84.閑話5:魔帝
険しい山の中腹、森を切り開いて続いている道の先にスヴァルシャ別邸は存在している。元は帝国と王国がその領土を奪い合う戦を繰り広げていた頃、帝国が築いた砦がもととなっていると言われるものだ。
そこは現在、本来の砦としての機能を取り戻していた。ただし、相対する敵は帝国と王国、その両方であるが。
「魔術部隊、第一、第二、撃て!」
凛とした声が響き渡る。次の瞬間、僅かに離れた森の中から放たれた数種の魔術が砦を襲い……雷撃と火炎は光の壁に弾かれた。水流だけが砦の壁を洗うさまを目の当たりにした帝国軍は、その情報を最高司令官へと即座に伝える。
「雷魔術、結界により防御されました!」
「炎魔術、防御されました!」
「水魔術、結界通過!」
カーキ色の武装を主とする帝国軍の中にあって、司令官は髪の色に合わせた漆黒の装いである。その彼に伝わった情報は、即座に効果的な命令へと変化した。
「第二部隊、水魔術に土魔術を混入し放て。第一部隊は雷魔術を継続、効果を伝えよ」
「了解であります!」
命令が部隊に伝わり、程なく再び魔術が撃ち込まれる。展開した光の壁をわずかにくすんだ色の水流が通過し、それを伝わるように雷撃が滑り込んで壁の一部を破壊した。
「効果あります!」
「続けて放て。そのうち魔女も対処するだろうが、その前に大砲部隊及び歩兵部隊を接近させておけ」
「はっ!」
手際よく指示を出した後、黒衣の司令官は別の配下に視線を向けた。こちらは現在、王国の白い武装を身にまとっている。
ラハルト・ジーヴェンは名目上、王国聖騎士部隊の一員としてこの戦に参加しているが実のところは、帝国に王国の情報を伝える密偵である。それを王国側も薄々感づいているのだろう、双方の情報を伝達する役目を彼に命じているのだ。
「王国の射撃部隊と歩兵部隊は動いているか?」
「こちらの魔術攻撃に乗じて、裏側より接近中とのことです」
「よし。では、半時後を目処に突入と伝えてくれ」
「承知いたしました」
手短に伝達事項を伝えると、ラハルトは頭を下げてすぐさま姿を消した。その背中を見送ることもせず、司令官はその場に残る最後の一人……己が今の地位に付く前からの側近である老戦士に、ゆっくりと向き直った。
「さすがに、スヴァルシャの魔女が相手では少し手間取るな」
「砦の魔術防御も、未だそれなりに動作しておるようですからの」
「魔女ではない、と?」
「魔力供給は魔女でございましょう。ですが、あの展開の仕方は砦の機能ですのう」
「なるほど」
スヴァルシャの別邸が砦であった頃の機能を知るかのように、老戦士は平然と頷く。そうして、自らが仕える長を見つめる目を細めた。
「すっかり、長の顔となられましたな」
「いつまでも、そなたや父の配下たちに操られている俺ではないぞ」
「承知しております。ワシを始めとした老人共、そろそろ隠居の時期ですかの」
「そうしてくれると助かるのだが、跡継ぎが育ちきっていないのが問題なんだよなあ……」
がり、と漆黒の髪を指先でかき回す。司令官の困った声の理由が戦ではなく別の問題であることに、老戦士はほっほっほと声を上げて笑った。
「目の前の戦に困っておらぬところは、さすがお父上によう似ておられます」
「我が軍に加えて、王国軍の力も借りているのだからな。王国側は聖女まで連れ出して来ているのだぞ、これで負けてはグランブレストもワリキューアも、国と家の名を残すわけにはいかん」
「まあ、確かにそうでございましょうなあ。二つの国と家は消え、スヴァルシャが君臨することになりましょうや」
ほっほっほ。
老戦士の笑い声は止まらず、司令官は眉根をひそめてその姿を見つめる。
ややあって司令官は長い漆黒の髪を指先で背中に流し、ふうと一つため息をついた。
「ワリキューアも、グランブレストも消さぬ。消えるのは、スヴァルシャだ」
「御意」
張り詰めた真剣な声に、老戦士は表情を引き締めるとその場にひざまずく。主たる黒衣の司令官……ワリキューア帝国魔帝アレン・ワリキューアはその呼称にふさわしい、残忍な笑みを端正な顔に映し出してみせた。
「我が帝国の名を穢した罪は重いと、己の生命を持って思い知るがいい。スヴァルシャの魔女め」




