第15話:認識①
☆
「……どうだ? 感じるか?」
ミューレさんから『魔素認識』の方法を教わったあと、俺はヒュンデさんに魔素を『浸透』してもらっていた。
たとえるならそれは、俺の体内に直接温かい水を流し込まれたような感覚だった。俺が『花瓶』で、その中に『水』が注ぎ込まれていく。それから数分経つと、俺は自分の体の中に『何か』があるのをおぼろげながら感じた。
「わ、わかりました」
それはまるで、血液の流れを実際に感じているみたいだった。確かに『何か』が俺の全身を駆け巡っている。
「それが魔素だ。今はその感覚に集中しろ。筋が良ければ2、3日で、自分の意思で出したり引っ込めたりできるようになる。……しかし、記憶を失って自分の魔素まで認識できなくなるとはな」
と、ヒュンデさんが言っていたような気がするが、俺はよく聞いていなかった。
俺の興奮は、最高潮に達していたから。
使えるんだ……俺にも、魔法が……!
最高〜〜〜〜!!
最高すぎる〜〜〜〜〜!!
さっきまでのホームシックでやや沈んでいた気分が嘘のようだった。
ほんと来て良かった〜異世界!!
「あの!! 俺が覚えられる魔法って例えばどんなのがあるんですか!?」
「どうしたそんな大声で……魔素を自覚しても、魔法を覚えられるようになるまで、少なくとも数日はかかるぞ」
「全っ然いいですよ! 時間はたっぷりありますから!」
「そ、そうか……えーっと、『基礎魔法』と『特殊魔法』も忘れちまってるよな?」
「はい! 全然わかりません!」
俺にはもうわからないことをわからないということに羞恥心はない。今は魔法について知りたくて仕方なかった。
−−−
「魔法には大きく分けて二種類ありまして、ほぼ全ての魔法の元になる基本的な魔法を『基礎魔法』、それらには属さない特別な魔法を『特殊魔法』と呼びます」
ミューレさんはそう教えてくれた。
「先程言った『催眠魔法』も基礎魔法の一つです。他に、増強、圧縮、変質、操作、生成の6つが基礎魔法になります」
「お、俺は、どれを覚えられるんですか?」
「逆に何なら知ってるんだお前は」
メレルが言った。
「覚えられない魔法なんてあるわけないだろ」
「そうなの?」
「ああ。だが普通は自分が『特化』している魔法を中心に覚えるのが定石だな」
「特化……?」
ヒュンデさんの言葉に俺は首を傾げる。
「ほとんどの人の魔素は、今ミューレが言った6つの基礎魔法のどれかに生まれつき特化してるんだよ。特化してる魔法は、してない人より覚えやすくなるよ」
ガルがそう言った。
「俺の魔素がどの魔法に特化しているのかは、どうやって判別するんですか?」
「簡単だ。魔素の『色』を見ればいい」
そういうとヒュンデさんは、手のひらを上にして右手を伸ばした。
次の瞬間、ヒュンデさんの手の上が赤く光った。
「魔素は一ヶ所に集めると光を放つ性質がある。その時の光の色で、自分がどの魔法に特化しているかわかるんだ。俺の魔素の色は見ての通り赤。赤は操作魔法に特化してることを示す色だ」
操作魔法か、ヒュンデさんはどんな魔法を使うのだろう。
「ボクのは黄色! 圧縮魔法に向いてるよ!」
ガルもヒュンデさんと同じく手の上が黄色く光っていた。そう言えばさっきの『壁』も、黄色く光っていた。
他のは何となく分かるが、圧縮魔法とはどんな魔法だろう。
「私の魔素は赤紫です。催眠魔法に特化しています」
ミューレさんの手の上が、濃いピンク色に光った。『翻訳』の魔法も催眠魔法に属すると言っていた。
「メレルは?」
「……青緑だ。変質魔法に特化している」
メレルの手の上で、明るい水色の光が放たれる。さっき俺を攻撃しようとした時、手から白い煙が上がっていたが、あれも『変質魔法』だったのだろうか。
「魔素を光らせられるようになるまで少なくとも1日はかかる。それまでのお楽しみだな」
ま、待ちきれねえ……
俺は自分がどの魔法に向いているのか、早く知りたかった。
−−−
ユークナスへ出発するまでは、あと4日かかるのだそうだった。
まず、ユークナスに『そっちに行きます』という旨の書簡を送り、向こうから『了解』という返事の書簡を待たなくてはならないのだという。さすがにメールや電話はないようなので、その辺の手間はかかるようだ。
俺はさっそく、魔素を使えるようになるために特訓を始めた。
ヒュンデさん曰く、魔素を自覚すると、だんだん身体中の魔素をコントロールできるようになっていくのだという。
俺は瞑想して自分の中に流れる魔素に意識を集中した。それは例えば、自分の心臓の鼓動を意識するのに似ていた。
ずっと続けていると、俺は自分の意思で体内の魔素の流れを弱めたり速めたりできるようになった。蛇口を開いたり閉じたりするような感覚で、流れの強弱を調節できるようになった。
意外に簡単にコツが掴め、さらに次の日になると、完全に魔素の流れを止めたり、また流せるようになったりした。
この段階に達した時、俺はヒュンデさんから直々に魔素の使い方を習うことになった。
「お前はなかなか筋がいいな。魔法を覚えられるようになるのも時間の問題かもな」
「へへ……そうすか?」
俺は調子に乗っていた。だが、ここからが難しかった。
まず、体内にある魔素を体の外に出さなくてはならないらしいのだが、これが全くできない。
「うんんんん……!!」
いくら力んでも、魔素を体の外に出せない。体の中で高速に流すことはできるのに、それを体外に放出できなかった。
「ナギサ、一旦魔素を止めてみろ」
ヒュンデさんに言われ、俺は自分の魔素の流れを止めた。すると、ヒュンデさんは俺の体に魔素を浸透させた。
「いいか? 今お前の体の中にこんな風に魔素があるな? それを……こうだ!」
俺の全身から魔素が湧き出す感覚がした。その途端、俺は赤く光る魔素に包まれていた。
「今はわかりやすくするために光らせているが、お前の魔素はまだ光らないからな。どうだ、感覚つかめたか?」
全然掴めねえ……
「すいません……」
「はっはっは! 気にするな! いくら時間がかかっても最後は誰でもできるようになる。……それにしても、またこうして魔素の使い方を指南することになるとはな」
「ガルに教えてたんですか?」
さっきヒュンデさんはガルに『師匠』と呼ばれていた。
「ああ。勇者だったころは依頼をこなす他に、ガルみたいな新米勇者の教育係みたいなことをしててな。まあさすがに魔素の使い方を一から教えるなんてのは初めてだがな」
どうやらこの世界では、子供のうちから魔素認識を済ませてしまうのだという。俺は補助輪が外れて喜んでいただけだったようだ。
「魔素を自由に体の外に出せるようになれば、それが魔法の第一歩だ」
ヒュンデさんはそう言った。それから俺は暗くなるまで特訓したが、結局魔素を体の外に出すことはできなかった。
「はあ……」
部屋に戻った俺は疲れてベッドに倒れ込んだ。でも、今までにないくらい充実した気分だった。
魔素を認識するには、誰かに魔素を流し込まれなきゃいけないのか……それなら俺の世界に魔法がないのも当然だな。
……あれ? じゃあこの世界で最初に魔素を認識した人はどうやって……?
俺は朦朧とした頭でそう考えて、そしてすぐに眠りに落ちた。




