42.狙ったはプリンセス
黙々とお茶を飲み、書類を読み、しばらくしてガラティア様がぽつりと呟いた。
「しかし、何でまた国境を越えてこちら側に手を出そうとしたんじゃろね?」
「それなんですけどお」
多分書類に書いてあるはずのことなんだけど、ガラティア様が疑問に思ったのも分かる。ピュティナ様もそれは同じだったのか、答えを言葉にして出してくれた。
「もうちょっと先の方に書いてあるんですけどお……これまでに捕まえたうちの一人があ、おかしなことをおっしゃってるそうなんですう」
「おかしなこと?」
「エンジェラ様を王国から追い出してえ、魔帝陛下の妃にするんだそうですう」
「は?」
「ぶっ」
思わず吹いたのは私である。ガラティア様は目を丸くして、ぽかんと口も丸くした。いや、ほんと気持ちは分かる。
というか、何で帝国の反魔帝派とでも呼ばせていただこうか、その連中が『のはける』の展開を持ち出してくるんだ?
「何じゃ、その突飛な発想は」
「わたくしにも、わかりませえん」
そして、『のはける』を知らないはずの二人の反応は常識的というか、普通そうだよね。
何で魔帝陛下を追い落としたい勢力が、その相手に聖女エンジェラ様を押し付けようとするんだか。つーか、『のはける』ではそのせいで王国が滅んで帝国が隆盛を極めちまうわけなんですが!
「だ、第一、エンジェラ様を魔帝陛下の妃にするのって、反対勢力からするとおかしくないですか?」
「そうなんですよねえ。ああ、先の方に書いてありますよー」
おお、ちゃんとお調べは済んでいるらしい。いや、書類を読んでも多分理解はできない……と思いたいんだけど。どれどれ、と紙をめくっていく。
「えーと……あ、あったあった」
「『エンジェラ・レフリードは我が方の間諜とし、魔帝の懐に潜り込ませ暗殺の任を務めさせる』……無茶をおっしゃるのう」
「無茶ですねえ」
この供述、私よりもエンジェラ様よりも、フランティス殿下がかなりお怒りなんじゃないだろうか。エンジェラ様を反魔帝派の手先にして魔帝陛下暗殺て、いい加減にしろよ。
まあ、魔帝陛下も自分の暗殺を狙ってることを知っただろうから、そろそろ反魔帝派はひどいことになり始めてる気がする。というか、なってしまえ。
「……それで、エンジェラ様をこき使うための手段としてキャルン様を利用しようとしたわけ、かの」
「そうらしいですう。供述したお馬鹿さんはあ、『どうして彼女は王太子と懇ろにならないんだ』とか何とかおっしゃられたそうでえ……ほら、ここですう」
「あー、さすがにフランティス殿下、殴っちゃいましたか……」
何か変だぞ、これ。いや、エンジェラ様を利用しようとしたり私を利用しようとしたりした相手をフランティス殿下が殴っちゃったのはともかく。
つまりこの供述の相手とその周りは、『のはける』と同じように話を展開させたかったっぽい。私をフランティス殿下にくっつけて、エンジェラ様を国外追放させようと企んだわけだから。
ものすごーく深読みするとだ、反魔帝派周りに『のはける』の展開を知ってる人がいるんじゃないか? それで、私がフランティス殿下とお近づきになるように動かないから、そういうふうに無理やり動かそうとした、とか。
いや、本気で無茶だろ、それ。どこの誰かは知らないけれど、私が『のはける』キャルンのまんまだと考えているんだろうか。だろうな、うん。
「ちゅうか、キャルン様。フランティス殿下のことはどうお考えなさっとるんじゃな?」
「ひゃっ!?」
おう、考え込んでいたらこちらに話を振られてきたぜ。慌ててそちらに意識と視線を向けると、ガラティア様はともかくピュティナ様がわくわくした顔でこっちを見ている。いや待て。
「どおなんですかあ?」
「どうって言われても……エンジェラ様とはお似合いだなって思いますけど」
「まあ、いきなり王太子殿下ですものねえ。かっこいいですしい」
あら、ピュティナ様の口からそういうセリフが出てくるとは思わなかった。というか、なんとなく頬が赤くなってるのは気のせいですかピュティナ様。
「わたくしたちにとってもお、フランティス殿下は憧れの人だったんですう。ですからあ、どなたが好意を持っていても全然おかしくないのですよお」
「そ、そうなんですか」
「そうじゃねえ。わしの孫娘も、殿下を拝見する目は恋する乙女のそれ、じゃったね」
「まあ、婚約者がエンジェラ様に決まっちゃいましたからあ、諦めもつきましたけどねー」
……そうか。普通はそういう考え方なのかな、貴族のご令嬢の皆さん。
奪いに行こうとした『のはける』キャルンが異常なんだろうな、うん。そういうことにしておこう。