96.呪われよオロカモノ
「それで、可愛さ余って憎さ百倍とばかりに帝国も王国も潰そう、と考えたんだね」
周囲の魔女軍兵士たちをあらかた片付けて、セーブルさんが魔女に向かって言った。
結局は、彼女のワガママがこの状況を作り出したんだ。全てを手中に収めようとして、自分の父すら手にかけた、愚かな魔女のワガママが。
「おだまり! 聖女キャルン、お前さえ私の思うように動けば!」
当の魔女本人は、あくまでも自分が悪いのではないと主張する。私が、魔帝陛下が、皆が悪いんだって。
ああ、これ『のはける』の最終盤でキャルンが言っていたことだよな、と思い出す。
あの中で彼女は魔帝陛下に寄り添ったエンジェラ様が悪い、どうしようもない無様な愚か者に成り果てたフランティス殿下が悪い、弱っちい王国が悪いと泣き叫びながら、エンジェラ様を呪おうとした。ま、魔帝陛下がいたんで無理だったけどさ。
「冗談じゃない。あんたの考える私は『のはける』の、王国をぶっ潰した小娘でしょう」
そのキャルンには、私はならない。エンジェラ様だって王国にい続けてるし、フランティス殿下は未来の即位を期待されている王太子殿下のままであり続けている。
それに不満を持っているのは魔女くらいのもので……あーまあドナンさんやスクトナ様もいるけど、彼らも魔女にたぶらかされた部分はあるだろうしなあ。最終的に選んだのは本人だけどさ。
「そうならないように、私は頑張りました。あんたが今、魔女なんて呼ばれてこんなことをしているのは、あんた自身の責任よ」
「な、な」
もう、猫かぶってる余裕なんてない。言いたいことはきっちりぶちまけてやろう。ピュティナ様やセーブルさんの結界と、ガルデスさんや聖騎士たちのおかげで魔女軍は掃討されつつあるし。
ただしドナンさんは、スクトナ様が横で祈ってるせいか何とか持ちこたえている。魔帝陛下が睨みつけているだけなのは……あーうん、魔女が何やらかすかわからないから、だろうね。まさか、ここから遠距離魔術攻撃ゼロ距離射撃とかやらんと思うけど。
「まあまあ」
ずがん、どん、どんと響く音を立てて、ピュティナ様が魔女の兵士たちを殴り飛ばす。その彼女はにこやかな表情のまま「どうせえ、もう遅いんですよお」といつもの口調で述べてみせて、それから。
「魔女キャレラは、帝国と王国に仇為すものとして討伐される。諦めなさいませ」
真剣な眼差し、ピリリと引き締まった口調。
ピュティナ・セイブレスト様はそう、魔女キャレラに対して言い放った。
もちろん、それで黙っている魔女ではない。ある意味煽ったんだろうなあ、ピュティナ様。
「ふざけるなあああああああ!」
ぐわりと大口開いて叫んだ魔女の表情は、あからさまに悪役の顔になっていた。それなりに美人なのにもったいない、と男性なら思うかもしれない。私は女だけど、見る分にはきれいな方がいいしなあ。
「スクトナ・グランビレ!」
「ひうっ」
「ドナン・カリーニ!」
「がっ」
ぱっと見がわかりやすいラスボスと化した魔女が、スクトナ様とドナンさんの名を呼ぶ。途端、二人が喉をかきむしるように苦しみだした。っておいおいおい、何やってるんだよ一応味方だろ?
「あはははは! わたしのために祈れ祈れ祈れええええ! 聖騎士ドナンを化け物にして、暴れさせろおおおおおお!」
え、あ、そっちか。魔女め、二人を呪って手駒というかアレだ、洗脳敵役。いや、二人ともこちらにしてみたら敵だけど。
「ドナンに力を、ドナンに力を、ドナンにチカラを、どなんにちからを」
「ぐ、が、あああああああ!」
「ドナンに力を、どなんにちからを、ドナンニチカラヲ、ドナンニチカラヲ」
苦しみながらスクトナ様は、ただただ一つの言葉を唱え続けるだけになってしまった。その言葉を受けてなのか何なのか、ドナンさんの肉体がこう筋肉もこもこ、その表面に血管が浮きまくり、顔が歪み、いわゆるモンスターっぽい感じに変貌していく。
「え、あれ何ですの」
「おそらくは、呪いの力」
呆然と見つめていたコートニア様の疑問に答えたのは、魔帝陛下の呆れたような一言だった。




