新型機の初飛行
「大変な目に遭ったような気がする」
右手を握ったり開いたりしながら、目を覚ましたオットーが呟いた。
「悪夢でも見たかな……」
どういうわけか、彼は〈エアブラスター〉が使いたい気分だった。
それも、空の上から石と一緒に発射してみたい気分だ。
(ん? 石と一緒に? ……ああ、そういう!)
彼はエアブラスターの新しい使い方に気づいた。
石を一緒に飛ばせば、この魔法の威力不足は解決できる。
(試したいけど、まずは〈ライトフライヤー〉に羽布を張るのが優先かな)
やるか、と気合を入れて、彼は宿の階段を駆け下りた。
- - -
ハーピィの羽には、ちょっとした魔法が掛かっている。
わずかに風を整える効果があるのだ。
ゆえに、これを使うと空気抵抗が少なくなり、速く飛べる。
翼の前側へと普通に布を張りつつ、オットーは上面の後ろ側に羽根を並べた。
長い風切り羽根を翼の内側に、短い羽根を翼の外側に使う。
「よし……」
〈ライトフライヤー〉の大きな主翼を完成させて、彼は満足気に頷いた。
叩いたり曲げたりして強度を試す。〈リリエンタールⅡ〉よりもずっと高強度だ。
「あとは、補助翼だな」
この機体は翼が上下に並んでいる。
上が主翼で、下にあるのが補助翼だ。
この”補助翼”は主翼からミスリルの管で繋がれている。
その中にはワイヤーが通っていて、補助翼を舵として動かせるようになっていた。
オットーはこちらにも布を張り、ワイヤーでぱたぱた上下左右に動かしてみる。
以前のグライダーにもワイヤーは付いていたが、あれは翼を引っ張ってたわませることでじわじわ動ける程度のもので、この新方式とは機動力がまるで違う。
〈リリエンタールⅡ〉と同じく、この機体も翼からぶら下がるような形式だ。
翼の下に三角形の金属棒があり、そこへ捕まる形で飛ぶことになる。
その持ち手のところに、ワイヤーを動かすための装置をつけている。
ワイヤーを結んだ棒を上下左右に倒すと、補助翼が同じように動いた。”操縦桿”だ。
「いい感じだな……」
にんまりしたオットーが、倉庫の外に機体を出した。
〈リリエンタールⅡ〉よりもずっと大きいし、折りたたみ機能もない。
背中に背負うことは不可能だ。
高機能化と引き換えに、そこの利便性は犠牲になった。
「おっ! それ、新しいやつか!? ここから飛ぶのか!?」
ちょうど道を歩いていた冒険者が、彼の機体に目を留めた。
瞬く間に見物人が集まってくる。
「えーっと……みんな、十分に下がって欲しい。加速するのに魔法を使うんだけど……その魔法に触れると、スパッと行くから。死んじゃうからね。よろしく」
オットーは観客を道の左右に下がらせ、十分な場所を作った。
注目をこそばゆく感じながら、機体を掴み、助走をつける。
翼の重量を感じなくなったところで、彼は跳び上がった。
「〈セレスティアルウィング〉」
魔法の翼を展開しながら、オットーが操縦桿を引いた。
狙い通り、〈セレスティアルウィング〉を展開した状態でも操縦が効いた。
青い粒子を引いて、ぐうっ、と急角度で上昇していく彼を、見物客の歓声が見送る。
「……ふう。ちゃんと動いたか」
オットーは〈セレスティアルウィング〉を消し、見物客へと軽く翼を左右に振った。
街の外へ向かい、そこで縦横無尽に飛び回る。
「こいつは……速いな……!」
速度域がまるで違う。特性もまるで違う。
低速域では半ば溺れかけているようにあっぷあっぷだ。
そこから速度が乗るのと比例して、機体が生き生きと踊りだす。
直感に反して、この機体は速度が高いほうが鋭く曲がった。
ぐぐぐっ、とオットーが操縦桿を引いていく。
翼がしなり、剥離しかけた空気でばたばたと振動し、急激に機体が回る。
