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第20話:出発②

 ★


 渚を探しに行きたい。

 私はお母さんにそう伝えた。

「昔、家族(みんな)で旅行に行った場所とか、渚に関係するところを回りたいの。……もちろん、見つけられるとは限らないし、何日かかるか分からない。その間お母さんを一人にしちゃうけど……でも、家でじっとしてるよりは、少しでも動きたい」

 エアや異世界のことは伝えられなかった。もちろん神門たちのことも言えない。

 何日も家を空けることを納得させるには、こう言うしかなかった。真実は『渚を探しに行く』という一点のみだ。

 ダイニングテーブルのイスに座って、私の話を黙って聞いていたお母さんは黙って立ち上がった。

 ダメか……。私は顔を伏せる。

 しかし、お母さんは私の前にあるものを置いた。

 それは、数枚の一万円札だった。

「条件は一つ。毎日最低一回連絡すること」

「お母さん……!」

(ナギ)にあったら伝えておいて。『帰って来たら()()()()』って」

 お母さんは少し笑ってそう言った。

「ありがとう……お母さん……」

 目頭が熱くなった。私は手でそれを抑えようとしたが、溢れて止められなかった。

「さあ、ご飯にしよ! 明日から早速行くんでしょ?」

 お母さんはそう言って料理を作り始めた。


 −−−


 それから、お母さんと一緒に夕飯を食べ、シャワーを浴びて、私は布団に入った。

 いつも寝る時間より早いから、というのもあったが、私はなかなか眠れなかった。

 異世界に行く。これから待つ想像すらつかない体験に、頭は冴え切っていた。

 いったいどんなところなのだろう。魔法のような力が当たり前に存在し、人間とは違う種族が人間と同じように暮らす世界。渚は今、そこにいる。

 闇の中で、私は決意する。


 待ってろよ。私は必ず–––


 −−−


 翌朝。7月24日の朝。パライソ間賀のエントランスを出た私は、手で朝日を遮りながらマンションを見上げた。

 ある部屋のベランダに一人の女性が立っていて、私に向かって手を振っていた。お母さんだ。

 私は手を振り返し、それから歩き始めた。

 今日は晴天だった。気温も高く、夏らしい天気だ。蝉の声はますますうるさかった。

 しばらく歩いていると、ボストンバッグがかなり重くなってきた。詰め込みすぎたことを後悔していると、私の隣に大きな黒い車が停まった。

「持ってやろうか?」

 運転席の窓が開く。神門だ。

「お願い」

 私はそう言ってボストンバッグを差し出した。

「トランクに入れてくれ。今開ける」

「『倉庫(ストレイジ)』にしまってくれないの?」

「俺の能力は無限じゃない。収納できる物の量には上限があんのよ」

 私はバッグをトランクに詰め込み、助手席に座った。

「さ、お嬢さん。どちらまで」

「いいから早く出して」

 車は発進する。大通りに出て、間賀市を離れていく。

 大きい車だった。三列シートで、二列目に石榴、三列目に臣が寝ていた。

「で、その界裂(ポータル)ってのはどこにあるの?」

「京都だ。半日もありゃ着く。あー……夏だから渋滞に巻き込まれるかもな。ま、どっちにしろ明日にゃ異世界だ」

 京都……中学の時に修学旅行で行ったっきりだ。

「もっと近くに、例えば東京にはないの?」

「東京にもいくつかあるんだがな。そっちは使えねえんだよ」

「なんで」

「……俺たちとは違う奴らが管理してるから」

「ふーん……」

 私は車の窓の外を見る。連なるビルの向こうの空には、入道雲が見える。渚が消えた日に見た物より随分大きくなっていた。

 本当に、世話のかかる兄だ。こっちの世界に連れ帰ったら、二度と兄貴風を吹かせられないようにしよう。

 私はそう思った。


 待ってろよ。私は必ず、お前にたどり着く。

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