32.騎士もティールーム
外部に情報を漏らしたくない話は、フランティス殿下の応接室でするのがすっかり恒例となった。まあエンジェラ様の婚約者だし、聖女はエンジェラ様の同僚になるわけであんまり問題でもないのかな。
「刺客の中に、わたくしが見知った顔がいくつかございましたわあ」
そうして本日の話題は当然、先日の刺客絡み。どうやらピュティナ様にも確認してもらったらしく、そのおかげで殿下は困り顔である。
「エンジェラやキャルンには大変申し訳ないことなんだけど、セイブランの愚行であることにほぼ間違いはなさそうだね」
「……お家、お取り潰しになったんですよね?」
「そうだけどね。取り潰しといっても、貴族の籍を剥奪されたうえで領地や地位を失っただけだから。本人はぴんぴんしてるよ」
殿下、説明ありがとう。ああ、当主が切腹とかそういう話じゃないのか。なるほど。
つまり、平民になったセイブラン一族郎党が野放しなのか。いや、監視はしてくれてるんじゃないかなーと思うんだけど、ねえ。
「セイブランが何を考えているのか、よく分かりませんわね」
「単なる逆恨み、でしたらよろしいのですけれどお」
今回は全力で部外者なんだけど、念のためということで一緒に呼ばれて説明を受けたコートニア様がピュティナ様と顔を見合わせて肩をすくめている。まあ、聖女ということで一緒くたに襲われる可能性だってあったからなあ。……まだあるかもしれないし。
「それと、キャルン様が見知っていた二人に関してですが」
ゲルダさんが、書類をめくっている。エイクも当事者なので、私やエンジェラ様の側付きということで今回は同席している。お茶は少し離れたところに、別に準備されているようだ。一緒に飲めばいいのになあ、二人とも貴族の一員なんだし。
「セデッカ伯爵領アカント村、及びコトント村近辺の住民ではありませんでした。恐らく、聖女の素質を持つキャルン様のお顔を確認しに行ったものと思われます」
「そうなんですか……」
一応村には住民票みたいなものもあるし、大きくない村や集落だとまるっと全部顔見知りなんてこともあるからね。確認するのは難しくなかった、と思う。
この世界、写真はないから似顔絵を描いて見せるんだよね。上手い人はほんと、写真レベルに描けるっていうし。
……あれ、あの夫婦、そう言えば。
「あ、あの、赤ちゃん、連れてたんですけど」
「赤子までは確認ができませんでした。ただ、調査した村周辺で行方不明になった赤子はいないとのことです」
「そ、そうですか」
私に会うためにどっかの赤ちゃん拉致って持ってきた、なんてことはなさそうである。するとあの赤ちゃん、本当にどうしたんだろう?
そう思ってた私に答え、というか推測を出してくれたのはエンジェラ様だった。
「あの二人は本当に夫婦で、キャルン様にお見せした赤子は本当の子供だったのかもしれませんわね」
「でもそれでは、その子はふた親を同時になくしたことになりますわ」
「戦争でも、獣との争いでも、よくあることですわ。……そばにいる大人が、育ててくださるとよろしいのですけれど」
コートニア様の怒りも、突き放すようなエンジェラ様の言葉も、この世界では割と当たり前のことだ。本当に、誰かが育ててくれてるといいな、と思う。
「それはそれとして。セデッカ伯爵領の領民でないとなりますと、外部からの侵入者かと思われます」
「セイブラン領の人物と見て間違いないだろう、と報告書にはありますね」
真面目な騎士と騎士見習いのコンビが、書類を見ながら先を進めてくれる。……うん、まあ、そうなんだろうけれどさ。
そうそう、ほいほい来られるものなのかな?
「セデッカ伯爵領とセイブレスト辺境伯領は近いですわ。セイブレストの分家である、セイブランの領地も確か近いはずです」
「……えー」
と思ったら、コートニア様がさらっと教えてくれた。いや、何で知らないのって顔されてもさ、平民は自分の村とそのごく近くくらいしか興味ないんだよ。普段の生活には、そのくらいしか必要ないんだもん。
つーことは、つまり、だ。
もとセイブラン領にいた夫婦が自分の赤ちゃん連れて、新しく聖女の素質を認められた私の顔を確認に来た。多分、セイブラン家の指示で。
その後、セイブランは何を考えたのか私を利用して、エンジェラ様を叩き潰そうとして、ど失敗した。もしかしたらワリキューア帝国の一部と結託しての悪巧み、だったのかもしれない。
そうして逆恨みに、刺客で襲撃って何というか、なんというか。
くっそ迷惑!