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第16話:認識②

 ★


「いやマジで。本来流し込まれなきゃわかんねえはずなんだよ、なんでだろうな」

 そう言って神門は笑った。そんなことでいいのか。

「……だが、『黒』ならそれもあるかも知れん」

「え?」

「すべてにおいて規格外なんだよ、『黒』は。水に浸透されたレイリー(あいつ)のエアに()()()()()で自覚できてもおかしくはないかもな」

「……」

 そもそも普通のエアをよく知らないのだが、そんなに異なるのだろうか。

「それに、普通は自覚したとしても、あんなにすぐエアを『使う』ことはできねえ」

「どういうこと?」

「エアを自覚してから自分の意思で完全に自由に操作できるようになるまで、どんなにセンスが良くても数日はかかるんだ」

「私も自分の意思で操作できてた感じはしないけど……」

「ああ。だが、本来はエアを体から『外に出す』ことができるようになるだけでも早くても2、3日はかかる。自覚してすぐ出せるようになるわけじゃない」

「じゃあどうして私は出せたの?」

「それも分からん。そのくらい特殊なんだよ、『黒』はな。今は出せるか?」

 神門にそう言われ、私は全身に力を入れたり抜いたりした。だけど、昨日みたいな黒い物質は出てこない。

「出せない」

「ふむ。まだ『半覚醒』みたいな状態なのかもな」

 半覚醒……私自身も私のエアを制御(コントロール)できていないのか。

 ……なんか渚が聞いたら色めき立ちそうだな。

「どうして俺たちが金じゃなくて黒エアを欲しがるのか気になるだろ。そのぐらい貴重だからさ。エアってのは人によって色が異なる。だが黒は滅多に出てこない。俺もお前の他は一人しか知らない」

 私は思わず自分の手を見た。自分がとても珍しい血液型だと言われたような気分だった。

 希少(レア)なエア……そんなものが私に?

「黒エアは他のエアとどう違うの? ただ珍しいだけじゃないんでしょ?」

「まず、普通のエアと違ってパワー切れがない。お前にはまだできないだろうが、使いこなせるようになれば無尽蔵にエアを引き出せる」

 無尽蔵って……

「そして、これが一番重要だが、黒エアは触れた他者のプラズムを()()()()()()()()()()()()()()

「え?」


 −−−


「普通はな、違う宿主のエア同士は水と油みてえに決して混ざり合わねえんだ。だが黒はその(ことわり)を無視できる。黒エアが触れたエアはすべて黒エアになる。黒い絵の具で他の色を塗りつぶすみてえにな。塗り潰された相手のエアは完全に無力化される」

 私は思い出す。レイリーの水責めに遭い、始めて私のエアが現れた時、私は水から解放された。あれは、私のエアがレイリーのエアを無効化したからだったのか?

「そのうえ、塗り潰したエアは全部宿主のもんだ。相手が攻撃すればするほど強くなれるってわけだ」

 無限に引き出せる上に、相手の能力を封じられるだって? そんなの……

「チートじゃん」

「ちーと?」

 神門はその言葉の意味を知らないらしい。こんなところでジェネレーションギャップが生じるとは。

「えっと……ゲーム用語で『イカサマ』っていうか、『反則級に強い』みたいな」

「なるほど。その通りだな。だが、使えなきゃ意味がねえ。ゲームで言えばエアを使いこなせてない今のお前はレベル1のスライムより弱い」

「……黒エアの貴重さはなんとなくわかった。でも、私はそれをどうやってあげればいいの?  今のところ出そうと思っても出せないんだけど」

「エアの使い方は俺が教えてやる。エアの特性の一つに『結晶化』ってのがあってな。それができるようになれば俺たちでも(お前の)エアを使えるようになる」

 それから私は神門に、エアの基本的な知識を教わった。

 エアの能力にはいくつかの『属性』があり、黒エア(わたし)のような特例を除いてほとんどの人は、生まれつきその属性のどれかに特化しているのだという。特化してる属性は、他の属性の能力よりも覚えやすく、また使いやすくなるそうだ。

 基本的な『属性』は増強・圧縮・生成・変質・催眠の6つで、自分がどの属性に特化しているかはエアの色で分かるそうだ。

「色、ってどうやって見るの? 私みたいに、体の外に出せば分かるの?」

「いや、普通は出した後、一ヶ所に集めるんだ。(おみ)

 神門が臣に呼びかけると、臣はめんどくさそうに片手を上げた。その瞬間、臣の手の上が青く光り出した。

「エアは一ヶ所に集めると光る。(ブルー)は増強特化の色だ」

「増強?」

 臣の能力から考えたら、なんとなく『催眠』のような気がしていたが、違うのだろうか。

「違うよ」

 臣が言った。私の疑問を()()()らしい。

「他人の心の声は生まれつき聞こえてた」

「え……?」


 −−−


 さっきの神門の話では、エアは自覚しなきゃ使えないはずだ。そして、他人からエアを流し込まれないと自覚はできないのではなかったのか。

「それは『普通の人間』の話。見たでしょ? これ」

 臣は髪をかきあげて『角』を見せた。

「神門も言ったけど、向こうの世界には()()()()人がたくさんいる。その種族は、生まれつき自分のエアを認識できるんだよ」

「生まれつき……?」

「そう、生まれつきエアを使う準備ができてるってこと。っていうか、他者からエアを流し込まれないと認識できないのは『人間』だけ」

「人間って……」

「向こうには人間とは違う種族もたくさんいるらしいけど、こっちと同じ普通の人間もいる。で、人間はすべての種族の中で唯一『生まれつきエアを自覚できない』んだ。もう分かったでしょ? この世界にプラズムの存在が知られてない理由。こっちの世界には『人間』しかいないからだよ」

「……」

「お姉ちゃん、頭いいね。もう理解しかけてる」

「ちょっと、頭の中見ないでよ!」

 そういうと臣はちょっと笑った。

「自覚どころか、生まれた時点で無意識にエアを使える種族すらいる。僕みたいな『角持ち』の種族もその一つ。だから僕も生まれつきエアが使えたんだ」

「生まれつき、人の心が聞こえたの?」

「そうだよ。それが『角持ち』の特徴だからね。子供の頃は他人の声が聞こえて、大人になると退化するらしいけど」

 四六時中誰かの思考が聞こえ続けるなんて、耐えられないんじゃないだろうか。私はそう思ったが、その考えを読んだのか、臣は、

「子供の頃は強い感情しか聞こえなかった。殺意とかね。さっき神門が言ってた『半覚醒』みたいな状態だったのかも。無意識だから使おうと思っても聞こえなかったし、使いたくないのに聞こえたりしたけどね。オンオフができるようになったり、普通の思考も読み取れるようになったのは、神門からエアの詳しい使い方を教わった後だよ」

「そ、そうなんだ」

 と、言ったが、幼い少年の口から『殺意』という言葉が普通に出てきたことが私には少し気になった。

「っていうか強い感情は今でも聞こえるんだけどね。エアを使ってない時でも、周囲に強い殺意とか、焦りを抱いてる人がいたらそれが聞こえてくる。……昨日も神門の車に乗ってたら聞こえてきたんだよ、『助けて!』ってね」

「え……?」

「お姉ちゃん、僕に感謝してよ? お姉ちゃんが助かったの、僕のおかげなんだから」

 臣は、そう言った。

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