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攻撃魔法〈エアブラスター〉


「また会ったな、少年」


 気付けばオットーは白い空間の中に立っていた。

 目前には美女がいる。


「……僕はレベルアップしたのか」


 彼は思い出した。リントヴルムと空中戦をやった日にも、この夢を見た。

 朝まで航空力学と風魔法について語り合い、そして目覚めて内容を忘れたのだ。


「そのようだね。それも、また一気に上がったようだ。おそらく今の君は60レベル前後だろう。前に比べてレベルが高くなったおかげか、君がハーピィと空戦をする様子が少しだけ見えたよ。見事なものだった」


 足を組んで座っている〈大空の支配者〉が拍手する。


「まあ、私なら空戦するまでもなく攻撃魔法で瞬殺だったがね」


 〈大空の支配者〉がにやりと笑う。


「というわけで、少年。今日、私が君に教えるテーマは”攻撃魔法”だ。前回の〈デフレクト〉より直接的に強くなれるぞ。心して聞け」

「強くされても困るんだけど……」

「だが、強ければ危険な場所も自由に飛べるぞ? それに、魔法が上達すれば〈セレスティアルウィング〉の燃費も良くなる。航続距離も跳ね上がるだろう?」

「確かに」


 魅力的な話だ。オットーは授業を聞く姿勢になった。


「さて、教える攻撃魔法だが……一つに絞る。これは私の持論だが、一万個の魔法を一回づつ練習した人間より、一つの魔法を一万回練習した人間のほうが遥かに強い。狭く深くだ」


 〈大空の支配者〉が立ち上がり、右腕を虚空に伸ばした。

 彼女がくるくる指先を回す。と、白い煙がそのあたりに立ち込めた。


「確か、風洞実験では煙を流して気流を可視化するものだと君は言っていたな? これで合っているか?」

「そうだね。そんな感じ」

「よし。行くぞ。〈エアブラスター〉」


 ドンッ、と爆発音がした。

 輝く弾丸が煙を突き破り、螺旋の気流を背後に残す。


「見ての通り、空気を撃ち出す魔法だ」

「見ての通りって言われても、速すぎて何も見えなかっし、なんか光ってたけど……」

「では、最低限の力でもう一発。〈エアブラスター〉」


 煙が、まるで竜巻のように渦を巻いた。

 その竜巻の根本が青色に光っている。濃度が高まり結晶化した魔力の輝きだ。


「これは、カチカチに圧縮した空気の塊を撃ち出す魔法だ。触ってみろ」


 言われた通り、オットーが光っている部分へ触った。

 パンッ、と固まった空気が弾ける。


「あいたっ」


 ……オットーも、当然この〈エアブラスター〉の魔法は知っている。

 〈大空の支配者〉と相性のいい風魔法だ。

 学園に入学した当初、彼はこの攻撃魔法を練習させられていた。


 だが、触って「あいたっ」で済むような魔法である。

 あまりに威力が弱いので、教師陣から他に変えるよう言われてしまった。


「着弾したときに、圧縮した空気が弾ける。それがダメージ源だ。……言っておくが、これは他の才能(タレント)連中が扱う風魔法と比べて威力”は”弱い」


 〈大空の支配者〉が腕を組んだ。


「だが、弾速が速く、射程も長く、軌道を曲げられる心配も少ない。これはつまり、空中から地上へと一方的に攻撃を降り注がせるための魔法だ」


(そうだったのか!)


