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番外編1:異世界の日常①

 ☆


 お屋敷生活2日目の7月17日。ミューレさんから『魔法』や『魔素』の話を聞いた後、俺は朝食を食べていた。

 と、言っても、俺はその時まだ上半身を起こすのも苦労するほど体が傷んでいたから、ベッドに寝たまま。メイドさんにスプーンで口に運んでもらった。なんて言えばいいのか、パンをどろどろに溶かしたような、『小麦のお粥』のような料理で、特に味は無かった。

 それを食べた後、しばらくベッドに横たわっていると、扉が開いた。

「▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎」

 初めて見る老人だった。なんと言ってるか分からないので、俺はミューレさんに渡されたイヤリングを耳につけた。

「……というわけで、裸になれ」

「えっ!?」


 −−−


 老人はミューレさんが呼んだお医者さんだった。昨日も俺を治療してくれたようだ。彼は俺の体に巻かれていた包帯をほどいた。

「……相変わらずひどいの」

 俺の体を見た医者の老人はそう言った。包帯の下の身体は青アザだらけ、生傷だらけだった。

「昨日もミューレ様に言ったが、複数の人間から袋叩きにされんとこうはならんな」

 俺もそう思った。明らかにリンチされた痕だ。

「じゃあ始めるぞい」

 老人はそういうと腕まくりした。そこで初めて気づいたが、この爺さんはなんの道具も持っていない。完全に手ぶらだ。それでどうやって治療すると言うのか。

 俺がそう思っていると、爺さんは俺の左脚に両手をかざした。

「え、あの……」

 その時だった。手をかざされている箇所が急に熱を帯びた。しかも医者の両手の周辺が、ほのかに青く光っている。

「こ、これは……」

「集中しとるから話しかけんでくれ」

 医者にそう言われ、俺は黙るしかなかった。医者はその後、俺の全身に手をかざしていった。手をかざされた部分は暖かくなり、痛みが和らいでいった。そして、青アザも薄くなっていった。

 これも、『魔法』の一種なのか……

「ふう……終わったぞ。どうだ、調子は」

 俺はゆっくりと上半身を起こす。治療を受ける前は少し動くだけで激痛に見舞われたのに、今は筋肉痛程度の弱い痛みしか残っていない。

「な、治ってます……すごい……」

「まだ全快じゃないからの。無理は禁物だぞ」

「……これは、どんな魔法なんですか?」

「どんなって……単純な治療魔法だが? 施術も終わったことだし、ワシはもうお暇するぞい」

 そう言って医者の老人は帰っていった。

 部屋の中で俺は体を動かしてみた。さっきまでの激痛が嘘のように軽やかに身体を動かせた。

 その時、

「あの、治療が終わったなら……きゃあっ!」

 ドアが開いたと思ったらすぐ閉じてしまった。メレルだった。その反応は当然で、俺はパンツ一丁だったのだ。

 マズい……と、俺は思った。あの子の中で俺の印象がどんどん悪くなってるような気がする。


 −−−


 その後、しばらくして、別のメイドさんが俺の制服を持って来てくれた。俺はそれを見てあれ、と思った。制服のシワが綺麗に伸ばされていたのである。

 この世界にアイロンがあるとは思えないが、何か別の方法でシワを伸ばしてくれたのだろうか。ともかく、俺は1日ぶりに服を着ることができた。

 それから何時間か経って、部屋のドアがノックされた。開けるとそこにはメレルが立っていた。俺はぎくりとする。

「……夕食のお時間です」

「あ、ああ。ちょっと待ってて」

 俺はポケットに入れてあったネクタイを締めた。この世界にはそんなマナーなんてないだろうが、ノーネクタイだとむしろこっちが落ち着かない。

「お待たせ」

「では、ご案内いたします」

 俺はメレルの後に続いて廊下を歩いた。メレルはつんとすましているが、どうも俺に対して悪いイメージが付いているのではないかという気持ちが拭えない。

「あの、め、メレル……?」

「なにか?」

 メレルは立ち止まり、振り返る。俺を見据えるその目は、やはりどこか冷たい。

「いや、昨日はごめんね。俺、その、君みたいな人を見たことが無くて、驚いちゃって」

「……お気になさらないでください。所詮我々▫︎▫︎は卑しい身分ですから」

 メレルはそう言ってまた歩き始めた。

 今の『▫︎▫︎』は、おそらくメレルの種族を指す言葉なのだろう。まあ無難に『獣人(じゅうじん)』にしておくか。……いや、『狼人(ろうじん)』の方がカッコいいかな……

 そんなことを考えていると、大広間に着いた。テーブルの一番奥の席にはミューレさんが座っている。

 メレルに促されるままに席に着いた俺は急に緊張してきた。もし、この世界独特のテーブルマナーとかあったらどうしよう……元の世界のマナーすらよく知らないのに。

 俺とミューレさんの席の前にはナイフとフォークと思しき食器が置いてある。使い方は俺の世界と同じでいいのか……?

 そうか。ミューレさんの食べ方を見て、それを真似すればいいんだ。それなら少なくとも失敗することはない。

 そんな作戦を立てていると、大広間に料理が運ばれて来た。ハーブと焼けた肉のいい香りがした。そう言えば俺は丸一日ロクな食事を摂っていない。驚きの連続ですっかり忘れていたが、料理の香りが鼻腔をくすぐった瞬間、猛烈に腹が減って来た。

「この匂いは……▫︎▫︎▫︎ですね?」

 ミューレさんは使用人の一人にそう聞いた。

「はい。今日狩られたばかりの▫︎▫︎▫︎をご用意しました」

 な……なんの肉!?

 なんてこった。俺の世界にはいない動物なのか……

 その時、料理の乗った皿が二枚、ふわりと空中に浮かび、そのままふわふわと空中を漂って俺とミューレさんの前に着地した。

 俺はその一連の過程を馬鹿みたいに口を開けて見ていた。ミューレさんを含め周りの人々は少しも驚いていない。

 ふーん……やってくれんじゃん、異世界。

 皿に乗っていたのは焼けた肉だった。繊維質で、一見すると鶏肉のようにも見える。見た目は非常に美味そうだが、問題は何の肉かだ。

 ミューレさんがナイフとフォークを手に取った。俺はすかさずその一挙手一投足に注目する。

 なるほど、フォークで肉を刺し、ナイフで切り分け、で、口に運ぶ……と。よし、食べ方は俺の世界と変わらないな。

「あ、あの、ナギサ様……そんなに見られると、その……」

 俺はハッとする。ミューレさんは顔を赤らめている。使用人達は怪訝な表情で俺を見ていた。メレルはもはや睨んでいる。

 しまった–––!

「す、すいません!」

 マナーを気にし過ぎて、食べるのを忘れてミューレさんを凝視してしまった……

 ミューレさんは少し恥ずかしそうに笑った。

「うちの料理人が作った▫︎▫︎▫︎を使った料理は絶品ですので、ぜひお召し上がりください」

 だからなんの肉なんだ。得体の知れない肉を食うのは不安だが、食べないわけにはいかない。

 俺は謎肉(なぞにく)を切りわけ、恐る恐る口に運んだ。

「うっま……」

 と、思わず声が出てしまうほど美味かった。腹が減っていたのもあるかもしれないが、なんというか高級な味がした。あと、やはり鳥に近い味だった。……わかってる。自分の食レポの下手さには泣けてくる。

「これ、すごくおいしいです」

「良かったです!」

 ミューレさんはとても嬉しそうにそう言ってくれた。それから俺はあっという間にその(何かはわからないが)肉料理を平らげてしまったのだった。

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