昇級と評価
リントヴルムの住む山は、竜のおかげで魔物がいない。
寄せ集めパーティも完全にリラックスして、雑談しながら散歩気分で進んでいた。
「ほうほう。なるほど。空を飛ぶ上では、その四つの力が働いているのか」
「そうだね。揚力、推力、抗力、重力。推力で進むと、翼が揚力を生んで飛ぶ」
雑談の内容は、八割がたオットーのことについてだ。
魔法で人間が空を飛ぶならともかく、変な翼を背負って飛べるというのは、S級パーティにとっても衝撃的のようだった。
「しかし、君は……若いのに、随分と空を飛ぶことについて研究を重ねたようだ。誰か、師匠のような人間はいるのか?」
「ほとんど独学かな。数学の方面で学者に手紙を出して質問したぐらい」
「凄いな……」
〈ミノアス〉副リーダーのリアンが、感嘆の息を漏らした。
「俺は感動した。にんじんをやろう」
「え? いらない」
「そうか……なら、りんごをやろう」
「いらないけど。どこから出てきたのそれ」
「……そうか……」
彼はものすごく哀しそうな顔を浮かべている。
まるで最愛の人を殺された男が雨の中に立ち尽くしているかのようだ。
「じゃあオレがもらう!」
「だめだ。これはオットーのものだ」
「いいだろうが別に!」
ミノアが巨体を俊敏に動かし目にも留まらぬ速度でリアンの持つりんごを狙う。
リアンが静かに避ける。
二人はS級冒険者にふさわしい高度な攻防を繰り広げた。
その様子を見て、〈ミノアス〉の他メンバーがゲラゲラ笑っている。
(いや……普通に滅茶苦茶強すぎて動きが目で追えないんだけど……)
「S級冒険者って、強いんだな……」
「感想そこなの? 君も結構〈ミノアス〉向いてんじゃない? 来る?」
「いやそれはちょっと」
「だよねーめっちゃ分かる」
「ところでこう、みんなの才能のレベルがどのぐらいなのか聞いてもいいのかな?」
「良いよ? 私は〈炎熱術師〉の242で、あそこの二人は〈狂戦士〉253と〈剣聖〉251で……」
S級の名に恥じないぐらいの高さだ。
高ければ高いほどレベルは上がりにくくなる。
特に魔法使い以外の才能レベルを上げるのは難しい。
オットーの50とミノアスの面々のレベルでは、見かけ以上の差があるのだ。
「おらっ! にんじんよこせ!」
「だめだ」
「いくらS級だからってみんな緩すぎだよ……特に兄さん……」
ミーシャの嘆きが聞き入れられることはない。
(どちらかと言えばリアンって人が一番ゆるくないか?)
そんな調子で、彼らは山を登っていく。
「見えた。暗黒の森だ」
オットーがそう言った瞬間、にんじんとりんごをジャグリングしながら反復横跳びしていたリアンが真顔になって武器の長剣を抜き、ミノアも大斧を構えた。
温度差で風邪を引きそうなぐらい切り替えが早い。
「ミーシャ、騎乗して斥候の位置についてくれ! 他の冒険者パーティは、〈ミノアス〉を先頭に縦列陣形!」
「なるほど。確かに森の一部が倒されているな。あそこか……来るぞ!」
森の中から、数種類の魔物が飛び出してくる。
そして〈ミノアス〉の面々が瞬殺した。
「こんなもんか。この程度、そこらの冒険者でも余裕だろ!」
「いや、普通の人にとっては滅茶苦茶強い魔物なんじゃ……」
「ハーピィ倒しまくったお前がそれ言うかよ! 自覚ねえんだな!」
ミノアが笑い、森へと足を踏み入れる。
また魔物が襲ってきたが、全く危なげのない調子で瞬殺された。
「さ、油断せずに行くぞ! さっさと回収して終わろうや!」
- - -
そして、冒険者たちはハーピィの死体を大量に抱えて森から脱出した。
安全なところで、ミーシャの馬が引いている荷台にどさどさ盛る。
空を飛べるだけあって軽いので、運ぶのは楽だ。
最初から最後まで、危険らしい危険はなかった。
ちょっとぐらい頭がゆるくとも、S級の看板に偽りはない。
「にしてもよ。すげえ数だな、ほんと」
「ああ。討伐数でも、竜にそれほど負けていない……」
死体の様子を見て、S級の冒険者たちからオットーへの評価が上がっていた。
「見ろ。この断面。よほどの剣豪でも、これほど真っ直ぐには斬れないぞ」
「どうなってんだ、これ?」
「……ちょ、ちょっと先に帰ってるよ」
褒め殺しを受けて照れが限界に達したオットーが、立ち止まって翼を開いた。
「おおっ!? 飛んでるところを見せてくれるのか!?」
歓声を受けて更に照れながら、彼が〈セレスティアルウィング〉で加速して飛び立つ。
その様子を見ていた〈ミノアス〉の面々が、驚愕して呟いた。
「あれは……大魔法……!?」
- - -
「査定が終了しました。ハーピィの死体が六十体。一体の討伐あたり銀貨五十枚ですから、討伐報酬が金貨三十枚となります」
ギルドマスターが、静かに告げる。
竜の卵を持ち帰ったときの報酬は金貨百枚だ。
それと比べればまだ少ないが、莫大な報酬であった。
(半分はリントヴルムに渡しておくか……)
財宝を溜め込むタイプの竜なのかどうか分からないが、それが筋だろう。
半分以上はリントヴルムの手柄なのだ。
「それから、ハーピィの羽を除く部位を我々のほうで買い取らせて頂きまして、その代金が金貨十ニ枚。これが緊急依頼の報酬分と相殺されますので、最終的な報酬は金貨三十枚となりますね」
