78.報告と世界のリアル
翌日。
ぐるぐる巻きにされた刺客さんを積んだ荷馬車と共に、私とエイクは普通の馬車でお城に帰ってきた。
『荷物』を引き取ったガルデスさんが、肉を目の前にした空腹の熊みたいな笑顔だったのがとっても印象的である。ああ、ご愁傷さま。
「それで、キャルン様」
で、私たちはフランティス殿下とエンジェラ様のところに報告に向かった。昨夜の事も含めて全部ぶっちゃけると、エンジェラ様がとても明るく笑ったのはなぜだろう?
「聖者様にお守りいただきながらの夜は、安心してお休みできたのではありませんか?」
「勘弁してくださいよ……ものすごく緊張しちゃったんですから」
「あらもったいない。何の心配もなく、深く休める夜でしたのに」
「馬車の中のほうがよく休めましたよ……」
ええと、エンジェラ様? さすがにセーブルさんに守ってもらうなんておそれ多すぎて本当に緊張しちゃったんですからね。勘弁してくださいよ、もう。
「聖者セーブルには、我がグランブレスト王家はとても世話になっているんだよね……褒美を取らせようと父上が伺っても、すごく遠慮するんだ」
「そうなんですか?」
うんまあ、『のはける』でもちらっとしか出てきてないからあまり良く知らない人だけど、でも出世欲とかそういう欲求とは縁遠いところにいる人だよなあ。
「邸宅も小さいものでいいっていうし、結婚も特に考えていないそうだし」
「お家を継ぐ必要がございませんから、こちらからも無理強いはできませんわね。する必要もありませんし」
殿下もエンジェラ様も、セーブルさんには何かお礼したいって思ってるんだろうな。何か好きな食事とかおごってあげれば、それで喜びそうな気もするけど……うん、わからん。
ま、セーブルさんはまだこれから忙しそうだし、どんなお礼やご褒美を出すにしたってその後だよね。
「さて」
エイクが持ってきてくれた報告書を読み終わっていた殿下が、紙をひとまとめにしながら小さく笑った。何か、ホッとしたって感じだなあ。
「こちらはもう大丈夫そうだね。一両日中には帝国側の状況も判明すると思うんだが……ま、あちらも大丈夫だろう」
「そうだといいな、とは思いますが」
「魔帝陛下が、このところ反逆者がいなくて退屈だとふてくされておられるらしいよ?」
誰から聞いた、とは殿下は言わない。こちらも聞くつもりはないし、どうせ聞いても教えてくれないだろう。
こっちにいるラハルトさんみたいな人から、情報が来てるに決まってるんだから。それが誰かなんて情報漏洩、するわけもなし。
……いやほんと、『のはける』キャルンってこの殿下を色ボケ役立たずクソ王子によく堕落させたな。すごいな、私だけど。
ま、そこらへんは置いておこう。今、この世界にいるキャルンは『のはける』のキャルンではなく、この私なんだからね。
「……ご自身でお出になるとか、そういうことですか?」
「魔物や敵を倒すのがストレス解消法、というお話は以前に使者の方から伺っておりますわ」
エンジェラ様、けろっとしておっしゃってるけどそれ、『のはける』では同行してますからねあなた。いや、この世界ではないだろうけどさ。
『のはける』でエンジェラ様を保護した魔帝陛下は、帰りに魔物の群れに襲われる。よし見ておけ、とかいいながらエンジェラ様を片手で抱きかかえ、もう片手でその群れを一掃しちゃうんだよね。
で、その後エンジェラ様を狙う者がいても大丈夫だ、と声をかけるんだ。その時はエンジェラ様、さすがにちょっと怖かったんだけどだんだんほだされていって以下略、と。
魔物の群れを片手で片付ける魔帝陛下、魔女の派遣部隊が数十人程度なら多分両手で片付けられると思う。伊達に魔帝、なんて呼ばれ方はしてないお方だよね……ははは、『のはける』みたいに敵に回さないことにする、絶対に。
「何となくですけれど、こちら側に来られた方が魔女の配下の方々、良かった気がします……」
「どのような末路になろうと、自業自得ですわ。キャルン様はお気になさらず」
「そうだね。キャルンは、助けられる人命を助けたんだ。できることはきちんとしたんだから、大丈夫だよ」
だいたい、『のはける』じゃキャルンはこの二人から、こんなありがたい言葉をかけられることなんてなかったもの。