第11話:緊張①
☆
元の世界に帰るには、なんとしても記憶を取り戻さなくてはならない。
あの日、家に帰る途中の俺に、一体なにが起きたのか。記憶が飛ぶほどひどい暴行を受けるなんて……。
「うーむ……」
俺は部屋の中をぐるぐると歩き回っていた。これは考え事をするときの俺の癖だ。
終業式が終わったあと、俺は友達とファミレスに行った。そして……? いくらやってもそこから記憶を遡れない。俺の思考も同じところをぐるぐる回っていた。堂々巡りだ。
歩き回っていた俺は、そのまま部屋を出た。こういう時は場所を変えてみよう。
ついでに(あくまでついでよ?)、 このお屋敷がどのくらい広いのか、今日は一つ探検してみよう。そうでもしないと暇死してしまう。
いつもの大広間とは反対方向に俺は歩き出した。
−−−
で、迷った。予想はしていたが、この屋敷広すぎる。
部屋はいくつもあったし、廊下はどこまでも続いていた。参ったなこりゃ……
「あ、こんちは」
闇雲に歩いていると、執事風の男性とすれ違った。彼は俺のことを知っているようだったが、「何してんだこいつ……?」的な目で俺を見ていた。元の部屋はどこなのか聞きたかったけど、ミューレさんのイヤリングを部屋に置いてきてしまったからそれもできない。我ながらアホすぎる。
その人の他にも、廊下を掃除している人や、メイド服姿の女の人とも何人かすれ違った。
そして、メレルと同じような、動物のような特徴を持った人も何人かいた。角を持つ人、毛皮を持つ人、くちばしを持つ人、様々いた。俺は彼らのような人々を『獣人』と呼ぶことにしていた。
ミューレさんは最初、「この屋敷には獣人が働いている」と言っていたが、確かに少なくない人数の獣人がここで働いているらしい。本当は彼らをじっくり見てみたいのだが、自重した。誰だって好奇の目で見られるのはいい気分しないだろう。
しかし、ここは屋敷のどの辺りなんだろう。ミューレさんが帰ってくる前に部屋に戻らなければ……
ふと、廊下の窓の外を見やると二人のメイドさんが洗濯物を干そうとしているところだった。大きなカゴにはシーツや服が大量に入っている。二人がついっと指を振るとカゴからそれらが浮かび上がった。
見る見るうちに、洗濯物たちは庭の中にピンと張られたロープに向かって自ら干されていく。
そう、ひきこもり生活で忘れかけていたが、ここは『魔法』が存在し、『獣人』が住むれっきとした異世界なのだ。
今のような物を浮かす魔法はすでに何回か見た。初めての時は驚愕したが、今ではむしろ羨望のまなざしを向けていた。
いいなあ〜〜〜魔法いいなあ〜〜〜〜俺も魔法が使えたらなあ〜〜〜
異世界に来る前にも幾度となく思っていたことだが、今はより切実にそう思う。ここではみんな当たり前に魔法を使うのに俺は使えない。
周りの人は、俺が自分の魔法を忘れているから使えないのだろう思っているが、実際にはもともと使えない。こんな悲しいことがあるだろうか……
「……?」
気がつくと、俺は一つの部屋の前まで来ていた。普通の部屋の扉とは明らかに違った。扉は大きく両開きで、装飾も煌びやかだった。
この部屋はなんだろう。俺は扉の取っ手に手を伸ばす。
「おい……」
−−−
「いっ……!?」
「何をしている……? 貴様……」
メレルの声だ。さーっと血の気が引いた。俺はゆっくりと振り返る。
「部屋にいないと思ったら……とうとう本性を表したなこの盗賊が! 家探しというわけか!?」
「あ、あの……」
イヤリングをつけてないので何を言っているのかはわからないが、凄まじく怒っていることは嫌というほど伝わった。
「言ったはずだ、妙な動きを見せたら……」
その時、俺は気づいた。メレルの両手から、シュウ、と音を立てて、蒸気のような白い煙が立ち昇っていたのだ。
なんだこれは。魔法なのか?
「覚悟!」
「ちょっ、待っ……」
メレルは俺に向かって手刀を繰り出した。俺は思わず目をつぶる。
だが、俺がメレルに葬られることはなかった。恐る恐る目を開けると、俺とメレルの間に黄色く光る半透明の『壁』のようなものが立っていた。
「……!?」
この『壁』のおかげで助かったが、これは一体なんだ? メレルも驚いていた。
「メレル! 何をやっているのですか!」
俺たちはハッとして声のした方を見る。廊下の向こうには、ミューレさんが立っていた。そして、ミューレさんの隣には見たことのない人物がいた。
少女だった。髪の色は濃く暗いピンク色で、目の下には入れ墨が施されていた。纏っている服も、ミューレさんたちとは違って民族風だった。
この子は……?
「み、ミューレ様……! し、しかしこいつが……」
いつのまにかメレルやミューレさんの言葉がわかるようになっていた。ミューレさんが魔法を使っているのだろう。
「まったくあなたと言う人は……ガル様がいなければどうなっていたことか……」
「へへっ、間一髪だったね」
ガル、と呼ばれた民族風の少女はそう笑うと、光る『壁』は消失した。これはあの子の『魔法』だったのか。
「ナギサ様、大変申し訳ありません。主人である私の責任です。ほらメレル! あなたも謝りなさい!」
「ぐっ……」
メレルもさすがにミューレさんに逆らうことはできないようだ。
「いえ、ミューレさん。お屋敷の中を勝手にふらふら歩いていた俺が悪かったんです」
俺はこれ見よがしにミューレさんにそう言った。
「ナギサ様……寛大なお心に感謝します」
と、ミューレさんは言ったが、俺の思惑に気づいたメレルはぎりぎりと歯ぎしりしながら悔しそうに俺を睨んでいた。
「メレル! あなたはあとでお仕置きですからね!」
「うっ……はい……」
メレルはうなだれた。お仕置きってなんだろう。
「それはあとでいいとして……ナギサ様、実は是非お話ししたいことがありまして」
ミューレさんは真面目な表情になった。
「なんですか?」
「ナギサ様の失われたご記憶を、取り戻すことができるかもしれません」




