでいると寒すぎた。


(そういえば、魔法学園で体温調整の魔法を習ったっけ)


 彼は体を温める〈ヒートアップ〉の魔法を唱えた。

 才能に関わらず誰でも習得できる簡単な魔法だ。

 これなら〈セレスティアルウィング〉と併用するのも苦ではない。

 体の震えが止まったので、彼はさらに上空へと高度を上げた。


 灰色の雲を突き抜けて、オットーは太陽を浴びる。

 頭上には雲ひとつない青空が広がっていた。全てが眩しいぐらい輝く夏景色だ。

 もこもことした白い雲海から、リントヴルムのいる山が頭を出している。


 彼は〈セレスティアルウィング〉を消してゆっくり滑空し、景色を楽しんだ。

 鳥でもなければ、こんな視点で世界を見ることはできない。

 この景色は、人類でも限られた人間だけが持つ特権なのだ。


「む、翼を変えたか!」


 山の上に、空を泳ぐ影があった。

 竜の咆哮が、オットーの耳に言葉として届く。


「やあ、リントヴルム!」

「なに!? 聞こえんぞ!?」

「……こ、これでも目一杯に叫んでるんだけど!」

「聞こえん! 少し待て!」


 直後、オットーの脳内に直接声が響いてきた。


『これでどうだ?』

『うわ、脳内に直接!?』

『仕方がないだろう。貴様らの声は、風でかき消されてしまうからな』


 なるほど、と彼は思った。

 空の上で会話する必要があるから、竜の咆哮は音量が大きいのだ。


『いい雲だ。我はな、こういう日にだけ飛ぶことにしている』

『……街の人に姿を見られて、パニックが起こったら困るから?』

『うむ』


 雲の向こうには竜が飛んでいる、なんて、街の人が知ったらどう思うだろうか。

 リントヴルムの性格を知らなければ、曇るたびに恐怖してしまうかもしれない。


『せっかくだ。一つ、模擬戦をやってみぬか?』

『空中戦ってこと?』

『うむ。相手が居ないと、我が勘も鈍ってしまうからな。どうだ?』

『やろう! 限界を試すのにちょうどいい』


 後ろについたら勝ち、という簡単なルールを決めて、一人と一匹がすれ違う。

 目を開けているのがつらいぐらいの速度まで、オットーは加速していた。

 それでも、まだまだ速度で負けている。


『ゆくぞ!』


 直後、リントヴルムが雲を引きながら宙返りで進路を反転させた。

 旋回半径も速度も、オットーの〈ライトフライヤー〉より遥かに上だ。

 駄々をこねる赤子のごとく左右に旋回を繰り返して無理やり逃げようとしたが、老練の竜にそれが通じるはずもなく、すぐに真後ろを取られた。


『さすがにまだ敵わないか』

『当然であろうよ。我がどれだけ生きていると思っている。勝負になるだけで上出来だ』

『そうだね。ありがとう、楽しかったよ。……もう一回、どう?』

『うむ』


 魔法学園に居たとき、オットーが戦いを楽しく感じたことはなかった。

 けれど空戦だけは別だ。彼らは繰り返し、空の上で軌道を交錯させた。

 当然のように全敗したオットーだったが、それでもとびきりの笑顔を浮かべている。


『……ふう。疲れたし、魔力もなくなってきた。今日はこれで終わりにしよう』


 燃費の悪い〈セレスティアルウィング〉を全力で使うため、空中戦は消費が激しい。

 五分も戦っていれば魔力が尽きて、オットーは失神してしまうだろう。

 ある意味で、戦うたびに瞬殺されていたのは救いだ。

 互角な戦いを一回やるだけでオットーは気力も魔力も尽きる。


『いいだろう。下の民を怖がらせない曇りの日なら、我はいつでも相手になるぞ』

『本当に? じゃあ、また来るよ。ありがとうね、リントヴルム!』

『うむ。達者でな』


 限界まで振り回しても機体が壊れる様子はなかった。

 それだけでも十分な成果だ。オットーは感謝して、暗黒の森がある方角へ向かった。


『待て。あの森に行くのか? そういえば、妙な集団を見たぞ』

『え? ああ……』


 昨日出会った魔法学園の一団を、オットーが思い出す。

 そういえば、今は実技試験の時期だ。今年は暗黒の森が試験会場らしい。


(ま、森の中からじゃ上空は見えないし。地図を作る分には問題ないか)


