20.聖女アイアンクロー
それから数日ほどは、何事もなく経過した。
あ、フランティス殿下がお茶会のお土産にってくれたクッキーはめちゃ美味しかったよ。エイクや聖女の皆にもと頂いたので配りまくって、全員でほっこりした。エイクが甘党だと分かったのはある意味収穫ね。
そのついでに細かいところを省いて、殿下とエンジェラ様を別れさせようとしてる姑息なやつが私を利用しようとした、ということだけは説明しておいた。
「あらあ、見つけたら捕まえておきますわねえ」
ピュティナ様は満面の笑みで、ばきぼきと指を鳴らしておられた。うん、何か勝てないと思う。諦めろ、姑息なやつ。
「どこのどなたかは存じませんが、せこいことをお考えになる方がいらっしゃるのですわね。キャルン様を利用しなければお二人の仲を引き裂けないとは、なんて哀れだこと」
おお、コートニア様。ものすごく同感です、私ごときを使わないとどうにかできないなんて、ばっかじゃね?
ま、それは置いといて、お茶会から三日後のお昼過ぎ、聖女と小姓や騎士皆でそろそろ授業だねーと歩き出そうとしたところで、ガルデスさんがやってきた。聖騎士部隊の総隊長殿が暇を持て余しておられるのは、まあいいことだろう。
「キャルン様」
「こんにちは、ガルデス様。どうしたんですか?」
「お手紙をお預かりしておりますが……その」
「え? ……ああ!」
一瞬何を言われてるのか、と考えかけて気がついた。この前と同じパターンじゃねえか、これ。
てか、前回がラハルトさんで今回がガルデスさんて何考えてんだ、どこの誰かわからないやつ。あとガルデスさん、事情知ってるはずだもんね。
「状況が状況ですもんね。ガルデス様に、内容を確認してもらえると助かるんですが。いいですか?」
「は、ありがとうございます。では」
私宛の手紙なので、開封の許可を出す。ガルデスさんは頭を下げてくれて、それから手に持っていた封筒を丁寧に開いた。中身を取り出して、開いて読んで、ぎろりと背後に視線を向ける。おお、こっちに向けられてなくても何か怖い、さすが聖騎士。
「当たりでしたあ?」
「は、ピュティナ様のご推察どおりでございました」
「ほえ?」
……ガルデスさんの後ろにピュティナ様とレックスがいることに、ここでやっと私は気がついた。うん、ガルデスさんの存在感と体格のせいだろうね。
それから、ピュティナ様が片手に何やらぶら下げているのにも気がつく。何やら、というか小姓の格好してるねえ。エイクやレックスと同じ格好だから。黒っぽい赤髪で、顔は見えない。だって、ピュティナ様がアイアンクローでふん捕まえてるから。
「ピュティナ様、そちらは?」
「ふふ。うちのレックスに、キャルン様宛のお手紙を渡そうとしていたお馬鹿さんがいたものですからあ」
「……なんでピュティナ様って、俺より素早いんですかね……」
「ちょうど自分も通りかかったのですが、一瞬の出来事でした」
ニコニコ笑うピュティナ様の手の中で、捕まってる誰かさんがうーうー唸っている。ああ、多分ピュティナ様、手に力入れてるんだ。
レックスどころかガルデスさんまで感心するレベルで、この方は動けるらしい。よく見たら誰かさん、適当な布なりロープなりでぐるぐる巻きにされてるし。
さてまあ、私宛の手紙をレックスに渡そうとしたので捕まえた、というピュティナ様の証言ですが。
「まあ、私宛ならエイク探しますよね。普通」
「俺に顔見られたくなかったんですかね」
そういうことである。私、聖女キャルン・セデッカに宛てた手紙を渡すなら直接私に持ってくるか、でなければおつきの小姓であるエイクを探すもの……らしい。ま、私たちのスケジュール知らなければ今どこにいるか、なんてわからないもんね。
なのに、私の小姓を探すでもなくこの誰かさんは、ちょうど通りかかったんだろうか、レックスに手紙を渡すことを頼もうとした。そうでなくても、この前来た手紙のせいでこっそりおおごとになっている状況なのだ。
「それで、怪しいと思いましたのでお持ちしましたあ」
「普通は連れてきました、だと思うんですが……まあお持ちしましたですね、それ」
「はあい」
そりゃ、ぐるぐる巻きにした誰かさんの顔ひっつかんで引きずってきたんだからこれは『持ってきた』だろうなあ。納得しちゃいかんのかもしれないけれど、これは納得せざるを得ない言い方だった。
「エイク。宿舎か訓練所にラハルトがいるはずだから、呼んでこい。面通しをさせる」
「は、はい、分かりました!」
ガルデスさんの指示で、慌ててエイクがすっ飛んでいく。ああそうだ、ラハルトさんに手紙渡したメイドさん、見つかってないんだった。
……ピュティナ様がぶら下げてる誰かさん、体格的には男性だけど……もしかして、女装したりもしてるのかな? 大変だなあ、潜入任務だろ、これって。