104.魔力不足バッテリー
「はああっ!」
「ぎゃひい!」
セーブルさんが、大振りの一撃を放つ。結界を通り抜けた斬撃は、魔女の肩口をかすめるようにヒットした。そのそばに生えていた、たくさんの髪触手を道連れに。
結界が器用なのは、張ってるピュティナ様が器用だからである。要はこちらからの攻撃を通し向こうからは通さない、なんとかフィルターみたいにしてるんだってさ。実用的なものを張れないと実家の任務じゃ役に立たない、って言ってたっけ。辺境伯家じゃなあ、確かに。
「何で、何で当たるのよお!」
悲鳴を上げながら、魔女はそれでもまだたくさん残っている触手をうねうねしゅぴんと伸ばしてこちらへ攻撃を仕掛けてくる。もちろん私やエンジェラ様、コートニア様のお祈りのおかげでデバフかかってるらしく、動きはだいぶ鈍いけど。
「わたくしども、聖女の祈りを甘く見ないでいただきたいものですわ」
「そのおかげで、俺たちの身体が軽い軽い。助かりますよ、聖女の皆様!」
コートニア様、言ってることは間違いないですが口調と声色が全力で魔女を煽っているので少し落ち着いてほしい。それとガルデスさん、楽しそうに暴れているなあ。一緒に戦っているゲルダさんが、微妙な顔してるぞ。
でも確かに、セーブルさんや聖騎士たちの動きが目に見えて良くなった。気がするんじゃなくて、実際にそう。
「触手の動きも、見えるよ!」
「女の命を、何だと思っているう!」
その証拠に、エイクが触手の動きについていけてばっさばっさと切りまくっているもんなあ。女の命って髪の毛のことか、大事にしたいなら触手にしないほうがいいんじゃないかな、魔女さん。
「キャレラ、何とも思っておらんぞ? ただの邪魔だ」
「アレン! おのれえええ!」
「俺を名前で呼ぶのは、今となってはお前くらいだな。……残念だ」
魔帝陛下の剣と魔女の髪触手がぶつかり合い、次の瞬間髪の毛がばさっと崩れる。髪の毛はまた伸びるんだけど、そのたびごとに魔女が肩で息をしてるんだよね。疲れるのか。
にしても、アレン、か。『のはける』だと、エンジェラ様が魔帝陛下と想いを交わしあったくらいから時々呼ぶようになったっけな。後、たまにお邪魔虫がアレンに近づくなとか言ってたっけ。そのお邪魔虫の一人がまあ、今目の前にいる魔女なわけだけど。
あっちでは、それなりに穏便な結末だったような気がする。いや、こんな魔物っぽくならなかったという意味でだけど。
もっともこれは、魔女自身が選んだ結果なんだししょうがないね。私のせいじゃない。
「ああああああ! 魔力、力が足りない!」
あ、魔女が遠吠えした。電池切れってところか。スクトナ様とドナンさんの二人分、もう使い切ったみたいね。
さてそうなると、彼女は当然補給したがるだろう。その目当ては、当然。
「お前たち、およこし!」
「冗談ではない!」
触手を細く伸ばして、怪我をしてる聖騎士や兵士たちを狙う。魔帝陛下や他の皆が頑張って切り裂き、私たちは必死に祈って動きを止める。つーか神様、さすがに天誅は無理だと思いますがもうちょっと力貸してくれんかー。
「これ以上、人の魂を食させるわけには参りません。怪我人は急いでお下がりなさい!」
「大丈夫なら、後で私が癒やしますから!」
まあ、そう簡単には行かないのでエンジェラ様に続き、声を上げた。これでも癒やしの聖女なんで、生きてれば多分どうにかできるはずだ。
私たちの声を聞いて、かなりの数の兵士たちがわっと逃げ出した。そりゃもう、その背中を狙うよね、魔女。
しゅるしゅる伸びていった触手の先を見ることもなくガルデスさんは「エイク、ゲルダ!」と二人を呼んだ。
『はい!』
その二人は呼ばれただけで自分の務めを把握したようで、即座に逃げる兵士たちと触手の間に降り立った。四方八方に伸びるかと思っていた触手なんだけど、せいぜい三方向くらいにしか伸びてない。電池切れだから、そうそうたくさん伸ばせないのかな。
「お前たち、私とエイクが守っている間に下がれ!」
「す、すみません」
「急いでください! 魔女に食べられたくなかったら、急いで!」
「ひいいっ!」
うん、エイク、その言い方が一番効果的だったな。逃げる人、大慌てで逃げ出したもん。いや、アレなら何とか大丈夫だろう。
「それならおまえがっ!」
え?
うわ、一本だけこっそり、私を狙ってきていたやつがいた。
そいつは私の胴体をしっかり巻きつけると、勢いよく自分のところまで引っ張り込んだってうわあやめろ!