 そう判断して、オットーはのんびりと暗黒の森へ向かった。

 上昇気流を探して高度を稼いで滑空することを繰り返し魔力を節約する。

 魔法がなくても、彼は飛べるのだ。



- - -



「どうしたんだよ、カール? 何でイラついてんの?」

「イラついてなどいません」


 暗黒の森で実技試験を控えたカール・フランツは、追い詰められた獣のように鋭い瞳で魔法の杖を握りしめている。


(証明しなければ。俺は優秀な魔法使い。模範的な貴族です。遊び呆けてる兄なんかより、ずっと優秀なんです。証明しなければ)


 ……彼は、不安だった。

 人生の全てを魔法のために捧げ、貴族家の当主の座を手に入れることはできた。

 これで終わりなのか? そんなわけがない。

 これからも走り続けなければいけない。


 苦しい思いをして、学園の成績上位には食い込んでいる。

 だが、手を抜いた瞬間に転落してしまうだろう。彼は天才ではない。


(……兄は、ハーピィを数十匹倒したと聞きます。でも、竜が一緒に居たという話が本当なら、せいぜいおこぼれで数匹を倒した程度でしょうね。いやそもそも、竜と仲良くなるなど馬鹿馬鹿しい話ですし。どうせ盛られているに違いない)


 彼の耳にも、最近のオットーの活躍は届いている。

 それでも、魔法学園の同級生たちはみなオットーのことを馬鹿にしている。

 冒険者など、所詮は平民のお遊び。専門的に鍛えた魔法使いの貴族には勝てない。

 せいぜい低レベルな遊び場で遊んでいろ、とばかりに。


(大丈夫。オットーの生き方が正しいはずがない。俺のほうが正しいんです)


 カールは既に170近いレベルまで上がっている。

 魔法の才能(タレント)を持つ人間は、魔法を鍛錬するだけでレベルが上がるのだ。

 剣や槍の才能でも鍛えればレベルが上がるのは同じだが、上がり幅が違う。

 幼少期から鍛え続けた貴族ならば、才能(タレント)レベルが500を越えることも珍しくないのだ。

 冒険者とは比べ物にならないほど、平均レベルは高い。


(大丈夫。この数字が、証明してくれている。俺は間違っていないはず)


 ……彼の脳裏に、兄の楽しそうな横顔がチラついた。

 子供の時から、オットーは毎日のように鳥のオモチャを作っては投げて飛ばしていた。 しばらくすると、木で作った鳥に糸を結び、周囲をぐるぐる振り回すようになった。

 こうすると飛行中の状態を再現できるから、と兄は言っていた。

 やがて鳥のオモチャは精密な模型に変わり、遊びは専門的な研究へと変わり、そして”人を乗せて飛べる”大型の翼を試作するようになった。


 あの兄は、本当に心の底から楽しそうな顔で遊んでいたものだ。

 兄にはどんな枷も嵌っていない。いつだって自由に飛んでいる。

 ……それが、カール・ロングには許せない。


(引きずり落としてやる。一人で勝手に逃げたお前に、空なんか飛ばせてやらない……)


「なあ、マジでどうしたんだよ? 実技試験ぐらい、お前なら楽勝で上位だろ?」

「楽勝なはずがない。他人の苦労を知らないんですね」

「……なんだよ」


 カールの友人が距離を取った。

 しばらくすると教師陣が集まって、生徒たちに説明をはじめる。

 討伐数や振る舞いを総合的に評価する、という内容だ。


「一応、俺たち〈ミノアス〉が助けに入れるよう待機してるがな、無茶はするなよ!」


 サポートに来ているS級の冒険者へ、教師陣も生徒も冷たい目線を向けた。

 ……この近辺の冒険者ギルド支部は、幹部が魔法学園のOBで構成されている。

 そういう大人の都合で派遣されているだけの邪魔者だ。


(レベルの低い冒険者が貴族を助けるなんて、笑える話ですよ)


「気をつけるべき魔物は分かっているな? 特に、機動力がありながら防御も硬い〈ストーンタイガー〉……それと、空を飛ぶ〈ハーピィ〉が危険だ。あとは、今更だと思うが、森の中心部には絶対に近づくなよ!」


 それでは試験を開始する、と教師が宣言し、生徒たちが四方へ散っていった。

 その先頭を、必死な形相のカール・ロングが駆けていく。


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