73.哀れスケープゴート
祈る。
私をこの世界に転生させた神様にか、『のはける』原作者にか、はたまたこの世界で信じられている神様にかは分からないけれど。
とにかく祈って、人々の怪我を治したいので力を貸してください、とお願いする。
「お、おお……」
「傷が、跡形もなく消えた……」
つーか、こんな大雑把なお祈りで怪我治っていいのか、この世界。いやまあ、『のはける』でも割と適当な能力描写だったけどさ。
「グランブレストの聖女は化け物か……?」
「こらそこ、口が悪いぞ」
「ああ、お構いなく」
何か、前世で聞いたことあるようなお言葉をもらったのに兵士さんが怒ってたけど、別に私は気にしない。皆治ったみたいなのでお祈りを解除、最後に神様ありがとうございましたーとお礼を述べた。頭の中で。
「ですが……」
「だってここの人たち、その化け物のおかげで元気になられたわけですもの」
困っていた兵士さんに、全力でにっこりと笑顔を浮かべて申し上げよう。ねえねえ、化け物に怪我治してもらってどんな気分?
ふふふ、さすがは王都に打ち込まれようとしてピュティナ様に防がれた魔力攻撃の魔力の元の皆さん、すっごく気まずそうに顔をそむけてしまったわ。ざまーみれ、死ななかっただけマシだと思ってね。
……というわけで、今私のお祈り、聖女キャルンの能力で怪我を治された人たちはセーブルさん率いる近衛隊によりとっ捕まった、王都奇襲部隊の魔力担当の皆さんであるらしい。護衛してた兵士の人たちは、ほぼセーブルさんがお片付けずみだとか。あ、存命の人はさっき私が祈って治しておきました。いや、息も絶え絶えだったもんで、こっちの人たちと違って。
「お疲れさまです、キャルン様」
「いえ。疲れているのは多分、神様の方だと思います」
「ははは、まさか」
能天気に話しかけて来られたセーブルさん、いやまじで神様のほうが疲れてるんじゃないかなーと私は思うんだ。だって私、全然疲れてないもの。あと、一部隊相手に無双かましたセーブルさん自身もだ。
「この全員、取り調べるんですか」
「そうなります。我々にはわからない事情もありますからね」
「それもそうですね……」
地面にへたり込んだ十数人を見渡しながら、セーブルさんと話を続ける。視界の端でエイクが軽くふてくされた顔をしてるのは、はて何でだろう? 自分が活躍できなかったからか? 聖女のおつきが活躍するってつまり、聖女がピンチに陥ったってことだぞ?
まあ、この人たちから事情を聞いても、多分詳しいことは分からないだろうな。無理矢理に連れてこられたっぽくはないので、お国の敵だか領主様の敵だかを潰すぞとか言われて協力しに来たつもりだったんじゃないかなあ。
だから多分、この人たちは上の方の事情は知らない、と思う。知ってたらきっと、その人は長いお話をしなければならないしね。
……とすると、この人たちを連れてきた人は、どうしたんだろう?
「ところで、リーダーはどなただったんですか?」
「あれです」
ついセーブルさんに尋ねてみると、彼は一箇所を指し示した。魔力担当の人たちから離れた場所にひとつ、布のカーテンで区切られた区画がある。その中からいひひひひ、とひきつるような笑い声が聞こえてきて。
「ご覧になりますか」
「の、覗くだけでしたら」
「どうぞ」
何が入ってるんだ、と見せてもらった中身は私より年上の女性だった。黒いフード付きのローブをまとった彼女はぺたりと地面に座って、あらぬ方向を見つめながらいひひひひと笑い続けてる。うーわー。
「……うわあ」
「自決を試みまして、何とか取り押さえたのですがその後、ああなりました」
セーブルさんの説明に、背筋がぞわっとする。えーと、よくあるおかしくなっちゃった案件ってことなんだろうけれど、いくらなんでもこの人は噂の魔女じゃないよねえ。イメージだけど、例の魔女ってかなり図太そうだし。
「ということは、首謀者じゃなさそうですね」
「ええ。黒幕は別にいて、かれらは王都奇襲のために派遣された部隊と考えております。彼女はそのリーダーで、情報漏洩を防ぐためにあのような処置をされたと私は推測しているんです」
「思いっきり捨て駒にされてますね」
というか、わかりやすく悪の大ボスじゃないか。『のはける』の大ボスって結局私だったはずだけど、この世界では魔女さんがやってくれるのか。助かった……わけねえだろー!




