81.帝国部隊のリーダー
山の麓、林の中を少し進んだところに広場と砦が見えた。王国軍の人たちや馬、馬車が忙しそうに準備を進めている。
あと、箱がいろいろ山積みになってる。書いてある文字からすると食料とか、武器とか、毛布なんてのもあるなあ。いやー、聖女になってよかった。王城で勉強させてくれたおかげで、文字読めるようになったし。
前世じゃ普通に文字の読み書きはできたけど、今の世界はそういうもんじゃないしね。
「ベースキャンプはこちらになります。物資の補給基地も兼ねております」
「ああ、ここから山登りですもんね」
ここまで護衛してくれてたガルデスさんが、手早く説明してくれる。そうだよなあ、山登りにはベースキャンプっているもんな。
普通に登るだけでも食料とか水とかテントとか色々いるのに、戦となると武器弾薬まで増えるんだもの。いや、弾薬はほとんどないか。この世界、銃とかまだ発展してないんだよねえ。大砲はあるけど持ってくるのが大変だし、こないだの部隊からむしり取ったアレのほうが射程は長い。
「幸い、スヴァルシャ別邸まで道が整備されておりますので、馬車で進むことは可能です」
「それは助かりましたわ」
ガルデスさんの説明に、全員ほっと胸をなでおろす。さすがにヒールのある靴じゃないけれど、私たちが履いている靴はあまり長く歩くのには適してない。お城で履いてたのよりはしっかりした底のある靴を頂いているけれど、相手は山道だもの。
というか、目的地ってスヴァルシャの別邸なんだ。砦を別邸にするって何かすごいというか……いや、魔女の目的にはちょうどよかったんだろうね。既に軍事基地になっててもおかしくない、というかなってるだろうし。
「ただ、途中でつり橋があるそうでして」
「まあ」
エンジェラ様が、頬に手を当てる。こういう場所だからそりゃ、つり橋くらい谷にかかっているだろうけれど……え、その上馬車で通るのか。うわあ、怖いなあ……なんて私は思ったんだけど、エンジェラ様の危惧は別のところだった。
「わたくしどもを近寄らせないために橋を落としているか、懐に引きずり込むために温存されているか。どちらでしょうね」
「落ちていなければあ、通る間はわたくしが結界で守りきれますわよお」
「はい。いずれにせよ、防衛と補修用の部隊は必要かと思われます」
そっちかー。つり橋を普通に通れることは前提で、その上で既に落としちゃったかこれから落とすか、か。……通っているときに落とす、という選択肢がないのはピュティナ様がいるからだろうね、うん。
で、私たちは出立の準備ができるまでテントを一つ貸してもらうことになった。ピュティナ様は守りの要だし、エンジェラ様やコートニア様、それに私は治療係として忙しくなることが予測できるので、ゆっくりしてくださいとガルデスさんが言ってくれたのよね。
でも、それ以外に別の用事ができた。具体的には、一緒に来ていたラハルトさんが「聖女の皆様方」と顔を出したんだけど。
「ワリキューア帝国側の部隊を統べる司令官閣下が、ぜひとも聖女様方にご挨拶したいとのことでお越しになっています」
おー、帝国軍のえらいさんか。私たちはお互いに顔を見比べて……代表してエンジェラ様が、ゆったりと頷いてくれた。
「そうですわね。共同作戦を取るのですから、ご挨拶はしておくべきかと」
「では、ご案内申し上げます」
その返事にホッとした顔をして、ラハルトさんはこちらに礼をしてくれた。そういえば、帝国の人とちゃんとお話するのって、初めてじゃないかなあ。ラハルトさんは魔帝陛下の密偵だけど、それは秘密ということになってるものね。
そうして表に出て、大きなテント……ガルデスさんたちが控えている、司令官用のテントにお邪魔した私たちの前に現れたのは。
「聖女の方々には、お初にお目にかかる。此度の作戦にて、ワリキューア帝国部隊を指揮するアレン・ワリキューアだ」
ガルデスさんよりもほんの少し背は低いけれど、堂々たる姿の青年だった。背に流れる漆黒の髪、鋭い真っ黒の目、まとう鎧も黒に銀の装飾。
……この人を私は、『のはける』でバッチリ見ている。当然だ……だって、あの話でのヒーローはこの人、いえ、この方だもの。
「……アレン……魔帝陛下でいらっしゃいますか」
私たちは自然に、膝を落とす。そうして深く、深く、礼をした。




