89.意外に相手はマヌケ
「はじめまして、愚かな者共よ」
真っ黒のドレスに身を包み、真っ黒のフードで目元を隠し、多分近くに生えてた木で作ったんだろう長い杖で地面を叩く。
これが、スヴァルシャの魔女。『のはける』では大した役でもなかったはずの、ラスボスか。
「我こそはこの国を統べる魔女、侵略者を大歓迎するわ」
「侵略者、ですか」
「そう言えば、あちらは独立を宣言していましたわね」
上から目線のセリフにセーブルさんがため息をつき、エンジェラ様が思い出したかのように言葉を口にする。うん、私もすっかり忘れてたし。
しかし、どうやってここまでわざわざお越しになったんだろうね、この人。ラスボスなんだから、本拠地でどっしり構えていればいいのに。
……というか、私目当てで来たような発言してなかったか、さっき。
「あなた、どうやってここまでおいでになったのかしら。王国軍が周囲を守っていたはずでしょうに」
「手段さえ選ばなければ、皆が道案内をしてくれるのよ?」
コートニア様の質問に、魔女はうっすらと笑みを浮かべつつ胸元から小さな瓶を取り出した。おのれおっぱい、どうせ私は物しまえるほどしっかりした胸しとらんわ。
そんな事を考えている私以外の王国軍の人たちは、いきなり表情が険しくなった。よくわからないけれど、あの瓶の中身がやばいものなのかな。そうなんだろうな、コートニア様がこっそりお祈り始めたし。
「本来なら、そこの田舎娘に使ってもらおうと思ったんだけどうまく持ち込めなくてねえ。せっかくだから、私に武器を向けた愚か者共に使ってあげたわ」
「何で私なんですか」
「王太子が田舎者に溺れたほうが、外から見てて面白いじゃないの」
何かこの魔女、言ってることが何というか……理解できるけど理解したくない感じ。というか、『のはける』本編ぽい展開になるよなあとは思ったんだけど。
それが嫌で私は、フランティス殿下にへばりついたりエンジェラ様をいじめたりなんてしないで、普通にしっかり聖女をやっているわけなんだけど? 他人の人生、面倒くさい方向に向けようとしないでくれるかな。
「外にいた兵士たちは、今や私に惚れ込んだ馬鹿どもに成り果てている。この私、スヴァルシャの魔女が一言命じればお前たちを相手に戦を始めるわ」
「できるとお思いで?」
「聖女コートニア。お前の解毒能力が魔薬に勝てるとでも?」
「勝つに決まっておりましょうに」
自分の持ってる薬の効果を信じてやまない魔女と、自分の能力を信じてやまないコートニア様。もちろん私は、コートニア様を応援してるわけだ。エンジェラ様もセーブルさんもガルデスさんも、みんな。
「呪いの力も入っているようですわね。であれば、わたくしも助力できるはず」
「ちっ」
あ、エンジェラ様のセリフに魔女が舌打ちした。ビンゴか。
であれば、エンジェラ様とコートニア様の祈りを邪魔させなければこちらの勝ち……かどうかはともかく、あの厄介らしい薬の無効化は可能というわけね。
「さすれば、身柄の確保は僕がやろう」
「自分も協力いたします、聖者殿」
「まあ。女ひとりに男二人なんて怖い怖い」
戦闘態勢に入ったセーブルさんとガルデスさんに対し、魔女はそんなこと言って身体をくねくね。うん、多分相手が悪かったね、魔女。周囲の騎士たちは反応してるけど、この二人には無理だわ。あとエイク、頬赤くしてるのは後で言い訳聞くからね。
「でしたらあ、こちらも女ひとりで対処いたしますわあ」
「ぐっ!?」
いきなり、魔女の背後から声と同時に光の膜が発生した。同じ光で魔女も反応したけれど、どごっという鈍い音が響く。
まあ、語尾の間延びっぷりにみんなして『ですよねー』という顔になったのは言うまでもない。
そこに仁王立ちになる、拳を握って笑顔のピュティナ様を見ればね。