46.閑話2:魔女
「何で失敗してんのよ。ばっかじゃないの?」
薄暗い室内に、苛立つ女の声が響き渡った。
「は、はい! 申し訳ありません!」
「謝って済むなら、そもそもお前たちなど使わないわ」
玉座にも似た豪奢な椅子に腰を下ろしているのは、グランブレスト王国の聖女がまとうものとよく似た形、色合いのドレスを身に着けた女。清楚な服をまとった水色の髪の彼女は、美しい顔をひどく歪ませて自らの前に平伏した男を見下ろす。
「分かってるんでしょ? あのクソ魔帝を追い落とすためには、聖女エンジェラが必要なんだって」
「わ、分かっておりますが」
「だったら、しっかりやってもらわないと。魔帝を惚れさせるレベルの女なんて、今の世界にはあれくらいしかいないんだから」
「はあ……」
ワリキューア帝国軍の装備を身にまとった男は、困り果てた顔で女を見上げた。次は何を言ってくるのか、それは自分にできることなのか、不安でたまらないようだ。
そうして女は、三時のお茶菓子を選ぶような気軽な口調で言葉を放った。
「とにもかくにも、まずは聖女キャルン。あの女に接近して、王太子と結びつけてやるのよ。そうすれば王太子は聖女エンジェラを邪魔に思って、なんとかして国外に放り出してくれるわ」
「グランブレストの王太子は、そこまで愚かですか」
「惚れた女次第でね。愚かな女を側に寄せれば、あれは馬鹿になるの」
まるで身近でその人物を見ていたような口調に、男ははてと首を傾げる。ワリキューア帝国どころか、この城からもろくに外出したことのない女がなぜ、隣国の王太子についてそう断言できるのだろうか。
「お前は王城に潜り込み、聖女キャルンを手先にしてしまいなさい。王太子殿下と結ばれるのは、お前なのだって言ってあげて」
「へっ?」
「何しろ、元平民よ? 王太子と結ばれるチャンスって聞いたら、乗ってこないわけがない」
これまた、女はその聖女をよく知っているかのように断言する。その指示に、男は従わざるを得ないのだが、だが。
「しかし、もしその話に乗ってこないことにでもなれば……」
「まさかそんなことはないと思うけれど、でも奥の手くらいはあるわよ。王太子殿下へのプレゼント」
不安げに問う男に、女は自身の年齢よりも大人びた妖艶な笑みで答える。そうして指先につまんでみせたのは、香水のものと思われる小瓶……ただし、中身がどす黒いけれど。
「貴族なら、知ってるでしょ? どんな女でも、どんな男でも、目の前にいる誰かを愛してしまう魔術薬」
示された答えに、男は露骨に顔色を変える。その存在がこの部屋の外に漏れでもしたら、自分と彼女の運命はそこで潰えることをよく知っているからだ。
「あ、あれは禁薬でございます! 帝国でも、王国でも!」
「だから、いいんじゃないの」
ことん、と音をさせて、女は椅子の肘掛けにその小瓶を置いた。指先で軽くいじりながら、企みが言葉として紡がれていく。
「かかってしまえばそれで良し、バレてしまったら聖女エンジェラのせいにすればいい。禁薬なんてもの使ったりしたら、いくら公爵家の娘でも厳罰は免れない」
「……」
「仲の良かった婚約者の間で、禁薬が使われていた。となれば王国内は混乱するでしょうね……もしかしたら、自分たちの仲も魔術薬による影響かもしれない、なんて噂を流してあげたりとか」
満面の笑みで女が紡ぐ言葉を、男は必死で飲み込んでいった。それが最終的に、自分たちの目的を達するための手段足り得るのかどうか……もう、彼にはわからない。
ただ。
「魔女様も、なかなかあくどいお考えをなさる」
「伊達に魔女、ではないのよ」
この世界には全く広まっていない存在を名乗り、女はにいとピンク色の唇を歪めてみせた。




