77.聖女の仮宿はテント
「やれやれ」
なんだかんだで夜遅くなったので、私とエイクはテントを一つ特別に借りられることになった。明日、明るくなってからお城に帰ってねということである。どこに刺客さんがいるかわからない以上、少しでも危険を回避したいもんね。
「明朝にはここを離れるんですよね?」
「はい。頂いた情報を持ち帰り、王城にて今後の対策を協議することになるかと」
私用の寝床を確認してくれているエイクは、そう答えてくれた。近衛隊の人と交代で番をしてくれるんだろうなあ……いや、ごめんね。これがピュティナ様なら、ここ全体に結界張っちゃったりするんだろうなあ。
「どういう展開になりますかしらね」
「帝国の出方次第だと思いますが、多分挟撃ですね」
「向こうとこっちで、魔女一派を挟み撃ちにする、か……」
ここにいる人たちから情報を貰えれば、おそらくは魔女の本拠地もある程度は判明するんだろう。そうすれば帝国と協力して、魔女を倒しに行くのがベストな展開だよなあ。
だけど。王国側はセーブルさんのおかげでなんとかなったわけだけど、帝国の方は一体どうなったのやら。
「帝国側が魔女の派遣部隊に対し、どうなったのかが分かりませんからね」
「そうですねえ」
エイクはのんきに答えてくれて、寝床をぽんと叩いて「大丈夫ですよ」と頷いてくれた。ありがたく腰を下ろさせてもらうと、ちょっと硬いけど十分寝やすい床のできあがりである。いやほら、平民って結構布団薄いのよ? 中綿とかないし。
「世に名を知られたワリキューア帝国ですもの、いくら相手が魔女とは言え、そうそう後れを取ることはないと思うんですが」
「確かに、キャルン様のおっしゃる通りですね。ただ、あのように遠くからの魔術攻撃というのは帝国でもあまり前例がないのではないかな、と僕は思うので」
「それもそうだけど……そうよね」
前世世界でも、大砲とか飛行機とかドローンとかいろんな攻撃方法があったのは一応知ってる。技術の発展に伴って、それまでにはなかった様々な兵器での攻撃が登場してくるものだ。
それがこの世界では、人の魔力を集めて長距離魔力ビームってだけの話だ。王国側ではピュティナ様という対抗手段があったけれど、帝国側であの攻撃を予測なり把握なりして防御できる力があるのかどうか。
……いや、こっちにピュティナ様がいるんだし、帝国に似たような能力持った人とかいても変じゃないんだけどね。
「……ん?」
ふと、何となく上半身を前に倒してみた。うん、何となくだったんだけど。
次の瞬間、背中の上を何かが飛んだ。ざく、と地面に突き刺さる音がしたので、何か飛んできたのは間違いない。
「何者!」
即座にエイクが、剣を抜きながら地面を蹴った。ぶんと横に振られた剣に、かきんと硬いものがぶつかる音がする。うわあ。
「いやまあ、どう考えても不審者だけど!」
「セルフツッコミそこか!」
がん、ぎぃん、がつっと連続でぶつかり合う音は、間違いなく剣同士の音です勘弁してくれ。つーかエイクとやりあってる相手、わかりやすく全身黒装束の時代劇とかで見るような忍者っぽいスタイルである。
「っ!」
おっと、隙を見つけてこっちにまた何か投げてきた。慌てて私は寝床の影に隠れてやり過ごす……んー、めちゃくちゃ太い針、みたいなものだな、投げてきたの。これあれかなー、コートニア様かばったときに食らった毒のやつみたいなものかな。
「……確保しとこ」
毒があるかもしれないものを直接触りたくはないから、靴の爪先で蹴ってテントの端に避けておく。後で近衛隊の人に回収してもらえばいいよね、これ。
「っおあああああああ!」
「!?」
「キャルン様!」
エイクに名前を呼ばれて、顔を上げる。さっきの黒装束がエイクを頑張って振り切ろうとしながら、こちらに向かって短剣を振り上げてきていた。
いや、えっと、さすがにこれは、ちょっと。
「ぎゃあああああああああああああああ!」
思わず絶叫した次の瞬間、黒装束は真横に吹き飛んだ。テントの布が絡みついて、動けなくなったところをエイクがのしかかって、押さえた。
「大丈夫ですか、キャルン様!」
「すみません、遅くなりました!」
ああ、近衛隊の人と……あれ、セーブルさん?
と、とにかく、助かったあ。