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第1話:喪失①

 ☆


 名前を呼ばれたような気がして、俺は振り返った。

 そこは真っ暗な空間だった。上下左右前後、完全な暗黒で、何も見えなかった。

 だけど、俺の名前を呼ぶ声が確かに聞こえた。姿は見えないが、声だけが少しずつ大きくなっていく。

 そいつは、なんだか焦っているようだった。今にも泣き出しそうな声で俺の名を叫んでいた。

 大丈夫だよ。俺はちゃんとここにいるよ。

 そう言おうと思ったのに、声が出なかった。

 おかしいな、どうして声が出ないんだ?

 早く、早く俺がここにいることを伝えないと。


 じゃなきゃ、()()()が泣いてしまうじゃないか。


 −−−


 俺は目を覚ました。

 でも、まぶたを開けているのに何も見えなかった。部屋の明かりが消えていたわけじゃなくて、俺の頭に包帯が巻かれていたのだ。

 どうやら俺はベッドに横たわっているようだった。とりあえず起き上がろうと体を動かしたが、無理だった。

 全身を疲労感と鈍痛が包んでいた。まるで激しい運動をした後のように体の節々が痛くて、とても起きられなかった。

「▫︎▫︎▫︎▫︎!」

 突然、そんな声が聞こえた。声ははっきり聞こえるが、何を言っているのかわからなかった。少なくとも日本語ではなかったし、英語とも違うようだ。

 今自分がどんな状況なのか、ここがどこなのかも分からなかった。必然、俺は混乱した。

 それからしばらく、俺の周りは騒がしくなった。俺には何も見えなかったが、どうやら俺の意識が戻ったことが原因らしい。

「▫︎▫︎▫︎▫︎!」

「▫︎▫︎▫︎」

「▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎?」

 何人もの人の声がした。ほとんどが女性だった。そのどれもが不明な言語で、俺はますます動揺してパニックになりかけた。だが、その時、俺の口に水が注がれた。じょうごか何かで優しく注いでくれた。

 実際俺はとても喉が渇いていた。何時間も水を摂取していなかったのだろう。

 何を言っているのかはわからなかったが、彼女らは一応俺を気遣ってくれているらしい。そう思うと少しだけ安心して、俺はまた意識を失った。


 −−−


 次に目が覚めた時は、顔の包帯が解かれていた。まず俺の目に飛び込んできたのはベッドの天蓋だった。どこかはわからないが、とりあえずここは病院ではないようだ。

「ああ、よかった。お目覚めになられたのですね」

 女の人の声がした。今度は日本語だった。俺は驚いて起き上がろうとした。

「……っ!」

 その瞬間、俺の全身に痛みが走った。

「ああ! どうかまだ安静にしていてください。一応治療は施しましたが、まだ全快したわけではありません」

 どうやら彼女たちが俺を治療してくれたようだ。俺は苦労してなんとか顔だけ声の主の方に向ける。

 そこには、一人の綺麗な女の人が椅子に座っていた。かなり高級そうな純白のドレスに身を包み、髪もまた絹のように美しい白色だった。俺は一瞬痛みを忘れて見入ってしまった。

「こ、ここは……」

 俺はなんとかそう言った。声はガラガラだった。喋ると喉が痛い。

「ここは(わたくし)の屋敷ですので、ご安心ください。申し遅れましたが、私はミューレ・ラナスタウトと申します」

 顔立ちを見ても明らかだったが、やはり日本人ではなかったようだ。にも関わらず、その女の人–––ミューレさんは、日本人(ネイティブ)となんら遜色ない流暢な日本語を話していた。

 ……待って。今()()屋敷って言った? 服装もそうだが、ミューレさんはかなりのお金持ちなのだろうか。

「私としてもいろいろお話を伺いたいのですが、明日またお聞きします。今夜はゆっくりお休みください」

 どうやら今は夜中だったらしい。そう言うとミューレさんは立ち上がり、俺の視界から消えた。

「おやすみなさい」

 その声が聞こえたあと、部屋の明かりが消え、真っ暗になった。ドアが閉まる音がして、完全な静寂が訪れた。

 闇の中で、俺はぼんやりしていたが、しばらくすると怒涛のように疑問が湧いてきた。

 あの女の人、ミューレさんと言っていたけど、一体何者なんだ?

 ここはミューレさんの屋敷らしいけど、なんで俺はそんなところにいる?

 最初に聞こえたあの何語かわからない言葉はなんなんだ?

 俺は闇の中に手を伸ばして、手の平を開けたり閉じたりした。確かにまだ痛みはあるが、さっき目を覚ました時は指一本動かせないほど全身が痛かったのに、今は動かせる。

 どのくらい眠っていたのかのかはわからないが、こんなに早く回復するものだろうか?

 というかそもそもの話、なぜ俺はこんな怪我を負っているのか?

 この状況が何一つ理解できなかった。起き上がってミューレさんを追いかけ、詳しい話を聞きたかった。しかし、それができるほどには回復していないようだった。

 だから、俺は自分の記憶をたどった。すると頭にいくつかの映像が浮かんだ。

 青空と入道雲、花壇に並んだひまわり。そして蝉の声。

 ……そうだった。夏だ。夏休みに入ったばかりだったはずだ。終業式が終わったあと、俺は友達と学校近くのファミレスで駄弁りながら遊びの計画を立てていたんだ。

 そして、それからどうなった? 友達と別れた後はまっすぐ家に帰ったはずだ。そのあと俺はどうした?

 全く覚えていない。そこから先の記憶が完全に抜け落ちていた。この状況に繋がるようなことは、何も思いだせない。

 しかたないので、俺は出来る限り自分が覚えていることを並べて記憶を整理することにした。

 まず……俺の名前は白崎渚(しらさきなぎさ)。性別は男。年齢は16歳。出身は日本の関東地方で、そこの間賀市(まがし)という街で暮らす高校一年生。通ってる高校の名前は麻桐高校(あさぎりこうこう)

 それから俺は学校の友達のことを思い出し、家族のことを思い出した。

 両親は共働きで、父親は今単身赴任で家を空けていた。母親は普段は夕方に帰ってくるが、月に一度くらい夜遅くまで帰れない日がある。

 そして……妹だ。

 俺には妹がいる。妹ではあるが年齢は16歳で同い年。要するに双子だ。どんな友達よりも付き合いが長い。

 名前は、白崎湊(しらさきみなと)


 あいつは今、何をしてるんだろう。そんなことを考えた。


 俺は目を閉じる。完全な闇に包まれる。さっき見た夢を思い出した。


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