98.閑話6:聖騎士
ドナン・カリーニ。カリーニ子爵家の次男であり、栄えある聖騎士の一人としてスクトナ・グランビレ、コートニア・サフランといった聖女の側付きを拝命し、任務を果たしていた男だ。
当人の性格には少々問題が存在していたが、少なくとも仕える聖女に対してはその問題が発生することはなく、故に実力ある聖騎士として認められていた。
「ぐああああああ!」
だが。
既に彼は人の姿を捨てさせられ、黒ずんだ皮膚にちくちくとした太い毛をまばらに生やしたケダモノと成り果てていた。
まとっていた鎧はいくつかのパーツを残してその足元に散乱し、武器として携えていた剣は右手と融合し長い爪と化している。どうにか顔だけは人の頃の容貌をわずかに残しているが、真紅の髪は身体に生える太い毛と同質のものに変化していた。
「……兄上」
実の弟であるエイクが、ぽつりと呟く。その声ももう届かないであろう、獣はがおうと威嚇の声を発した。
かつて仕えていた聖女スクトナへの想いが、仕える相手がコートニアに変わってからもドナンの中で変化することはなかった。スクトナはそんなドナンを誘い、ワリキューア帝国に住まう魔女のもとへと向かったのだ。
スクトナの実家グランビレ家に、グランブレスト王国の支配権を与えるという魔女の誘いがあったのだろう、と後の調査では結論付けられた。だが。
「どなんにチカラヲ、ドナンにちかラヲ、ドナンニチカラヲ」
スクトナは精神を破壊され、ドナンに破壊の力を与えるためだけの祈りの機械となっている。外見は老婆のごとき姿となっており、もう余命はほぼないのではないだろうか。もっとも、その推測の正否を今確認することはできない。
聖騎士であるガルデス、そしてエイクにできることは元の仲間を力を持って制止することだけだ。
「いざ、参る!」
「ごがあああああ!」
ガルデスが先陣を切り、一気にドナンの懐まで潜り込む。スクトナの『呪い』により肉体が大型化したドナンは、故に元々大振りの癖があることもあり自らの懐に隙を持っていた。そこまで入り込んだガルデスが振るった剣は、しかし。
「ぐっ!」
「ぎぃあ!」
鎧と同じように硬質化していたドナンの皮膚に弾かれた。もっとも、獣の上げた声にはわずかに痛みの色が滲んでいたから、効果はあるのだろう。
「隊長!」
「エイク、相手を混乱させるように動け!」
「は、はい!」
声を上げたエイクに、ガルデスは指示を飛ばす。これもドナンの癖で、身近に敵がいたとしても問題ないと彼が判断したときには遠くの敵に意識が向かう。
スクトナやコートニアの身柄が今まで無事だったのは、それでもなんとかなるレベルの敵しか現れなかったか……共に他の聖女たちがいたから、だろう。つまりは、他の聖騎士も共に。
「ぐが、がああ!」
「こちらですよ、兄上!」
腕を伸ばし、剣が変化した爪でエイクを突き刺そうとするドナン。だが、その腕を交わしざまにエイクが振るった剣によって爪が上方に弾かれる。
「がおう!」
「こちらもいるぞ!」
無防備になった喉元を、ガルデスが狙う。ギンと硬い音はしたけれど、小さな傷がついたことをその目は見逃さない。何度も、何度も突くことでその傷は少しずつ、広がっていく。
「ごあああ! があっ!」
「兄上は、集中力が足りなさすぎるんです!」
しつこいガルデスの攻撃を払おうと、ドナンが視線をそちらに向けた。だが、伸びたままの腕にエイクもまた、数度に渡って剣を振るい傷をつけていく。
さらに、不意にドナンからの攻撃が二人の聖騎士に届かなくなった。柔らかな光の膜が、彼らを含めた魔女と敵対する者たちを覆ったのだから。
「聖女殿、ご助力痛み入る!」
「このくらいならあ、大丈夫ですわあ」
ガルデスの言葉に、拳に同じ色の光を宿した聖女ピュティナはいつものような穏やかな笑みで答えてみせた。




