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第13話:希望①

 ☆


我が国(リドス皇国)の西にはユークナスという国がありまして、我が国とは友好関係にあります。(わたくし)も今日知ったのですが、そのユークナスのマルドルという村に、一人の『医者』が暮らしているそうでして……」

 俺、ミューレさん、メレル、そしてガルと呼ばれた女の子は、大広間に場所を移していた。

「この医者は『忘れてしまったことを思い出させる』という催眠魔法を扱うらしいのです。それで……」

「催眠魔法……って?」

 俺の質問に話がストップする。メレルは「またか」というような顔をした。

「失礼しました。魔法はいくつかの種類に分かれているのですが、その内感情・認識・記憶など、『人の精神に干渉する』ような系統の魔法を『催眠魔法』と呼びます。私の『翻訳』も催眠魔法に属する魔法ですね」

「そうなんだ……あ、すいません話の腰折っちゃって」

「いえ。それで、その医者は自らの魔法を使って昔のことを忘れてしまった老人などを治療しているそうです。確証はありませんが、もしかしたらこの人物ならばナギサ様の記憶も蘇らせることができるのではないか……と思いまして」

 俺はごくり、と唾を飲んだ。

 記憶が戻るかもしれない。あくまで可能性だが、もし戻ったなら元の世界に帰る手がかりがつかめる……!

「俺……会いたいです。その『医者』に」

「そう言っていただけると思いました」

「へへっ、無駄足にならずに済んだね」

 ガルがそう言った。どういう意味だろうか。

「ユークナスは隣国ですので、行くだけなら半日ほどで到着できるのですが、途中危険な地帯を通らなければなりません。魔法を使えない方が一人でそこを通るのは自殺行為でしょう」

「そ・こ・で、ボクが守ってあげるってわけ!」

 ガルが言った。俺の警護をしてくれるということだろうか。

「あの、ガルさん? って……?」

「ああ、ご紹介が遅れましたね。ガル様は『協会』に所属する『勇者様』のお一人です。先程私が依頼しました」

「ゲギャガル・ガルだよ! よろしくね、ナギサ! 聞いたよ、魔法のことも忘れちゃったんだって? 大変だね」

 はつらつとガルは自己紹介した。可愛らしい女の子なのに怪獣みたいな名前だな。

 いや、そんなことよりも。

「『勇者』って……?」


 −−−


 俺の発言に、みんなは一瞬静まり返った。俺はどうやらまた当たり前のことを聞いてしまったらしい。

「へーっ! 記憶を無くしちゃってるとは聞いてたけど、勇者(ボクたち)のことも忘れちゃったんだ。じゃあボクが教えてあげるよ! 『勇者』っていうのは『魔法を使って危険な仕事をする人』のことだよ」

「危険な仕事……?」

 俺が知ってる『勇者』とは微妙に違うようだ。ガルの見た目も、俺のイメージする「勇者」とはまったく違う。

「そう! 猛獣(モンスター)を倒したり、ミューレみたいな貴族を警護したり、危険な場所を調査したりね。そういう仕事をする人を『勇者』って呼ぶの! リドス(この国)の勇者は大体『勇者協会』に所属してて、協会を通じて仕事の依頼をもらうんだよ」

 なるほど。つまりはあれだな。『ギルド』ってやつだな。

「ガル様は主に国境を渡る際の警護を専門にしておられる勇者様です。とても優秀で、お強い方なんですよ」

「へへ……」

 ガルは照れたように頭をかいた。

 俺の世界で「勇者」と言えば、世界を救う「ヒーロー」だけど、この世界では単なる職業の一つってことか。

「それは素晴らしいですね! 記憶がお戻りになることをお祈りしています!」

 ……こ、こいつ……!

 メレルは満面の笑みでそう言ったが、俺には『二度と戻ってくんじゃねえぞ』という裏の言葉が読めてしまう。

「ではメレル。私が留守にしている間、屋敷を頼みましたよ」

「はい! お任せくださ……え?」

 ミューレさんの言葉に、俺とメレルはあっけに取られた。

「私もナギサ様に同行し、ユークナスに向かいます」


 −−−


「お、お待ちくださいミューレ様! な、なぜ……」

 メレルが慌ててミューレさんを引き留めるが、俺も不思議だった。なぜミューレさんまで同行する必要があるのか。

「言ったでしょう、メレル。私はナギサ様が一体どこから来たのか。とても興味があるのですよ。それにちょうど、ユークナスの歴史的な建造物を拝見したいと思っていたところです」

 ミューレさんの言葉に、俺はどきっとする。そんなに俺に興味があるなんて。ま、まさかミューレさん……? いやまさか……でも……

「し、しかし……」

「案ずることはありませんよ、メレル。ガル様だけでも百人力ですが、この方にも警護を頼んでいますから」

 その時、大広間に誰かが現れた。

「光栄でございます。ミューレ様」

 ヒュンデさんだった。

「あ! 師匠!」

「よおガル。久しぶりだな」

 ガルとヒュンデさんは顔見知りのようにそう挨拶した。『師匠』とはどういうことだろう。

「ヒュンデさんは元『勇者』様なのですよ」

「えっ! そうなんですか?」

「はい。勇者を引退された後、私が雇わせていただきました。ですが、今でも現役時代と変わらぬお強さですよ」

 意外だった。でも確かに、ガルよりは「勇者」のイメージに近かった。

「ガル様だけでなくヒュンデさんもいれば、もう何も心配することはないでしょう? メレル?」

「……で、ですが……」

 ミューレさんはどうやらこの二人に絶大な信頼を寄せているようだ。メレルも強く否定できないところを見ると、この二人の強さをよく知ってるらしい。

「メレル、こうなるとミューレ様はもう説得のしようがないのはお前が一番よく知ってるだろ?」

 ヒュンデさんがそう言った。

「……わかりました」

「ありがとう。ではメレル……」

「私も! 同行いたします!」


 −−−


 その場にいた全員が驚いた。メレルの目は本気だった。

「な、何を言いだすんですか!」

「使用人として主人に付き従うのは当然のことです。それに、旅の道中一体誰がミューレ様のお世話をすると言うのですか」

「そ、それは……」

 今度はミューレさんが言葉に詰まった。確かに一理ある。

「ボクは賛成だなー。メレルちゃん強いし、器用だし、頼りになるよ」

「確かにそうですな。荷物になるということはないでしょう」

 ガルとヒュンデさんも賛同した。ミューレさんはしばらく悩んでいたが、やがて諦めたようにこう言った。

「……わかりました。では、メレルにも付いてきてもらうことにします」

 メレルの顔がぱっと明るくなる。

「ありがとうございます!」

 そう言って頭を下げた。

 俺はガルの『強い』という言葉が気になった。さっきのメレルの迫力はすごかったが、一体どんな魔法の使い手なのだろうか。

 ……そうか。みんな魔法が使えるんだよな。

 その時、俺は急に申し訳ない気分になった。

「ほんと、すいません。俺のためにこんなことまで……せめて俺も魔法が使えればいいんですけど……」

「ん? ナギサは『魔素認識』してないの?」

 ガルがそう言った。また知らない単語が出てきた。

「魔素認識って?」

 俺がそう言った瞬間、全員が俺を見た。あー……またアホみたいな質問をしちまったらしい。

「すいません、ナギサ様。あまりにも基本的なことなので説明し忘れていました。魔法を使うためには、まず自分の魔素を認識する必要があるのです。ある『手順』を踏むことで自分の魔素を認識することができるようになります」

「え? じゃあ……」

 魔素を認識できれば、俺も魔法が使えるようになるってことか……?

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