55.問題提起タイムロス
「まあまあまあ。どうりで気配が増えたのですわねえ」
エイクとの会話から十日くらい後、例によってフランティス殿下主催のお茶会の場である。やたら回数多くないかなと気にはなっているんだけど、婚約者と同僚の聖女たちと仲良くなるのは王家としても重要だろう、みたいなことになっているらしい。
結論としては、私たち聖女の護衛はこっそり増やしてくれたそう。それを聞いたピュティナ様の感想が、これだった。そうか、気配読めるのかこの人。さすが武闘派聖女様。
「ああ、やっぱりピュティナには分かるんだね。手練を配備してもらったつもりなんだけど」
「これでもお、セイブレストの娘ですのよお」
殿下もそこら辺は予測してたらしく、にっこり笑顔を崩さないまま会話を続けている。私とエンジェラ様は思わず顔を見合わせて、同時に肩をすくめた。いや、私はさすがに分からないし。
「わたくしにはさっぱり分からないのですけれど、その方が気が散らなくていいのかもしれませんわね」
「まあ、わたくしも慣れておりますからあ」
うん、エンジェラ様も気配わかんないよね。でもまあ、確かに四六時中周囲から人の気配がするのはちょっと、うん。ほら寝るときとか……もしかして、偉い貴族ってこういうのにも慣れないといけないとかいう? よく平気だったな、『のはける』キャルン。
「ところで、コートニア様は?」
「少し遅れるって連絡があったんだけどね」
エンジェラ様の質問に、殿下が首を傾げつつ答える。うん、まだ来てないんだコートニア様。今日は別々に行動してたから、一緒に来ることもできなかったし……あ、メイドさんに案内されて入ってきた。
「お待たせして申し訳ありません!」
「失礼いたします。手土産をお持ちしました」
なぜか、一緒に入ってきたのはドナンさんじゃなくてラハルトさんだった。おいお付きの聖騎士、仕事しろよ。弟であるエイクのほうが、きっちり仕事してくれてるぞ。今もゲルダさんやレックスくんと一緒に、聖騎士用のテーブルでお茶してるところだし。
「ああ、大丈夫だったみたいですね。良かったです」
「ご無事そうで何よりですわ、コートニア様」
「え、ええ。そうですわね、この状況で遅れるなんて、そう考えられてもおかしくはないですわね……」
「ひとまずはよかったですう」
私も含めて聖女全員、ほっと胸をなでおろす。いやだってさ、いつどこでセイブランとかグランビレとか帝国反体制派とかが仕掛けてくるかわからない状況じゃない?
「ラハルト。手土産を見せてもらっていいかな」
「そのために、こちらにお持ちしたのです。どうぞ」
一方殿下はというと、ラハルトさんが持ってきた『手土産』を渡されていた。厚手のA4ノート……というか、紙を紐で束ねたやつである。製本技術はそれなりにある世界だけど、一般的にはああいうのがよく使われてるんだよなあ。
「何ですの?」
「多分、裏帳簿だね。セイブランの」
「取り潰しの際に持ち出されたようですが、焼く前に隠密が入手いたしたようです」
「なるほどね」
ほうほう、裏帳簿。あるんだそんなもん。いや、あるから手に入ったんだけどさ。あと殿下、そういう意地悪そうな笑顔できるんですね。キャルン覚えた。
「ちゃんと調べれば、少なくともセイブランと帝国反体制派のつながりを見つけることはできると思う。もしかしたら、そこからグランビレにつながるかもしれないし」
ばさ、と雑に閉じられている裏帳簿を手のひらで叩いて、殿下はそれをラハルトさんの手に戻した。笑顔はそのままで、ピリッとした感じの声で命じる。
「これはすぐに、父上のところに」
「はっ」
すぐに、ということでさっと頭を下げて、ラハルトさんはすぐにお茶会を離れた。速攻で調べないと、向こうも動くだろうってことだよね。ご苦労さまだと思う。
「それで、コートニア。君が遅れるなんて、よほどのことがあったんじゃないかな?」
「よほど、と申しますか……その」
裏帳簿はもう人任せにしたので、次はコートニア様の話に入ることにしたらしいな、殿下。いやほんと、遅れてくるのは珍しいと思うんだけど、ドナンさんがいないのが気になる。
「今朝から、ドナンの姿が見えないのです。他の者に聞いても所在が分からず、それで探し回っておりました」
つーかお前かカリーニ次男! ほら見ろ、向こうで三男が頭抱えて突っ伏してるじゃないか! 何やってんだ!