【短編】婚約破棄された第四王子は女魔王に求婚される
僕は第四王子だ。今日で8歳になる。正式な名前はまだない。
というのも、この国では洗礼前の子どもには正式な名前が与えられないからだ。
そのため、幼名としてレブラと呼ばれている。髪の毛の色が赤茶色だからだ。
僕には奇妙なことに前世の記憶がある。日本という国に暮らす、独身をこじらせた成人男性だった。女性に縁もなく、ただあるがままに流されて、ある日風呂場で意識を失った。
次に目が覚めたときには、ここ、連合王国に連なる弱小国の第四王子として生まれていた。
王子なんかに生まれてしまったものだから、王宮では政権争いが日常茶飯事で行われている。
僕はただ、平和に暮らしたいだけだった。
そんな僕には癒しの天使がいた。5歳の時に婚約したマーガレット嬢だ。
女の子の幼名には花の名前が与えられることが多く、洗礼後もそのまま正式名として使われることが多いのだが、彼女はまさしく僕の花だった。
侯爵家のご令嬢で、誰に対してもとても優しく、気遣いをしてくれる。
前世ではさっぱり縁がなかった結婚話も、現世ではあっさりと舞い込んできた。
この2年、とても幸せだった。それがどうしてこうなってしまったのだろう。
事の発端は去年、隣国の第一王子主催のダンスパーティーに参加したことだった。
ダンスパーティーは第一王子の洗礼式の後に行われ、お披露目会を兼ねていた。
当然、ダンスパーティーなので、マーガレットと僕は婚約者として一緒に参加した。
ダンスが終わった後、僕は自国の宰相と、隣国の外交官と一緒に、魔国との親交をどのように深めていくかという小難しい話をしていた。というか、聞かされていた。第四王子とはいえ仮にも王族なので、宰相が僕のそばを離れるわけにはいかなかったのだ。
長い話に付き合わされ、しばらくしてマーガレットの隣に戻ったとき、彼女の隣には、洗礼式を終えたばかりの第一王子・アルバートが立っていた。そして、彼女は完全に恋する乙女となっていたのだった。
パーティーの日からマーガレットは変わってしまった。
話しかけても呆けて空を見つめていることが多くなり、アルバート王子の話を耳にすれば頬を朱に染める。侍女が尋ねれば「運命の恋を見つけてしまったの」と返し、僕と一緒に過ごす機会も目に見えて減っていった。
僕は自分の心をごまかすため、彼女は忙しいのだ、と、見て見ぬふりをしてしまっていた。それがよくなかった。
アルバートは8歳のくせに、かなりのやり手だった。
マーガレットにこまめに恋文を送り、贈り物をし、自らの立場を知らしめるかのような評判を流し、時には僕の評判を落とすような噂を囁いていたらしい。
あれよあれよという間に外堀が埋められて、気づいた頃には僕の味方はいなくなってしまっていた。
そして今日、僕は自分の洗礼式を終えた。
洗礼式後のお披露目を兼ねたダンスパーティーには、当然、諸外国の王侯貴族が呼ばれている。
パーティーにはアルバートも同席していた。
そこで僕は、マーガレットから告げられたのだ。
「レブラ様。第四王子の貴方様にとって、不敬なふるまいだとは存じております。でも、わたくしは、レブラ様との婚約を破棄し、アルバート様と婚約を行いたいのです!」
マーガレットからの突然の婚約破棄は、本当に青天の霹靂だった。
会場には多くの来場者。当然のように、アルバートの隣で腕を組むマーガレット。
まさしく絶望の淵に立たされたが、心のどこかで、いつかきっと、こんな風になるんじゃないかと察しているところもあった。
ここ一年、日に日にマーガレットの心が僕から離れていく様子が感じられたからだ。
「そうか……わかった……」
僕はその場から立ち去った。酷い顔をしていたと思う。
いくら前世の記憶があったからとはいえ、あるがままに流されてしまう気弱な性格は変わらなかった。その結果、大切なものを失ってしまった。
その後は宰相や侍女など周囲の者達が奔走し、事態の収束にあたった。
当然その醜聞は父上、国王の耳にも入る。
僕は慰められることもなく、王子としての威厳を損ねた、と厳しく叱責された。
僕に残ったのは、洗礼式で正式な名前として受け取った、レンブラントという名前だけだった。
◇◇◇◇