 オットーは納得した。

 最初から、飛行と組み合わせる必要がある魔法だったのだ。

 地上で撃って威力が足りないのも当然である。


「あと、重要な実戦での用法として……。実演に石が欲しいな。〈クリエイトロック〉」

「えっ」


 〈大空の支配者〉が、まったく才能と関係ない方面の魔法を軽々と使った。

 あれは大地術士だとかの使うような魔法だ。素の魔法を扱う才能が並外れている。


「ついてこい。〈セレスティアルウィング〉」


 空へ飛び立った彼女の背を、オットーが追う。

 だが、グライダーを使わず魔法だけで飛ぶ術を彼はまだ身につけていない。

 〈大空の支配者〉が〈デフレクト〉で風を操り、オットーを彼女の後ろに付かせた。


「〈クリエイトゴーレム〉。あれが的だ。見ていろ……〈エアブラスター〉」


 彼女の手にあった石が、〈エアブラスター〉で撃ち出された。

 異常にまっすぐな軌道で飛んでいった石が、的のゴーレムの頭を撃ち抜く。


「これだ。エアブラスターを使うと、投擲の軌道が安定する」


 オットーがまるで考えたこともない使い方だった。

 前提条件が厳しすぎる。空を高速で飛べなければ、この魔法は真価を発揮しない。

 この才能(タレント)が不遇と呼ばれていたのは、やはり当然だ。


「なるほど。風除けに使うのか。……一種のスリップストリームなんだな。〈エアブラスター〉の背後にできる渦の低圧部分に石が吸い寄せられて……」

「それは航空力学の話か? 興味深い。だが、今は攻撃魔法に集中するぞ。お前の番だ」


 〈大空の支配者〉が巧みに軌道を変えて、オットーのすぐ下から石を投げ渡す。


「……やってみる。〈エアブラスター〉」


 ぽろりと石がこぼれて、放った魔法と違う方向に落ちていった。


「次だ。徹底的に反復しろ。体に叩き込まなければ意味がない」

「……確かに。この夢の記憶は、落ちたら忘れちゃうもんな」


 納得したオットーが、ひたすら反復練習を繰り返す。

 そのうち、〈エアブラスター〉で石を撃ち出すこと自体はできるようになった。

 正確には、エアブラスターを撃ちながら石を押し出すようなイメージになる。

 圧縮された空気の塊がまず風を切り裂き、その道を石が通るのだ。


「いいぞ。筋がいい」

「……まだ一発も当たってないけど」

「当然だ。空から物を投げて当てるのがどれだけ難しいか、お前なら分かるだろう」


 手から離れた物体は、もちろん重力に引かれて落ちていく。

 だが、それだけではない。空気抵抗のせいで、徐々に速度も落ちていくのだ。

 とてもではないが、その軌道を暗算することはできない。


 加えて、自分と相手の相対的な速度差を考える必要もある。

 真正面ならまだしも、斜めの軌道で物を飛ばして当てるのは至難の技だ。


「あらかじめ計算しておいて、”この距離ならこう”って表を作るしかないかな……」

「必要か? 感覚で覚えれば、それで済むと思うがな」

「……あなたはどう考えても天才の類だもんね、〈大空の支配者〉さん……」

「お前が言うのか? まあ、二つほどトリックはあるぞ」


 彼女が石を掴み、〈エアブラスター〉を放った。

 衝撃波を出しながら物凄い速度で飛んだ石が、ゴーレムをバラバラに砕く。


「魔法の威力を上げて無理やり高速で飛ばせば、細かいことは気にしなくて済む」

「……音速突破してる……」

「もう一つのトリックは」


 〈大空の支配者〉がにやりと笑う。

 彼女が急上昇する。オットーも、彼女の魔法で無理やり同じ軌道を飛ばされた。

 そこから、地面めがけて垂直に、真っ逆さまに落ちていく。


「うわああああっ!?」

「真上から落とせば、何も考える必要はない。〈エアブラスター〉」


 ゴーレムの脳天を石が叩き割った。

 地面スレスレのところで引き起こしてから、二人は強引に着地した。

 オットーが地面を転がる。


「あ。すまない。私の基準で着陸してしまった」

「……これ、夢の中で怪我しても現実に影響はないよね?」

「心配ないぞ。なんなら一回ぐらい死んでみるか」

「やめてください」

「……仕方がない。さて、少年。どっちのトリックを選ぶ?」

「後者で」


 そもそも〈大空の支配者〉という才能(タレント)は、単純な魔力の量や魔法の威力では他の才能(タレント)に負けているのだ。

 なのに音速突破する勢いで石を飛ばせるわけがない。彼女は出来るらしいが。


「よし。飛ぶぞ」

「……あ」


 後者を選ぶということは、さっきの恐怖体験をもう一度やるということだ。

 オットーは〈セレスティアルウィング〉で飛ぶことを渋った。


「ふむ。ならば、こうするか」


 〈大空の支配者〉がガッチリとオットーを抱き込んだ。

 逃げられない。


「さあて、行くぞ。言っておくが、君が〈エアブラスター〉で的に石を当てるまで、私は絶対に姿勢を引き起こさない。もしも君が的を外したり、発射が遅すぎたりしたら、私達は垂直落下のまま勢いよく地面に突っ込むことになる」

「……えっ」

「体に叩き込め。痛くなければ覚えない。さあオットー、練習を始めるぞ!」


 彼女にガッチリと抱えられ、オットーは宙ぶらりんで空を飛ばされた。

 ぐっ、と上昇してから、一気に地面へと真っ逆さま。


「〈エアブラスター〉ッ! あああ外したあああっ! うわあああああっ!?」


 そんな悲鳴が、白い空間に幾度となく木霊したという……。

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