左翼から空気が剥がれて失速し、左右のバランスが崩れて回転してしまったのだ。
「っとと。〈セレスティアルウィング〉!」
慌てて加速し、制御を取り戻す。
……高性能な代わりに、いくらか厄介なところもある暴れ馬だ。
「面白い……!」
だからこそ、うまく扱えた時の喜びが増すというものだ。
オットーは時間を忘れて飛び回り、新たな機体の特性に体を慣らした。
十分に慣れたところで、彼はさらに街から離れる。
「お?」
だだっ広い草原に、馬に乗って戦闘中の冒険者がいた。
数十匹のゴブリンから逃げつつ、ときどき反転して攻撃を加えている。
「助太刀するよー!」
冒険者の上空を飛びながら、彼が叫ぶ。
ポケットから小石を取り出し、魔物へと狙いを定めた。
目標を斜めに見るように、オットーが上空へ向かう。
そこから一気に頭を上げて、バレルロールしながら反転急降下。
真上から魔物めがけて垂直に落ちていく。
「〈エアブラスター〉!」
魔法と共に小石が撃ち出され、ゴブリンの脳天を撃ち抜いた。
即死だ。垂直落下の速度が乗ったことで、威力が大きくなっている。
「……なんか、やたら上手くいったな」
一回目なのに、まるで何百回も練習を積み重ねた後のようだ。
誰かに導かれているような、そういう気配があった。
これが〈大空の支配者〉という才能の片鱗なのだろうか。
彼は同じ攻撃を繰り返し、ゴブリンを次々と撃ち抜いていった。
やがて石が切れたので、斜めに降下しながら〈エアブラスター〉を単体で撃ち始める。
転ばせる程度に留まった。やはり、素だとこの魔法は弱い。
仕方がないので、彼は地面すれすれを飛び〈セレスティアルウィング〉を使った。
残っていたゴブリンが水平に薙ぎ払われて、一匹残らず両断される。
「え、一撃!?」
馬に乗っていた冒険者が、驚きの声を上げる。
よく見れば、彼女はミーシャだった。
「つ、強すぎない!? こんな強かったっけキミ!?」
「正直、自分でも驚きだよ!」
二人はすれ違い、オットーは着陸せずにそのまま高度を上げた。
……この機体は速度が速いぶん、着陸も難しいはずだ。
失敗して足をくじいたりする可能性もある。できれば、着陸は街の近くのほうがいい。
「ん?」
ロングシュタットに戻る道すがら、オットーは妙な視線を感じた。
振り向く。妙な一団が街道上を歩いていた。
全員が魔法の杖を持ち、魔法学園の制服に身を包んでいる。
(……殺気!?)
鋭い殺気が肌を刺したのを感じ取り、咄嗟にオットーが高度を下げた。
真空の刃が近くを掠め、作ったばかりの翼に傷を作った。
「うわ!?」
右翼の傷をかばいつつ回避機動を取る。
丈夫に作ったおかげで、このぐらいでは落ちない。
いったい誰が、とオットーは魔法学園の生徒たちを睨んだ。
彼の弟……カール・ロングと目が合った。
「あいつ……!」
この兄弟の仲は最悪だ。無警告で攻撃魔法を放ってくるぐらいありうる。
魔法が全て、という貴族の価値観に照らせば、オットーはただ”遊び回っている”だけであり、”身内の恥”なのだ。
もっとも、今のオットーは〈セレスティアルウィング〉という大魔法を扱えるのだが。
弟のカールがそれを知るはずもない。
(……右翼の傷は大きくない。これぐらいなら、すぐ修復できるか……)
オットーはその場を離れ、低空に隠れて街に戻った。
弟から向けられた殺意のせいで後味が悪い。楽しかった処女飛行が台無しだ。
速度を下げて、着陸する。
意外なほどに特性が良い。失速しそうなところでも妙な粘りがある。
おそらくハーピィの羽が効果を発揮しているのだろう。
(このあと、暗黒の森の地図を作りにいくはずだったのに。ま、明日でいいか)