それから数か月して、マーガレットは第一王子に求婚され、正式な婚約発表がなされた。
僕は失意の中、外交のため隣の魔国への使節団の一員として派遣されることが決まっていた。
自暴自棄になっていた。周囲の同情するような視線にも嫌気がさし、自国から逃げ出したかった。
仮にも第四王子なので、逃げられるわけなんてないのに。
海の向こうにある魔国は、女帝が治める複数の魔公国のうちの1つだ。女帝は通称・女魔王と呼ばれていると聞き及んでいる。その美貌は自国まで噂されるほどだが、一方で男に対して冷酷非道な扱いをするそうだ。
僕が恋した可憐なマーガレットからは対極に位置する女性で、話を聞く限りだと、なんとなく苦手なタイプの女性である。
女魔王の男性嫌いに配慮して、こちらの使節団員の多くは女性で構成された。
少女から老婆まで、年齢の幅は広いが、いずれも優秀な人員ばかりが集められた。
若干女性不振になりかけている僕にとって少々辛い船旅だが、自国に居たらどこにいようとマーガレットとアルバートがいちゃいちゃしている話が耳に入ってくるので、それに比べたらまだマシだった。
出立の日。魔国に行ったら、数年は自国に帰ってこられなくなる。
人の噂も七十五日。帰国する頃には、僕の不名誉な噂もきっとなくなっているだろう。
わずかにそう期待して、僕は国を離れた。
船旅は、意外なことに、鬱蒼としていた心を晴らしてくれた。
広い海が自国との距離を開いてくれた上、天候にも恵まれた、穏やかな船旅だった。
使節団には自分と年の近い少女が居たこともあり、話し相手には困らなかった。
数日間の船旅を経て、僕は魔公国の地に第四王子レンブラントとして降り立った。
船旅の疲れを癒すため、港町で数日過ごし、その後、謁見のために帝都へ向かう予定だった。
貴族街の宿に泊まり、港町を散策する。街はにぎわっており、人々は笑顔だ。
夏だったため薄着の人が多く、魔国の民の特徴がよくわかった。褐色の肌をした人が多く、体の一部にタトゥーのような紋様が入っている。
警護をしている者たちの目を盗み、適当に入った料理店で食べた魚介料理はおいしかった。
王国ではあまり魚介料理を食べないため、前世の記憶が蘇って親しみを覚えた。
海と美味しい料理に癒されて、まるで傷心旅行のようだと、なんともいえない気持ちになっていた。
事件は、港町に泊まって3日目に起きた。
使節団員の女性の一人がいつまで経っても帰ってこないと報告があった。
調査の結果、周囲で誘拐事件が頻発していたことが判明した。どうやら誘拐されたらしい。誘拐されたのは、船の中で話し相手になってくれた少女だった。
これから親交を結ぼうという国の中、事件を大ごとにするわけにはいかない。
何としてでも探し出し、秘密裏に解決しなければいけなかった。
僕はこれまで、あるがままに流されて暮らしてきた。その結果、たくさんのものを失ってきた。
そして今、知り合いの一人の少女が危機に瀕している。
これ以上、何かを失うわけにはいかない。僕はわずかばかりの勇気を奮い立たせた。
第四王子という立場は、下手をすると余計な政権争いにあっさりと巻き込まれてしまうような立場だ。
王位継承権に興味はなく、ただ平和に暮らしたかった僕は、できるだけ目立たないように過ごしてきたつもりだった。前世の知識をひけらかすこともなく、年齢相応にふるまってきた。
だから、今年洗礼式を終えたばかりの僕が、魔国の地理や情勢に精通していることも、他国の言葉で書かれた歴史書を読めることも、投資で他国に資金を増やしていたことも、コツコツと情報を集めて魔国内に味方を増やしていたことも、誰も知らなかった。
入手した港町の地図を広げ、散策した市街地の印象から、無法者がたむろする場所にあたりをつける。何人かいる現地協力者へと手紙を書き、私兵である影の者に託す。手紙はすぐに届くことだろう。
その後、調達したばかりの庶民の服に着替え、準備を整える。
何が役に立つのかわからないため、思いつく限りの道具、ナイフ、ロープ、火炎瓶、水と食料をカバンに入れる。
しばらくして手紙の返事を2通受け取った。
1通目はアジトの場所、2通目は犯人の動向について探らせた結果だ。