ギルドマスターに礼を言って、オットーが報酬を受け取った。
「……それと。あなたの冒険者ランクを、E級からD級に昇格させておきました」
「え、もう上がったんですか?」
「あなたのような人間にE級冒険者をされては、逆に困ってしまいますよ」
ギルドマスターが苦笑する。
「ただ、わたくしとしても少し判断に悩むところがありました。強いのは確かですが、通常の強さではありませんから。ひとまずD級で様子を見て、大丈夫そうならC級に昇格させて頂きます」
「なるほど」
「では、本日はこれで。あなたと共に働ける次の機会を心待ちにしております」
ギルドマスターが去る。
金貨のじゃらつく報酬袋を懐に押し込んでから、オットーも個室を後にした。
そこで〈ミノアス〉の面々が待ち構えている。
「おい、オットー! お前が大魔法を使えるなんて聞いてねえぞー!?」
「え? だ、大魔法?」
魔法学園の成績がよろしくなかったオットーも、大魔法ぐらいは知っている。
魔法の才能を極めた者だけが使える大技だ。
同じ大魔法を使う者が同時に二人現れることはない、とも言われている。
つまり、オットー以外で世界に〈セレスティアルウィング〉を使う者はいない。
だが、確認されている大魔法の数はそれほど多くない。
オットーは筆記試験のために大魔法の一覧を暗記したことがある。
そのリストに、〈セレスティアルウィング〉なんて大魔法は存在しなかった。
「とぼけるなよっ! ありゃあどう見たって大魔法だ! 見るやつが見れば、普通じゃねえのがすぐ分かるっての!」
巨大で野蛮なマッチョのミノアがぐいぐい来る。
思わずオットーは後ずさった。
「圧が違うんだよ、圧が。敵と相対したとき、なんとなく肌で強さを感じ取れるだろ? あれと同じで、魔法の格ぐらい分かるんだよ」
「いや、感じ取れるだろって当たり前のように言われても」
「大魔法の使い手ならそんぐらい当然だろうが」
(……僕、魔法結晶で覚えただけなんだけどな)
ただでさえ異常な話だったのに、大魔法だなんて。異常性が増してしまった。
朝起きたらベッドの中に大魔法の魔法結晶が、なんて話があるわけがない。
「えっと、ちょっと個室で相談したいことが」
オットーは個室に戻った。〈ミノアス〉の面々が彼を囲む。
そして、魔法結晶の話を切り出した。
信頼できる人間に相談しておく必要がある。
もしかすると似たような先例があったりするかもしれない。
「は? なんだそりゃ。ナメてんのか」
「……大魔法の習得ともなると、並の苦労ではない。情報を入手するだけでも困難だ。細かいところを秘密にしておく必要があるのだろう」
リアンが物知り顔で頷いた。
……先例は無かったようだ。
「私は感心した。にんじんをやろう」
「え……いらない……」
「そう言わずに」
オットーは無理やりにんじんを手に握らされた。
……せっかくだから、勇気を出してかじってみる。
生なのに甘くて美味い。
(オススメしたくなるのも分かるけど……親戚のおばちゃんじゃないんだから)
「それで、相談の内容は?」
「えっと……だ、大魔法を使う上で、何か注意点とかはあるのかな、と」
魔法結晶の話が本題だったのだが、これ以上聞いても意味がない。
「それを俺たちに聞くのか? まあ、そうだな。大魔法の使い手だと広まれば、どこの国もお前のことを放っておかないだろう」
確かに、とオットーは頷いた。
偉い人がやってきて、仕官しないか、と誘ってきたりはするだろう。
「まあ、困ったら飛んで逃げればいいか」
もしも厄介事になるようなら、場所を変えればいい。
彼は空を飛べる。機動力ならば全人類の最上位なのだ。
「オレ達のパーティに来てもいいんだぜ? お前は色々と面白そうだ」
「それはちょっと遠慮しておきたいかな……」
だよねー、と〈ミノアス〉の冒険者たちがゲラゲラ笑った。
「あとの注意点としては、使い手の適性と完全に噛み合っていない大魔法を使うと負担が凄いとは聞くが……君の才能は?」
「〈大空の支配者〉」
「……!」
この才能の不遇さを知っている〈ミノアス〉の面々に衝撃が走る。
「なるほど。君ほど、あの大魔法に適性のある人間もいないか」
「マジか……どーりで弱そうだし地上で戦わねえわけだ!」
「よく〈大空の支配者〉なのにハーピィを倒せるものだ。規格外だな、君は」
さらに感心されてしまった。
それから、オットーはいくつか冒険者としてのアドバイスを貰った。
全体的な心構えから、細かい交渉のテクニックまで。
オットーは感謝しながら、仔細にいたるまでメモを取った。
S級冒険者から手ほどきを受けられる機会など、そうあるものではない。
「じゃ、またな! オレたちは仕事の関係で、しばらくこの街にいるからよ!」
「何かあったら相談に来るといい。力になろう」
「ありがとう! いろいろ参考になったよ!」
〈ミノアス〉の面々と別れた後で、オットーはふと思い出した。
そういえば、暗黒の森の地図を作っていない。
……まあ、急ぐ依頼でもない。後でやるか、と彼は思った。




