35.ふてくされブラザー
『聖女の先輩たちは皆とても優しくて、毎日楽しく修行をしています。しばらく帰ることはできませんが、どうかお元気で。
あなた方の娘、キャルン』
自分の名前を書き入れてペンを置き、ふうと大きく息をついた。インクが乾いたところで便箋を畳み、封筒に入れる。『セデッカ伯爵領内コトント村 クランド宛』としっかり記してある封筒を、私はまじまじと眺めた。
「あら」
お城の中に、前世で言うところの郵便局に当たる窓口があるのでそこに持っていく途中、ドナンさんを連れたコートニア様と鉢合わせした。もちろんこちらもエイク連れなんだけど、何でドナンさんが不機嫌そうな顔をしているのやら。
「お便りですの?」
「はい。もともとの実家に」
「ああ、平民のお家に。そう」
セデッカ伯爵家の養女なわけだけど、あくまでも名義上のものだしなあ。いや、一応書いてはいるよ? 一緒に出すもう一つの封筒には『セデッカ伯爵家 当主様宛』の宛名があるんだけどね。
「初めて、自分でお手紙を書いたんです。喜んでもらえると良いんですけれど」
そう、この世界で私が自分で手紙を書くのは、これが初めてだ。前世なら日本語と英語ちょっとくらいは書けたんだけどね、違う言葉だし。というか、ここに来るまでまともに学ぶ機会もなかったからさ。
なので素直にそう述べると、ドナンさんはまあ想像通りというかはっと鼻で笑ってきやがった。エイク、あなたのお兄さんモテないだろ。いや、聞かなくても分かる。どうせ次男だし、嫁来なくても婿に行けなくてもなんとかなるでしょ。
対してコートニア様は……目を細めて、何か楽しそうに頷いてくれた。
「良かったじゃありませんか。これで、代筆業者に依頼する面倒がなくなりますわね」
「はい。何しろ、文章を口で伝えなければならないので結構恥ずかしいみたいです」
「……それは確かに恥ずかしい、ですわねえ。ものにもよりますけれど」
うん、自分で文字書ける貴族の方々は、代筆屋さんに手紙を書いてもらうときの面倒とこっ恥ずかしさを知らんだろ。世の中にはラブレターやプロポーズを代筆してもらう人も多々いるんだぞ、よくシラフで頼めるなあと思う。いや、お酒飲まないけど。
「ともかく、お早く出してきなさいな。ご両親も喜ばれますわよ」
「ありがとうございます、コートニア様」
最近ツンが緩んできた気がするコートニア様に頭を下げて、私は窓口に向かった。うん、やっぱりドナンさん、不機嫌そうだな。
「……エイク。ドナンさん、機嫌悪そうですねえ」
「ああ。この前の襲撃騒ぎで、自分が蚊帳の外だったのが面白くなかったらしくて」
「…………なにそれ」
エイクが呆れ声で教えてくれた真相に、思わず素で返してしまう。
いや、あの場にコートニア様いなかったじゃん。私とエンジェラ様だったんだから、当然エイクとゲルダさんが戦うことになるでしょうが。
何で、そこに参戦できなくてふてくされてるんだか。わけわからん。
「聖騎士部隊の中でも城に常駐している部隊は、そうそう戦功を上げる機会がないんです。俺だって、あれが初陣のようなものでしたし」
「……それで、戦をして自分の功績としたかった、と」
「はい」
うあー面倒くさいなあ、もう。
ただ、そう言われるとドナンさんの気持ちも分からなくもない。戦しなくていいじゃん、と思うのは私が軍人とかじゃないからだ。聖騎士部隊というのは軍人なんだから戦して功績上げるのが出世の道、みたいなものだから。
エイクはあの襲撃で私とエンジェラ様を守りきり、ゲルダさんと共に襲撃者を殲滅した功績で騎士見習いの見習い、が取れた。まだまだ新米ではあるけれど、れっきとした聖騎士部隊の一員と認められたわけだ。誰に、というと国王陛下とフランティス殿下に。
「コートニア様が任務で外に出るようになったら、機会もあるんじゃないかしらねえ」
「そうですね」
自分の弟にすら呆れられているドナンさんを、少し哀れだと思った。いや、あれで長男だったら大変だったよなあ、カリーニ家。