内容を確認すると、誘拐犯のアジトとしてある場所が浮かび上がった。
どうやら誘拐犯は明るいうちにターゲットを物色し、夜間に隙を見て攫っているようだった。そのため、夜間はアジトの警備が手薄になる。
救出作戦は夜に実行することとなった。
僕の本性を知る協力者を集めて作戦の指揮をとる。
夜間の王族が危険な場所に乗り込もうとしているため、警護の者には強く反対されたが、下手をすれば人命がかかっている案件だ。めったに使わない権力を行使して、協力を取り付けた。
夜になるのを待ち、街はずれにある誰も住んでいないはずの小さな屋敷を取り囲む。
中の手薄なことを確認し、僕たちは誘拐犯のアジトに乗り込んだ。
アジトには見張りの男が一人と、攫われた女性が10人ほどいるようだった。
僕は浮浪児の子どものふりをして、偶然屋敷に迷い込んだようにふるまった。見張りの男の油断を誘い、背後から警護の者が男を倒す。
囚われていた女性を確認すると、攫われた使節団員の少女がいた。間に合った。
よく見ると、攫われた女性のほとんどは、いわゆる美少女や美女だった。
ほっとして、一人ひとり身元を確認すると、一人だけ目を引く女性がいた。
赤毛で長い髪をした20代前半くらいの女性だ。褐色の肌をしている。魔国の者だろう。
他の女性は震えたりおびえたり諦めたりした様子だったのに、彼女だけは毅然とした態度だった。
話を聴くと、彼女は視察中にさらわれた貴族令嬢のようだった。
「そなたは幼いのに、怯えておらぬな。怖くはないか?」
「荒事は苦手なんですが、どうにも巻き込まれてばかりでして。まぁでも、突然婚約者から婚約破棄された時のほうが怖かったですね」
「ふっ。幼いのに苦労しているのだな」
彼女の言動から、かなり高位の貴族であることが伺えた。口調は少々高圧的だが、楽しそうに笑う令嬢だ。笑った顔は、ちょっと可愛い。僕は彼女に妙に気に入られてしまったようだ。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「ああ、すまない、察しの通りこちらもお忍びでな。ここではリリアと名乗らせてもらおう。そなたは何と言う?」
「では、レブラとお呼びください」
「ふむ。わかった」
令嬢と協力して囚われた女性の身元を確認すると、影の者に指示を出して安全に保護されるように手を回す。無事に全員を解放することができた。
その後、予定通りアジトに火を放つ。
しばらくすると、屋敷に放火されたことに気づいた誘拐犯が集まってきた。野次馬ではないことを確認し、油断しているところを背後から襲う。
中には手練れもいたようだが、油断しているところを強襲したためか、あっさりと片付けることに成功した。頭目らしき人物に人数を吐かせ、全員を捕えたことを確認する。
ようやく一段落ついたところで、リリアにお礼を言った。
「ありがとうございました。あなたの協力のおかげで、女性たちを速やかに救出することができました。いずれお礼をさせてください」
「いいや、礼をするのはこちらの方だ。異国の者ながら、そなたは偏見なく手を尽くしてくれた」
偏見が少ないのはきっと、前世の記憶のおかげだろう。褐色や入れ墨、ケモミミや有翼人種なんかは、アニメや漫画で散々見慣れてしまっていた。
「うーん、それではおあいこ、ということにしましょうか。また遭うことがあれば、食事でもご一緒しましょう」
「そうだな。……そういえば婚約破棄されたのだったか。どうだ? 妾のものとなれば、立場は約束してやろうぞ?」
「ふふふ、面白い冗談ですね。僕はまだ8歳ですよ? それとも少年趣味がおありですか?」
「はははっ! 少年趣味か。そうかもしれぬな。縁談なぞ、片っ端から断っておるからのう」
「あははははは」
立ち話をしていたら、徐々に遠くから人のざわめきが近づいてきた。野次馬が集まってきたのだろう。さっさと立ち去らないと。
最後まで残って協力してくれたリリアに別れを告げる。
「では、またいつか」
「ええ、そのうちに」
リリアと分かれ、僕は残りの日数を何事もなかったかのように過ごし、3日後、帝都へと向かったのだった。
◇◇◇◇
帝都での女帝との謁見の日。
目の前の玉座には、港町で助けた褐色の美女、リリアが座っていた。
