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俺はシロ  作者: 安田けいじ
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シロの死


 俺の名はシロ、白い犬だから単純にそう呼ばれた雑種である。

 あれは遠い昔の冬、そう、二月のことだったと思う。天気のいい日の朝だった。


 ご主人様が厳しい顔でやってきて俺を見ている。朝ごはんかと尻尾を振ったが、何か様子がおかしい。

 ご主人様は手に何かを持っていた。鍬だ! 彼はその鍬を振り上げると俺の頭目掛けて振り下ろした。

 激痛が襲い、俺は地べたに転がった。頭をやられて、もう立つ力も出やしない。

 俺のただならぬ悲鳴を聞いた子供の一人が走って来て、血を流して倒れている俺を見た。彼は一瞬呆然としていたが、何が起きているのかが分かると、顔を強張らせて叫びながら家の中へと飛び込んでいった。


「お父ちゃんがシロを殺してる!!」


 次の瞬間、止めの一撃が振り下ろされ、俺はあっけなく死んだ。


「何がどうなっているんだ?」


 自分の突然の死に、俺はパニックになった。見えていた景色が消えて、真っ暗闇の世界へ引き落とされるような感覚が暫く続いた。

 それが落ち着いてくると、今迄の自分の犬生が走馬灯のように蘇って来た。


 俺がこの家に来たのは三年前の事だ、この家は村の外れの山裾にある小さな家だ。貧乏で、トタン葺きの粗末な家だった。周りは畑と田んぼ、前には田んぼを挟んで山がせり上がっている。隣の家まで五十メートルはある、ど田舎だ。家には祖母と両親、子供が四人の七人家族だった。

 この家に猫は飼われていたが、犬は初めてのようだった。俺は外で飼われた。子供たちは物珍しさもあってか、可愛がってくれ遊んでくれた。

「シロ、この棒を取って来い!」

「ワン!」

 春、レンゲソウが田んぼをピンク色に染め上げる中で、子供たちが木の枝を遠くに投げる。俺は尻尾を振って一目散にその枝を追いかけた。桃色のレンゲソウの中に俺の白がひと際輝いていた。

 そんな子供達との幸せな日々が一年余り続いて、俺は成犬になっていた。


 事の起こりは、俺の鳴き声だった。俺は寂しがり屋だ。夜になるとよく鳴いた。ど田舎ゆえに、夜の静寂に俺の声はどこまでも届いた。すると、近所から「うるさくて眠れない」と苦情が出たのだ。

 御主人は、色々悩んだ末に、俺を捨てることにした。

 単車の後ろに俺を乗せて、何十キロも離れた所へ捨てにいった。だが、数日すると俺は家に帰っていた。そんな事が何度も続いたが、俺は当たり前のように家に帰り着くことが出来た。今思えば鼻の効かぬ馬鹿犬だった方が良かったかもしれぬ。そのまま、野良犬となって生きた方が……。

 御主人は、手だてが無くなり、とうとう、俺を殺すことを決意したのだった。


 御主人を恨んでいるかって? そりゃあ一度は恨んださ。自分にも非はあったが、そこまでしないでもと思ったよ。でもな、俺に鍬を振り下ろしたご主人の目に涙が光っていたのを俺は見たんだ。ご主人も悲しかったんだと思うよ。それまでは優しく俺を可愛がってくれてたんだから。

 宿命だと諦めるしかないよ。


 俺は、幽体離脱して、上の方から自分の亡骸を見ていた。

 ご主人夫婦が俺の亡骸を風呂敷に包んで、兄弟を呼んで天秤棒で担がせた。俺は中型犬で体重は八キロくらいはあったと思う。弟の方はまだ六歳くらいだったろうか、死んだ俺は重かったはずだ。二人は、丘の上にある畑を目指して歩き出した。弟は肩に食い込む天秤棒に顔を顰めたが、今迄可愛がってきた俺が死んだ事で頭はいっぱいになっていた。

 沈黙の兄弟の二人だけの葬列は、人目を避けて遠回りをしながら畑へと登っていった。

 丘の上の畑からは村の家々や、その向こうの村まで遠く見通すことが出来た。俺の眠る場所としては、最高の場所かも知れなかった。

 兄弟は、スコップを手にして、黙々と穴を掘ると、俺をその穴に埋めた。横には、柿やら栗の木が植えられている。秋に実を付けるのを楽しむことが出来るだろう。


 この年、世間では、阿蘇山の大噴火、南海丸の沈没、狩野川台風などの災害や事故が起こって多くの犠牲者が出ている。又、東京タワーや関門トンネルの完成などもこの年だった。

 これらの大事件に比して、ど田舎であえなく死んだ俺の事なんか誰も知らない。悠久の時の中に何も無かったように埋没していくのだろう。

 犬の中でも忠犬ハチ公とか人の心に残る立派な奴もいる。人間でも人知れず死んでいくものも多いことを思えば贅沢は言えないか。

 せめて、世話になったあの家族の心に、爪痕を残していると俺は思いたい。

 どうやら、お迎えが来たようだ。では、縁があったらまた会おう。


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