第19話:出発①
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白魔素は何にも特化してない、とヒュンデさんから聞いた時は絶望しかけ、このままパーティーを追放されてしまうのかと思ったが、白には白なりの強みがあることがわかって一安心した。
そうなると、自分が『珍しい魔素』の持ち主であることにテンションが上がったし、それに、『特殊魔法に向いている』というのはあながち間違いじゃなかったようで俺は大いに浮かれた。
そして、また1日の特訓を経てより多くの魔素を出せるようになり、こうして出発の日の朝を迎えた。
異世界に来てから9日目。7月24日だ。
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礼拝堂は薄暗く、空気も少し冷たいような気がする。前方の祭壇の上では司祭の老人が何やらお経のような口上を唱えていた。
今、俺たちは教会を訪れている。リドスでは、旅にでる前にはお清めをしてもらうのだそうだ。ミューレさん、ヒュンデさん、そして俺の順に横一列に並んで座り、司祭が朗々と述べる祝詞に耳を傾ける。
「……旅の神ウィナシア、道の神カーディア、この者たちを護りたまえかし。また西方の神フェルノ、……」
正直眠い。準備のせいで朝早かったのだ。
俺は眠気を覚ますために天井を見上げた。礼拝堂の天井は高く、見事な天井画が描かれていた。
リドス皇国の宗教、ゼルマ教は、多神教だそうだ。天井には、多くの神々が描かれていた。彼らは円陣を組むように並び、その中心にはひときわ神々しい人物が鎮座している。穏やかな男性のようにも、たくましい女性のようにも見える。
『あれが、全ての神々を従えるゼルマ教の主神、全能神ゼルマです。ゼルマ様はこの世の全ての命を管理していると考えられています』
と、お清めが始まる前にミューレさんから教わった。
全ての人間は物質的な『肉体』の中に概念的な『魂』を持つ。ゼルマを始め神々は人々の魂を見守り、死後、生前の行いを元に別の生命に転生させるのだという。
輪廻転生か。見た感じは西洋っぽいけど、仏教に近い考え方なのかもな。
とか考えていると、司祭は祝詞を読み終え、俺たちの方を振り返った。
「お清めは終わりました。皆さまの旅が安全に済みますよう、お祈り申し上げます」
俺たちは一礼して、教会を出た。
教会前の道には、三台の車が止まっていて、その前では待機していたメレルとガルが迎えてくれた。
『車』と言っても、もちろん自動車のような車じゃなくて、馬車みたいな木製の車だ。でも、馬やそれっぽい動物はいない。御者らしき人物もいない。
では、誰がこの車を牽くのか?
「お前ら、仕事の時間だ」
ヒュンデさんが手で印を結び、そう発すると、周りの地面がぼごっ、と盛り上がり、人のような形に変化した。
地面から現れた六体の『人形』は、二人ずつ車の前に着いた。
「ミューレ様。どうぞお乗りください」
「ありがとうございます。ヒュンデさん」
メレルが先に乗り込み、ミューレさんはその手を取って乗り込んだ。最後にガルが乗った。
俺とヒュンデさんはもう一台の方に乗った。最後の一台は、荷物用の車だ。
「出発!」
ヒュンデさんが檄を飛ばすと、土の人形たちは一斉に車を引っ張って進み始めた。
『人形操術』。それがヒュンデさんの魔法だ。周囲の土や石を変形させてゴーレムを作り、それを操るのだという。
カッコよすぎる。俺も早くああいうことやりたい。
「早速ユークナスに向かうんですか?」
俺はヒュンデさんに尋ねた。
「いや、まず隣の領地のルーグ領に行く。ユークナスとの交易を仕切ってるのがルーグ領だからな。そこで領主のルーグ卿から通行許可証を貰わなきゃ国境を越えられない」
「なるほど」
なんだか『旅』って感じだ。俺は自分の中で期待が膨らんでいく感覚がした。
俺は今、異世界にいる。異世界を旅している。車の窓から外を見ると、石造りのリドスの街並みが過ぎ去っていく。
俺はさっきの教会の天井画を思い出した。神が転生を管理する世界観。
転生、か。異世界に来た理由が『転生』じゃなくてよかったな。と、俺は思っていた。もし転生だったなら、あいつには二度と会うことはできなかった。
無事に元の世界に帰って、湊に再会したら。何から話そうかな。
「よし、ナギサ! ルーグ領に着くまで特訓の続きをするぞ」
「はい!」
俺は魔素を体の外に出す。
待ってろよ。と、俺は思う。
待ってろよ。俺は必ず–––