シャーロット・リリアナクロエ・エリアート・ルーベル。通称、冷酷非道の女魔王。
完全に予想外だった。
「……ほう、そなたが連合王国から来た第四王子か」
女魔王が目を細めて楽しそうに言った。
「わらわは魔公国を統べる者、シャーロットだ。王国の者よ、海を渡り遠路はるばるよく参られた。さて、そなたの誠の名は何と申す?」
「……レンブラントと申します。食事は、できなさそうですね」
「うむ、そうだな」
女魔王が楽しそうにクックックと笑う。
お知り合いですか? と宰相に尋ねられたが、首を横に振るほかはない。
しばらくすると、リリア、もといシャーロットが爆弾発言をしてきた。
「……うむ、わかった。そなた、妾のものになれ」
「は?」
女魔王に求婚された。突然の話に、魔国の者にも動揺が走った。自他ともに寝耳に水である。
「返事は?」
「勿論、お断り致しますよ!! 恐れながら奏上しますが、立場が違い過ぎます! 年齢も!!」
弱小国の第四王子と、魔公国全体を統べる女帝では、権威が違い過ぎる。格が違い過ぎて、まず同じテーブルに座ることがない。せめてもう少し強国の、第一王子あたりが妥当だろう。
ふと、記憶の片隅で隣国の第一王子のアルバートの顔が思い浮かんだ。
「ふむ、まあよい。時間はあるからな。これからじっくりと詰めさせてもらおう」
「僕の話聞いてました!?」
やはりこの女性は少年趣味なのだろうか?
少なくとも数年は、この王宮に滞在しなくてはならないのに、意図せず貞操の危機と隣り合わせとなってしまった。
これから始まる生活に不安しかなかった。
◇◇◇◇
最初の1年目に発生した珍事を挙げると、枚挙にいとまがない。
僕の湯浴み中に浴室に乱入されたり、廊下ですれ違うたびに頭や顔を撫でられたり、背後から気配もなく忍び寄られて耳元で恥ずかしいことを言われたり……。
はだけた衣類で布団の中に待機されたときは、宰相の部屋のソファーを借りる羽目になった。
アプローチが直接的過ぎて僕には刺激が強すぎた。
ちなみに変化球だと、シャーロットの部下のお姉さんに迫られたこともあった。胸と足を強調した格好で、秘書として付けられた時は、どうしていいのかわからなかった。
挙句の果てに、「魔王様は、もっと凄いんですよ……?」と耳打ちしてきた。
気を抜くと意識を持っていかれそうになるので、ひたすら外交や事務仕事をしていた。
2年目。仕事にも慣れて、魔国と連合王国との交易が盛んになってきた。どこから求婚の話を聞きつけたのか、アルバートが「シャーロット様には俺の方がふさわしい!」と難癖をつけてきた。
なんでや。お前マーガレットはどうした。
マーガレットの扱いが心配になって気になったが、シャーロットの返事も少しだけ気になったので聞いたら、あっさりと断っていた。少しだけほっとしてしまった。
どうやら魔王という地位を求めた縁談が毎年大量に届くらしい。少年趣味だと思われていた方が都合がいいそうだ。
3年目。夏に一時帰国して自国に外交の成果を報告した。魔国から学んだ技術や文化を取り入れるべく、しばらく自国で仕事をして、秋に魔国に戻った。戻ったらシャーロットに拗ねられた。しばらく離れていたせいもあってか、最近、シャーロットがちょっと可愛く見える。宰相に相談したら、先に宰相がシャーロットの部下と結婚してしまった。裏切られたような気持になった。
5年目。ついに押し切られてシャーロットと婚約してしまった。婚約したことを知ったマーガレットから、なぜか復縁したいと申し出があった。アルバートの俺様な態度に嫌気がさしたらしい。手紙には、恨み言なのかのろけなのか分からないような文章が延々とつづってあった。アルバートとよろしくやってくれ。
――― そして10年目。
ある場所で、貴族の結婚を知らせる鐘が高らかに鳴った。
その鐘は魔国全土に響き渡り、街には花が溢れた。
かつて冷酷非道と呼ばれた女魔王はその日、レースの白い衣装と王族のマントに身を包んでいた。
「参ろう」
「ああ」
もう一人の王族の腕を組み、3階の広いバルコニーから外を臨む。
参賀に訪れた人々の顔には笑顔があふれている。
女魔王の隣には赤茶色の髪をした青年が立っていた。