40.愚かなりセイブラン
「もしかしたら、と思うんじゃがの」
ふと、何かを思い出すようにガラティア様は虚空に視線を向けた。そこから、私に目を戻す。
「キャルン様、お前さんの登場が連中を動かしたきっかけかもしれんなあ、とわしは思うんじゃ」
「私?」
いやまあ、私を使おうとしたんだからある意味きっかけになった、って可能性はある。けれど、私が聖女の素質を認められたそこから、と言われてもなあ。
ともかく、ガラティア様のお話を聞いてみようじゃないか。ここまで来たら、『のはける』は参考資料程度に考えるしかないわ、うん。
「平民から聖女が出ることは、そこまでまれっちゅうわけじゃあない。わしが若い頃、一人おったからねえ」
「そうなんですか?」
「うむ。キャルン様と同じで、住んでいた土地の領主様の養女になってお城にやってきたんじゃ。確か、ルミナ様っちゅうたかね」
そうなんだ。
ただ、今いる聖女が私込み九人で、その中で平民出身は私一人。その前がどうやらガラティア様の若い頃の一人、となるとやっぱり結構珍しいんじゃないかな?
……えーと、この世界って平均寿命どのくらいだっけ……まあいいや、五十年くらい前ってことにしとこう。貴族ならいい生活してるから、きっとそこそこ長生きなはずだ。
「そのルミナ様を巡ってな、恋の鞘当てちゅうか……まあ、要は奪い合いが起こったんじゃね。当時の第四王子殿下と、あと高位貴族のご子息がたの間で」
「は?」
それは初耳。一応歴史とか学んでるけど、そんな話聞いたことないぞ。
というかそっちの方が『のはける』、つーかそっち系っぽくないですか。私、すっかりハチャメチャなルート行ってる自覚はあるし……いや、うっかりフランティス殿下落として破滅ルートは進みたくないもの。
「ルミナ様の養子先は男爵家での、つまり王子殿下やご子息がたのご意向には逆らえなんだ。最終的には当時の近衛部隊隊長のご子息が射止めたんじゃったかな」
「……王子殿下は、お家から止められたあたりですか?」
「んむ、よう分かったのう。そうそう、いくら聖女でも男爵家の娘とでは釣り合いが取れん、ちゅうてな」
でーすーよーねー。私を養女にしてくれたセデッカ家の伯爵、でも結構ぎりぎりじゃね? 普通は公爵家か侯爵家、あたりとくっつくらしいし。あ、これは『のはける』知識だけど。だから『のはける』のエンジェラ様、キャルンに対して家の格を考えたほうが良いとか言ってたもんなあ。それ以前に私、王太子の妻なんて無理だって。
「その後に判明したんじゃが、ルミナ様を養子に迎えた男爵家が画策しておってな。王子殿下と結ばれることになれば自分の家の格を上げてもらえるのではないか、そうでなくとも重鎮の子息と結ばれれば家をもり立ててもらえるのではないかと」
「え」
……もっとひどかった。だって『のはける』はあくまでも、キャルンが個人的に暴走かましてフランティス殿下が馬鹿殿下になって、っていう話だったもの。養子先の家がやばいことやってたら問題じゃん。
「……もしかしますけど、当時の王子殿下とか貴族子息の皆さんって、婚約者……」
「おったぞえ。まあ、王子殿下はそもそも四番目じゃったしの、低い爵位と小さな領地つけられてお城から放り出されたわい」
あはははは、そりゃえらいことになるよなあ。というかもしかして、このへんは授業で習うもんじゃなかったりするのか。ガラティア様みたいなリアタイ勢が、普通にご存命だもん。あと、貴族の間では周知の事実とかな。
しかしそうすると、久しぶりに平民出身の聖女である私が出てきたら王家なんかは特に警戒するんじゃないだろうか?
「ああ、それは大丈夫じゃろ。チェック済みということじゃよ」
「フランティス殿下やエンジェラ様が後ろ盾としてついてくれてるのは、それでですか?」
「ま、監視もあるんじゃろうがそれよりは、平民出身では貴族の中でマナーやらしきたりやらで大変じゃろうからそのお世話、っちゅうことじゃろね」
一応尋ねてみると、あっさりとガラティア様はぶっちゃけてくれた。いや、いいのかよ。私はやらないけれど、『のはける』では国を滅ぼすに至ったクソ聖女だぞ、キャルンって。
「それ以前に、聖騎士が迎えに来たじゃろ? あの中に、養子先の家周りやキャルン様ご自身に怪しい魔力や術の痕跡がないか確認する、魔術師がおるんじゃよ」
「……ホントですかー」
「ルミナ様の一件以降、そういう取り決めができたんじゃ。貴族出身の聖女でも、主流派から外れている家の場合何をやらかすかわからん、ちゅうてな」
チェック済みってそこですか。くそう、気が付かなかった……いや、気づいてたら余計怪しまれてたかもしれないから、結果オーライなのか。
もし『のはける』でもそういうチェックがあったのだとしたら、本気でキャルン自身がクズとかそういうことになるな……いや、今私だけど。
「さて、お馬鹿なことをやらかしとるセイブラン家なんじゃが、実際のところはどうじゃね?」
不意に、ガラティア様に尋ねられた。難しいところは置いといて、聖女に限ると私の答えは単純なものになる。
「……セイブランの周辺からは、聖女は出てきませんでした」
「そうじゃ。本家セイブレストからピュティナ様は出ておるが、本家とは仲が悪いからのう」
うん。それに、分家であるセイブランが本家セイブレストの令嬢を利用して出世しようとか、無茶にもほどがあるよね。
……ああ、それでか。
「領地が近いセデッカ領で見つかった、という情報が届いたので、セイブランはキャルン様に目をつけたんじゃなかろうかね」
利用しやすい聖女、つまり私が見つかったので、そこに乗っかろうとしたのか。愚かなり、セイブラン。