41.辺境伯からのデータ
その翌日。
「ガラティア様あ、キャルン様あ」
「あれ?」
聞き慣れた、間延びした語尾の声が聞こえたので慌てて外に出てみる。後ろから、ガラティア様もえっちらおっちらついてきた。
馬車が止まっていて、そこからひらりと舞い降りてきたのは当然というか、ピュティナ様だった。たしかこの近くの村で耕作地整備のお手伝いしてるって話だったけど、はて。
「おや、ピュティナ様じゃったね。どうなさった」
「元親戚の子分どもがあ、大馬鹿をやらかしたそうですわねえ。それでえ、後始末と鬱憤ばらしに参りましたあ」
「死なせん程度になされや。処刑人のお給金に響くでな」
「ええ、それはもちろんですわあ」
ああ、やっぱりというか知り合いなんだ、この二人。
双方笑顔で普通に会話してるんだけど、内容が微妙に怖い。要はピュティナ様、刺客連中をしばきに来たんだよねえ。いやほんと、死なない程度に頼むよう。
……と思ってたら、ピュティナ様は笑顔のまま紙の束を出してきた。どうやらこれも、彼女がここに来た理由なんだろうな。
「それから、父に頼んで集めておりました帝国側について情報が入りましたのでえ、お伝えに参りましたあ」
「おお、そうかえ。どれ、茶でも飲みながら話をしようではないか」
やっぱり……というかそうか、実家って辺境伯家だもんな。他の国に睨みをきかせる家柄なんだから、そりゃあちこちの情報集まるわ。それを使ったのはさすがだよな。
……私も、セデッカ伯爵に頼んだらやってくれるのかな? 無理っぽい気がする、根拠はないけど。
「あ、ど、どうぞ」
「お邪魔しまあす」
私の事情はともかくとして、ピュティナ様にお話を聞くために私は、宿の扉を開いたままにした。
テーブルを整え、お茶を準備してもらって私たちは、ピュティナ様からお話を聞いた。
「手っ取り早く申し上げますとお。魔帝陛下とは距離をおいておられる、めんどくさあい勢力だそうですわあ」
「おやまあ」
すっごく分かりやすい説明をしてくれたピュティナ様の持ってきた書類には、だいたいそういったことが書いてあった。
もう少し具体的な話をすると、魔帝陛下の一族とは別系統で帝国創建の頃からある古い一族の分家。本家は一応帝国には忠誠誓ってるけど分家は……という、セイブレストに対するセイブランみたいな連中が更にパワーアップした一族とのことだった。
そりゃ確かにめんどくさいな、うん。セイブランですらアレなんだから、その上位互換型なんてもう、ねえ。
「父の方から、魔帝陛下側には状況を伝えてくださったとのことですう。ある程度はあ、あちらにおまかせしてもよろしいかとお」
「帝国内部までは手を出せないですし、お願いするしかないですね」
セイブレスト辺境伯が動いてくれたのなら、帝国側に関して私たちが動けることなんてないだろう。そう思って私は、ちらりとガラティア様の方に目を向けた。
お茶を一服してからガラティア様は、ふむと少し考える顔になった。
「先代の魔帝陛下なれば、即座に叩き潰しただろうねえ。今の魔帝陛下にはまだ、そういう連中の相手は難しいじゃろうよ」
「先代をご存知なんですか?」
「一度、こちらの国にお忍びで来られたことがあるからねえ。わしゃ、そのときに軽くご挨拶しただけじゃよ」
ううむ、さすがおばあちゃん。そりゃ、先代とかご存知でもおかしくはないよね。もし帝国の人たちが私たちより長寿命でも、ガラティア様は私たちの親の親、くらいの世代だし。うっかりするとそのもう一つ上。
「先代の魔帝陛下は、なかなか苛烈な方だったと伺ったことがあるが、わしがご挨拶した方は朗らかな笑顔が印象的じゃったよ」
「そりゃあ、こう申し上げては何ですけどお、外面がよろしくできない方には国の長は務まりませんわよお」
「そのくらいは、わしも分かっとるがね。当時は若かったからのー」
いくらなんでも、こういう話に私は割り込めない。ので、顔をひきつらせつつお茶を飲むことに徹した。コトント村の実家で飲み慣れたお茶に近い味で、私にはこっちのほうが合うなあ。