100.壊れた聖女はアウト
「お前が! お前が王太子を籠絡しないからあ!」
「お前が言うなキャレラ!」
うわあ、魔女の髪触手が先端尖らせて突き刺す仕様になった。がんがんがん、と地面をえぐってくるのはきついなあ。
私たちは魔女から目を離さないように、後退りして距離を取る。魔帝陛下がうまく弾いてくれてるのとセーブルさんの結界のおかげで、直撃免れているのは幸いだ。
あと、めんどくさい文句には言い返してもいいよね? 魔帝陛下も突っ込んでくれてるけどさ。
「エンジェラ様がいるのにするわけないでしょうが! あんた直接見てないから知らないだろうけど、めっちゃお似合いなんだからねっ!」
「まあ、嬉しいことをおっしゃってくださいますわね!」
私の意見に、エンジェラ様がぽ、と頬を染める。えらく余裕があるなあ、と思ったけれど、お祈りはしっかり継続中だ。触手が彼女を狙うところでバラけて、髪の毛に戻っているのがその効果っぽい。
「似合う、似合わないの問題じゃないわ! 王太子を堕落させて王国を壊すのが、この物語でのお前の役目じゃないの!」
「物語じゃない! 現実は現実よ!」
「あららあ……お山の中にこもっておられたからあ、現実が見えておられないのですわねえ」
「ピュティナ様のおっしゃるとおりですよね、物語での役目とか言ってる時点で!」
「レックスが理解できてるのにい、あの方は理解できてないのですわねえ」
魔女は『のはける』を知っているから、キャルンがあの通りに動かなかったのが不満なんだろう。自分が帝国を乗っ取るにしろ何にしろ、聖女キャルンがフランティス殿下をたぶらかしてエンジェラ様を国外追放にする、というのを前提として考えてたんじゃないかな。
でも、私はそうしなかった。だからいろいろ計画が狂って、そういうものが溜まりに溜まった結果がこれだ。
「わたしは、このくにをじぶんのものにするの! そのためのどれいとして、おまえをつかってやろうとおもったのに、キャルン!」
魔女キャレラは、現実から目をそらしワガママを喚き散らすだけの存在と化した。ただ何か強いから困るんだけど。
「ドナンに力を、どなんにちからを、ドナンニチカラヲ」
聖女スクトナ様を狂わせて、ただ祈るだけの機械にしてしまった。あ、触手のもとにもなってるか。
「がっ、ぐあああああ!」
そうして聖騎士だったドナンさんをケダモノにして、暴れ回らせている。つっても今、ガルデスさんとエイク二人がかりで腕一本切り落としたけど。
「勝手に人を使ってるつもりになるんじゃない!」
ま、それはそれとしてあの言いぐさにはムカつくので、祈って祈って祈る。神様、あの魔女何とか弱体化させてください少なくとも触手はいらん。
「こんな物語がお望みなら、聖者の全力をもって打ち砕いてみせよう!」
「魔帝の名にかけて、お前はこの場で終わらせてやろう!」
がぎん、ばさばさ。
セーブルさんと魔帝陛下が剣を触手に叩きつけると、ちょっと前まではぽきんと折れていただけなのが今は折れた後、バラバラの毛に戻っている。これは弱体化、と見ていいんだろうか?
魔女とドナンさんはお任せするとして、スクトナ様の方は……と目を向けると、うわ。
「そろそろ、魔力切れじゃありませんかあ? おりゃあ!」
ピュティナ様が、スクトナ様の触手の一本を鷲掴みにした。そうして……いやそこから投げるの? 投げられるの? 投げたあ!
「どなんにい、ちからをおおお!」
「そろそろお、別のことをおっしゃってくださいましい」
地面に叩きつけられても同じ言葉しか話さないスクトナ様は、もうどうしようもないんだと思う。だからピュティナ様、多分無茶な要求してますよ、それ。
「レックスう」
「はいはい」
なお、スクトナ様の口に布詰めてしゃべれないようにした上でぐるぐる巻きに拘束してるレックスくん、ピュティナ様共々通常営業である。さすがだ。
回復し始めたらしい周囲の魔女軍兵士たちはピュティナ様のおかげで近寄れないし、触手な髪の毛はピュティナ様が全部捕まえて縛り上げてるし。ただ、あそこまで接近するのに時間がかかったっぽいけどね。




