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第6話:『魔法』②

 ★


「……と、いうことだ。わかったか?」

 神門(ごうど)はそう言って説明を終えると、ズボンのポケットからタバコを取り出してくわえ、ジッポライターで火をつけた。

 私は今の神門の話を頭の中で整理した。

 人間は、誰しも『エア』という物質が体に宿っている。私の体から現れた黒い物質も、エアの一種なのだという。

『エア』は、あらゆる物質、物体に干渉し、自在に変化させたり操作したりできるのだという。そして、さっきのような非現実的な現象を起こすことができるのだと言う。

「まあ、早い話が『魔法』みたいなもんだ」

 ふうっと煙を吐き出して、神門はそう言った。

「魔法……」

 とても信じられなかった。今までの出来事を、体験していなければ。

「ざっくり言えばそんな感じだな。他に聞きたいことはあるか?」

 神門は私にそう尋ねた。

 疑問はいくらでもあった。まず、私は今までエアなんてものの存在すら知らなかった。それなのになぜさっき突然現れたのか?

 誰にでもあるのなら、なぜその存在が公になってないのか?

 あの黒装束の男は誰なのか? なぜ私を襲ったのか?

 というか神門(お前)は一体何者なのか?

 私は呼吸を整えて、一番聞きたかった質問を選んだ。しかし、私は半ばその答えを確信していた。

「エアを使って、人間を消すことはできる?」

 渚が、消えたのは–––


 −−−


 私のその質問を聞いた神門(ごうど)は、少し驚いたような表情をしたあと、笑ってこう言った。

「おいおい、随分と物騒な話だな。『消す』ってのは殺すってことか?」

「ち、違う! 痕跡を残さず連れ去るってこと!」

「拉致誘拐か」

 そう。もし、渚が『消えた』のではなく何者かに『消された』のだとしたら? そうだとしたら……

「結論から言うと、エアを使えばいくらでも方法はある」

 神門の答えに、私は興奮で全身に鳥肌が立った。なんの手がかりもなかった渚の行方に、一筋の光明が見えた気がした。

「だが、なぜそんなことを聞く?」

 今度は神門が私に尋ねた。本当のことを話すべきか私は迷った。だが、この好機を逃すわけには絶対にいかない。

 私はなるべく個人情報を隠しつつ、一週間前に、私の『家族』が消えたこと。それも私の目の前で、虚空に飲み込まれて跡形もなくなったことを神門に伝えた。

「なるほど……」

 説明を聞き終えた神門は二本目のタバコを取り出して、火をつけた。

「……これも、エアの仕業だと思う?」

「間違いないな。他に考えられない」

 紫煙を吐き出し、神門はそう言った。どくん。と私の心臓が脈打つ。

「エアと、それを使える人間について、もっと詳しい話が聞きたいか?」

「あ、当たり前でしょ!」

「オーケーだ。それなら……」

 そう言うと、神門は着ていた上着のポケットからメモ帳程度の紙とペンを取り出し、何事か書きつけた。

「……おっと、近づいて欲しくないんだったな。嬢ちゃん、手を出してくれ。その場でいい」

「……?」

 私はわけのわからぬまま、神門の言う通り手のひらを上にして手を出した。

 その瞬間、神門が持っていたはずの紙切れが消失し、私の手の上にそれが現れた。

「……!」

 私は紙を開く、そこにはどこかの住所と電話番号が書いてあった。

「明日の昼、その紙に書いてある住所まで来てくれ。そこで話す」

「な、なんで!? 今ここで話してよ!」

「話せば長くなる。それに、さっきも言ったが俺も嬢ちゃんのその黒いエアについて話したいことがある。今日はもう遅い、こんなとこをもし知り合いやお巡りに見られたら、お互いに厄介だろ? ……それにそんな格好だと、いくら夏だからって風邪引くぞ」

 神門にそう言われて、私は自分が全身びしょ濡れなことを思い出した。しかも地面に倒れたので、泥まみれだった。下着にまで染みていて、不快なことこの上ない。

 神門の言い分はもっともだった。本当は今すぐ詳細を聞きたかったが、その気持ちをぐっと抑え私は了承した。

「わかった。明日ここに行く」

「オーケー。……そういや嬢ちゃん、名前は?」

「……白崎湊(しらさきみなと)

「湊か。いい名前だな。じゃあ明日、そこでな」

 それだけ言うと、神門は踵を返し公園の出口へ向かった。見ると、出口の前にはいつの間にか一台の車が停まっており、神門はその車に乗ってそのまま行ってしまった。

 その間私は呆然とその場に立ち尽くしていたが、我に返るとさっきローブの男に襲われた時に落とした携帯やカバンを拾いに行った。

 私の興奮はまだ収まっていなかった。あの神門とかいう男は怪しすぎるが、渚につながるかもしれない情報を得られる。明日が待ち遠しい。

「……ん?」

 地面に落ちていた携帯を拾った私は妙なことに気づいた。

 新着メッセージが57件、不在着信が13件届いていた。

 送信者は–––お母さんだ。

 心臓が氷水につけられたような気がした。時間を確認する。……『明日が待ち遠しい』なんて言ったが、すでにその『明日』だった。


 −−−


 全速力で帰った。

 我が家に門限は特にないが、遅くなる場合は必ず連絡を入れなくてはならない。そのルールを破った時、お母さんは阿修羅のように怒る。

 私はやったことないが、渚はしょっちゅうで、その度にあの渚が翌日まで無言になるほど怒られていた。

 あのあと、私は『ごめん! 連絡するの忘れてた(>人<;)』というメッセージを送ったが、返ってきたのは……


『帰ってきたら話があります』


 あああ〜……

 家のドアの前まで着いた。だが、開ける勇気がなかなかでない。

 怖すぎる……渚はいつもこんな気持ちだったのか。だが、時間がかかればかかるほど、後に下される罰が重くなる。私は観念してドアを開けた。

 お母さんは、玄関に立っていた。

(ミナ)……!」

「お母さん、ごめ……」

 私が謝ろうとした瞬間、お母さんは私を強く抱きしめた。お母さんの香りに包まれる。

「良かった、本当に……勘弁してよ……あんたまでいなくなったら……」

 お母さんは泣いていた。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。私もお母さんを抱きしめる。

「ごめんなさい……お母さん……」

「……って、あんたなんでずぶ濡れなの!?」

「あ……えーっと、ちょっと転んじゃって」

 やや苦しい言い訳だった。

「もう! シャワー浴びて来な!」

「は、は〜い」

 私は風呂場に向かう。後ろからお母さんの声が聞こえた。

「で、シャワー終わったら、()があるから」

 うっ。

 やっぱそうなりま(大目玉で)すよね……


 −−−


 結局私はこってり絞られた。夜中だったので雷は落ちなかったが、それはそれでキツい叱られ方だった。

 お母さんに怒られるのは久しぶりだった。子供のころから、怒られることと言えば、渚とケンカした時ぐらいだったから。でも、反面少し嬉しくもあった。渚がいなくなってからお母さんはずっと塞ぎ込んでいたから、やっといつものお母さんが見れた。

 やっと解放されたのは夜の2時で、私はぐったりしてベッドに倒れこんだ。

 だが、体はボロボロに疲れているのに私はなかなか眠れなかった。あまりにも非現実的な体験をしたからだし、渚を見つけられるかもしれない希望が見えたからだった。だが、そのうち眠気が覆いかぶさってきた。

『ずいぶんてこずったな』

 まどろみの中、渚の幻がにやにや笑いながらそう言った。

 うるせえ。首洗って待っとけよ。

 私の言葉に、渚は答えない。


 おい、聞いてんのか?

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